けものフレンズ 〜虹色に包まれたヤサシイ世界で〜

モワパンダ

図書館のヒーロー part1

まだ5月だというのに真夏を思わせる刺激的な日差しが大窓から差し込む

昼下がり、時期的には大分早い冷房機が静かに稼働する図書館のカウンターで

一人のフレンズ、アフリカオオコノハズクの博士がちょこんと座っていた。

童顔で、その瞳に太陽を宿しているかのように淡い黄金色のクリッとした目の彼女は、低い彼女の背丈にあわないパイプ椅子を最大限に上げてパソコンに齧り付いていた。もう何度も彼女を見ている希少種の常連客は素通りしていくが、初めてみる利用者は思わず二度見する透き通るような白髪を揺らして、彼女はうーむと唸った。


「暇…暇なのです。

何か…こう、パーッと大きなことは起きないのですか?」


「起きたら困るだろっ。

むしろ、この異常気象が大事だ。」


そう乱暴な口調でツッコムのは博士の横に座る、これまたここに初めてくる人は二度見しそうな茶色いフードを目深く被ったちょっと変わったフレンズ、ツチノコだった。博士は、パソコンの画面に映し出されたもう返却期限が数ヶ月過ぎた本の題名をめんどくさそうに見ながら続ける。


「全く…つい最近まで季節外れの大雪とか騒いでたら

この始末。ここに暮らしてたら寿命がどんどん縮まる気がするのです」


「あー…森林に住むフクロウに、この温度はキツイわなー。

だからお前、今日こんな暑いのに厚手のセーター着てるのか?」


「いつもそのフードをかぶってるお前が言うななのです。

それに、これでも結構脱いでる方ですよ、むしろここが寒すぎるのです。

もうちょっと冷房弱めてもいいのでは?」


提案した博士に、ツチノコは「ちょっと無理だわ〜」と手元の雑誌に目を戻したので博士は身震い一つ、素直に諦めた。

会話が途切れてしまったので博士が視線を前に戻すと、改めてヒトが全然いない図書館は、誰も本に興味を持ってないということを表している気がして、本好きの彼女は溜息をついた。思えば、今この図書館にいる絶滅危惧種の常連客だって博士の細い白い10本指に入る程しかおらず、その大半が定年を過ぎて暇を持て余しているヒトと受験を控えて勉強する学生が占めていた。

博士達のくだらない会話が止まったので、図書館にはページをめくる音と、学生が何かをノートに書き込む鉛筆が走る音以外何も聞こえない比較的静かな空間が再び戻ってくる。


仕方なしに、博士が司書らしい仕事をしようとキーボードをパチパチ叩き始めた時

図書館にはそぐわない鼓膜を震わすようなけ甲高いアラームがPyuuuuuuuuuuuu!!!!

と、そこらかしこから鳴り響いた。


「────っ!?」「!?(シュッ)」


突然の出来事に本能的に博士が細くなる中、ツチノコは慌ててアラームがなる自身のスマフォを取り出すと、そのヒビが入った画面を元々の三白眼をさらに釣り上げた恐ろしい顔で睨みつけた。

ツチノコの般若の面のような顔を横から見ながら、博士が問いかける。


「い、一体何が起きているのですか…?」


「…………セルリアン警報みたいだな。

どうやらさっきお前が言ったことはフラグになっちまったみたいだ。」


「ふらぐ?

一体それはどういう意味なのですか?」


「…知らないのかよ。

まぁ、誰かの言動が発端となって物事が引き起こる的な意味だけど…

知らねーんなら今の状況みたいな感じって覚えときゃいい。」


「…もしかして私のせいだと言いたいのですか?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」


「どっちなのですか?」


「さぁ。」


それっきりスマフォ画面を見て黙ってしまったツチノコを尻目に、博士は辺りを見回すと、他の常連客達も同様に自身のスマフォを見つめて、皆不安そうな表情を浮かべていた。

無理もない、こんなど田舎にセルリアンだなんて前代未聞で、ここの警察でさえ

セルリアン対策をしていない程、油断をしていたのだから。

図書館の目の前にある防災対策無線から、情報を告げるゆっくりとした口調の男が聴こえてきて、博士は未だ画面を睨み続けるツチノコの頭を軽く叩いて無線を聞かせた。




[───ただいま、セルリアン警報が、発令されました。

付近にお住まいの皆様は、落ち着いて、指定の避難所に、避難して下さい。

尚、現在東第一小学校に、セルリアンが複数出現したとの情報が入りましたので、

絶対に、近づかないでください、繰り返します──]


東第一小学校……この図書館からあまり離れていない、どころか近いの部類に入る距離の小学校の名を聞いて、露骨に博士は顔をしかめた。

というのも、博士が務める図書館は避難所でもあるので、マニュアルに従って避難勧告発令中は自動ドアを常時全開にして、外のむさ苦しい熱気と押し寄せる避難民を誘導しなければいけないからである。

博士が、その準備をしようとツチノコに声かけをしようと自分より高いその肩に手を乗せると、その肩が小さく、小刻みにわなわなと震えているのに気づいた。

博士が頭上を見上げれば、ツチノコは顔面蒼白で、体全身を震わせながらブツブツと何かを呟いている。


「ツチノコ、顔色が悪いですよ?

一体どうしたのですか?」


「東…第一小学校…セルリアンが……あいつが…スナネコ …が…

スナネコ !!!」


突然ツチノコがそう叫ぶと、カウンターに足をかけて飛び越えようとした。

その際に、カウンター上にあった呼び鈴や意見ボックスが床に落ちてけたたましい音を立てる。

図書館内に居た常連客達が何事かと視線を向けると、そこには駆け出そうとするツチノコと、ツチノコの身長の半分にも満たない博士がツチノコの二の腕を咄嗟にギュッと掴んで引き止めている姿が常連客の目に映った。


「おい!離せっ!!

スナネコ がっ!!!オレの友人が小学校に居るんだよっ!離せってんだよっ!!」


吠えるツチノコ がブンブンと腕を振り回すが、博士がツチノコを上回るフレンズの馬鹿力でそれをがっしりと抑え込む。


「落ち着くのです!!今お前が行ってもただ食われるだけなのです!」


「……っ!!そんなこと分かってんだよ!!

そんなことわかってるけど、あいつが、スナネコが食われる様を黙って見てろって言うのか!?」


何かに怯え、何かに恨みを持ったその言葉は、ツチノコの心からの

叫びとなり、広い図書館に響き渡る。

常連客達の不安と好奇心が宿った視線が集まる中で

ツチノコは、一瞬躊躇ってから、その言葉の続きを叫んだ。



「もうっ!!もう友人を失いたくねぇんだよ!!」


いつもは静かな図書館に響き渡る怒号、床に散らばった書類の数々。

そんな非日常感に溢れた空間で叫ばれたこの言葉は、怒りや悲しみ、憎しみがグチャグチャに混ざり合って吐き出された。

思わず、博士が顔をあげると血走った目から涙を出しながら悲痛な顔で地面を睨みつけるツチノコの顔が、目に飛び込んできた。

一瞬、博士は返す言葉を失って、不自然な間が生まれてしまった。

その隙を、ツチノコが今度は掠れた声で、懇願するように言う。


「なぁ、頼むよ……

時間がねぇんだ、こうしてる間にもあいつは、セルリアンに食われちまってるかもしれないんだ…」


縋りつくツチノコに、博士はゆっくり、かつ大きく首を左右に振りながら

拒否の意を示した。


「…………ダメです。先程も言った通り、お前が行ってもただ食われるだけなのですよ」


「そんな」と馬鹿力からの抵抗を諦め、膝から崩れ落ちそうになる

ツチノコに、博士は更に、彼女の腕を痛い程ギュッと力を込めて掴むと、


「ヒトの…フレンズの話は最後まで聞くのです。

お前が行っても食われるだけとは言いましたが、私が行ったら別の話でしょう?」


今度はツチノコが「え?」と顔を地面から少しあげる番になった。

ツチノコの腕を小さな指で穴を開けるほどの力で握るその主は、黄金色の瞳を

しっかり彼女の方へ向けて、その力とは裏腹に言葉の一つ一つをまるで小さい子に絵本を読むかのようにゆっくり、優しく語りかける。


「いいですか?よく聞くのです。

お前は今から、ここにくる避難民をマニュアル通りに誘導するのですよ?

くれぐれも、ガンを飛ばしたりはしないようにするのです。この図書館の名誉に関わるのです。」


“くれぐれも”を強調した博士は、その言葉を言い終えると

そっと掴んでいる手を離して、たんぽぽが咲いたような、柔らかい笑みを浮かべた。


「さぁ、さっさと涙を拭いて仕事を始めるのです。

お前の大切な友人は私が、助けに行くのですよ」


小さな胸を張って、ぽんっと叩いた博士は誇らしげにそう言うと

くるりと180°、踵を返した。

笑ってはいるものの、黄金色の目の奥には決意の炎をメラメラと燃やす

彼女は、避難民が徐々に訪れつつある入り口へと歩き始めた。

先程まで人形のように微動だにしなかったツチノコは、ハッとして

こうしちゃいられねぇ、と握られてた方の腕で涙を拭うと気合を入れた。


「博士ぇ!!」


図書館と外の境目に差し掛かった博士は、呼ばれた自分の名に

振り返ると、博士からはそれしか見えない避難民の頭と頭の間から上がった手が、ブンブンと振られていた。


「スナネコのこと、頼んだぞ!」


博士は無言で、見えているかは分からないが、同じように腕を軽く振って答えると図書館と外との境目、つまり自動ドアを出た。

外に出ると、容赦ない日差しが博士を照らしつけ、思わず博士は目を瞑ってしまう。

出てから数秒立たないうちに、大勢の目が集まるその中で、博士はふわり、音も立てずに頭の翼を広げると吸い込まれるように青空へ飛び立った。

博士を抱擁するように、青い画用紙に白いインクで直線を引いたような飛行機雲だけがある空へと。


…博士を最後まで見届けたツチノコは、ブンブンと振っていた腕を下げると、ふんと息を吐いて、そのまま入り口でドッタンバッタン大騒ぎして詰まっている避難民に大声で呼けた。


「おいゴラァ!!

てめぇらちゃっちゃとこっちに避難しないと、原付で引きずり回すぞ!!」


マニュアル?そんなの知らないね。

恐る恐るこちらに向かってくる、セルリアンよりもこの少女に怯えた避難民を

見ながら、ツチノコはへへっと悪い笑みを浮かべた。






さて、この先けもの達が味わうのは、勝利の美酒か、敗北の苦汁か。

全ては一匹の梟に、委ねられた。
















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