愛するシャナン

「へへへ、リフィア団長には悪いが、命あっての物種だ。無事に逃げ延びさせてもらうぜ」


 ゴメスと盗賊たちは薄ら笑いを浮かべて山道を駆ける。自らの首領であるリフィアの身のことなど考える暇もない。いや、考える必要性も感じていなかった。


 所詮は盗賊……己が身が第一なのだ。集団を率いていた者が崩れれば、配下の者も当然崩れる。自明の理だ。


「それにしてもシルバの奴、俺たちを裏切りやがって……それに加えてあの化物のガキ…ふざけんじゃねぇぞ。ありゃ魔族の類に違いねぇ!クソが!俺たちゃ人間だ。魔族どもは王国の連中とり合ってりゃいいんだ!俺たちに向かうんじゃねぇ!」


 ゴメスの怒りはシルバやシャナン、それに今の王国の現状に向いていた。その怒りは瞬間的な怒りではない。ゴメスが生きて行く上で積み重なった怒りを薪とした簡単には消えない怒りであった。


 ゴメスは生来の悪人では無かった。社会が…組織が…生まれが彼を悪にした。彼は王国の貧しい村の家庭に生まれた。幼き時分、両親が生きている頃は、両親の様に彼も真面目に生きるべく努力した。


 だが、そんなゴメスの努力を嘲笑う如く、村で流行り病が起きた。彼の両親は呆気なく死んだ。

 両親をを無くしたゴメスは、幼き身であったため、村の厄介者として扱われてしまう。真面目に働いても、所詮は子共……大した働きは出来なかった。蔑む人々の視線からゴメスが非行に走るのも無理からぬことである。


 幾度かの年が過ぎたある夏……春から続く干魃のため、村の農作物は枯れ果て、食糧に事欠く事態が発生した。このままでは、冬どころか夏も越せない。

 そのために、村は人減らしのために、ゴメスを放逐した。正しく言えば、ゴメス含む村に用済みの老人、寡婦、狼藉者……そして、孤児である。


 彼の心に怒りが絶えず燃えたぎる所以となるのは、この出来事があったためだ。彼は同じく怒りを滾らせる者共をを率いて、村に襲撃を掛ける。護衛の傭兵や冒険者を奇襲して殺し、殺し、殺しまくった。


 そして、自分たちを捨てた村の人々を殺し、奪い、陵辱した。それは、生きるために必死だった男の執念もあれば、馬鹿にされ、蔑まされた男の復讐とも呼ぶべき感情から出た行動であった。


 村を焼き払い、尽くを破壊したゴメスが思ったこと……それは、己が力で得るよりも己が力で奪うことが生きるために楽であるという純粋な行動原理であった。


 以降、彼は奪われる者から奪う者となった。村々を襲い、泣き叫ぶ者を背中から切り、懇願する親の前で娘を凌辱した。


 彼は生まれから彼様な生き様を選んだ。疫病がなければ、両親が健在だったならば、彼は全うな青年として生きていたかもしれない。

 だからと言って、今のゴメスを擁護する必要性はない。生きるためとはいえ、直情的で即物的な思考は癖になり、習慣になり、生き様となる。挙句の果てに、今のゴメスは悪人になった。

 

 彼は誰しもが認める大悪人だ。人を殺し、奪い、犯し、己が欲を満たすためだけに生きる非生産的な存在なのだ。


 しかし、ゴメスは生きながらえたい。自分が持つ生命の本質─“生きる”─に従って。


 そんな悪人には不条理な死が待ち構えている。


 ゴメスがダーグル山脈の急峻な尾根に差し掛かった時、は現れた。


「……なんだ?コイツ」


 はボロを纏い、虚な目をして何かを呟いている。シャ……とかナ……とか一言程度しか聞き取れない。


 ゴメスはを見て、狂人の類と考えた。この世界では、狂人は珍しくない。己が才覚に絶望した者、過度に精神魔法を受けて人格崩壊した者、人としての教育を施されなかった者、はたまた人そっくりの人造人間……


 ゴメスはこんな時に得体の知れない狂人に関わっているほど暇ではなかった。すぐさま、部下に追い払う様に命じる。


「あ、あああ、あああああああ。シャ……ナ……お、俺は……お前を……あいあいあい…している。この思いの……赴く……まま…へ…」


 ゴメスは狂人の言葉に少しばかりの恐れを感じる。関わってはいけない、精神汚染を感じる狂気がから溢れていた。

 部下も同様なのだろう。命令に従わず、マゴマゴしている。


「ヤベェ奴だ。コイツは嫌な予感しかしねぇ。オイ!お前ら、早くコイツを殺せ!」


 ゴメスの催促に気が逸る部下たちはモタモタとして動きが遅い。それもそのはず、部下たちはゴメスの膂力は信用していたが、知性は信用していない。今まではリフィアの悪知恵を頼りに生きていたのだ。直情的なゴメスの命令に妥当性を感じている者は誰一人としていない。


 部下たちの動きの悪さにゴメスが罵声を浴びせる。このウスノロが、何をしている!ゴメスの苛立ちが昂まる。


「早く殺れ!おい、お前!何している。ボウガンを放て!!」


 ゴメスの怒りに呼応して、部下たちの動きが早くなる。滑車を引き、ボウガンに矢を番える。やらされ仕事ながら、やることはやろう。単純作業ながら、力をボウガンに溜め込む。


 滑車を引き、弦を支えたボウガンが持つ強力なニュートン力学の所作を眼前の不審者に向かわせる。一矢離せば、この存在は死ぬ。


 だが、何故だろうか。配下の盗賊たちは今すぐこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。目の前の存在から邪悪な瘴気を感じ、怖気を覚える。


 残念ながら、ゴメスは部下より感受性が低い男であった。目の前の存在に対して、殺意と共に吐き捨てる。


「早く打て!アイツを射殺せ!」


 ゴメスの怒声に部下たちは思わず矢を放つ。矢は空気を切り裂く音速の音を撒き散らして、眼前の存在に目掛けて飛んでいった。


 このまま、男の胸を貫いて、事は終わり……盗賊たちの思惑は完全に外れた。


「世界…の…理に……掛けて… 電磁障壁(マグネティックバリア)……」


 男の周りに強力な磁界が発生して、矢の軌道を逸らす。その事実に盗賊達は驚愕する。


 取り分け、ゴメスの驚きは顕著だった。


「んだと!?どういうことだ!」


 目の前の知性の欠片も感じない存在が魔法を使う。馬鹿な、とゴメスは思う。だが、彼が考えるより早く、体を襲う衝撃が全身に走った。


「世界の……理…… 我が……紫電……雷撃(サンダーボルト)…」

「ぐぉ!?」


 ゴメス含めた盗賊達の体が、迸る雷撃により体が跳ねる。


「ぐぉお!?ギャ…グハァあ!?」


 多くの者達の体が跳ねる。

 跳ね続ける。


 迸る電撃が収まった後、辺りには肉の焼ける臭いが充満した。そして、周囲にはかつてだった黒く焦げた塊が多数転がっていた。


 は邪魔する者がいなくなったことを確認して、うなだれてブツブツと言葉を発する。


「あ……殺す…愛す……大事な……シャナン… 愛すべき……」


 覚束ない口を開き、喋る言葉は単語のみ。聞き取り意味を理解できる者はいない、が持つ記憶の残滓だ。


 存在が焦げた塊を後にして、その場を立ち去ろうとした時、別の声が辺りに響く。


「十三……探したよ」

「お……お…じ……二郎……?」

「オヤオヤ。無駄な殺生をして……あまり感心しないな」


 十三と呼ばれる存在は声を放つ相手に何処か懐かしみを感じる。一体、この相手は誰だったろうか?


「十三……六郎座が死んだよ。血反吐を吐いてね。キミも、まともじゃぁ無い。勇者というのは残酷な奴の様だ。僕の弟達をこんな目に合わせて……」

「ろ……ろく?…キョウ……ダイ?……シャナンを……愛する……シャナン…」


 存在は思い出したくも思い出せない。懐かしい気もするが、全てが分からない。何だろう。誰だろうか。この目の前の者は……


「十三……知恵の賢人殿が言っていた通りの症状だね。可哀想に……脳内のシナプス間の結合が切断されている。だけど、ボクならキミを救える。元の体には戻れないけど、キミに素晴らしい体を提供できるよ」


 十三と呼ばれる存在は、目の前に言葉を紡ぐ者に天使と悪魔の如き思いを感じる。だが、彼に出来ることは、差し出された手を取るだけであった。


 十三の手を取り、その者は無垢なる笑顔を向ける。


「さあ、十三。ボクがキミに最強の肉体を与えてあげる。この肉体が有れば、キミの愛する勇者“シャナン”と一緒に過ごせるよ。そうすれば、彼女は一生、キミのものだ」

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