亡国

 ムングに着いたシャナンたちは王国の兵士たちに連れられて、街の中心に向かう。そこには、一足先にムングに到着していた第一王子が滞在している建屋があるとのことだ。


 シャナンは馬車に揺られながら、ぼんやりとムングの街並みを眺める。街は人影もまばらで、あまり活気がある様には見えない。街の建物も煤けた雰囲気が漂い、街の陰気さに一役買っている。

 往来を行き交う僅かな人々は、見慣れぬ王国の馬車を値踏みするかの様に粘ついた視線を送る。その表情は疲れとも呆れとも言えない、何処か斜に構えた雰囲気を感じさせた。


 “嫌な雰囲気だな”……シャナンがムングの街に感じた第一印象は、であった。しかし、この雰囲気は街だけのせいではないだろう。この先に待ち構えるという大事への不安も影響していた。


 ─

 ──

 ───

「よくぞ参った。勇者シャナンよ。長旅ご苦労であった」

「……あ、はい。ありがとうございます、殿下」


 眼前に立つ筋骨隆々とした男はアスランの兄であるカプラン第一王子である。シャナンは礼儀として片膝を着いて謝意を述べる。同じく、背後にいるオリアンヌも膝を折る。


「うむ。お前が来てから早二年か。シャナンよ。お前には勇者たる責務を果たすべく魔族との戦争に参加してもらう。そのためにも明後日のザンビエル王国との会談に出席してもらう。良いな?」

「は、はい。畏まりました」


 “この人との儀礼的なやり取りは慣れないな”……とシャナンは思う。


 そもそもシャナンは王国の臣下ではない。たまたまこの世界に召喚されただけの存在である。この王国の庇護下にいるが、忠誠を誓った覚えはない。

 第二王子のアスランはシャナンの立場を理解して対等に話をしてくれる。だが、第一王子のカプランはいつも威圧的にシャナンに対して上から接する。


「ふん。勇者よ、粗相がない様にな」


 しかし、カプランはシャナンの内心など厭わない。一通りの会話を交わした後、満足して席から立ち上がった。そして、傍らにいる宰相のガネフに後を頼むべく一言告げる。


「では、ガネフよ。私は先に休む。勇者シャナンに調印式について必要なことを伝えておけ」


 王が部屋から退室すると、宰相のガネフが声を掛ける。


「シャナン様、お顔をお上げくだされ。オリアンヌもご苦労だったな」

 

 声に従い、シャナンは顔を上げる。先ほど迄の堅苦しさが霧消し少なくない開放感を感じる。

 目の前にいる男、宰相ガネフ……誰に対しても慇懃で己が為すべきことを忠実にこなす政治家だ。表情がいつも無表情で堅苦しいところを除けば、シャナンをサポートしてくれる良き人である。


 ガネフはいつもの無表情の顔を崩さず、シャナンに話し掛ける。


「長旅でお疲れでしょう。隣の部屋に果実水を用意しております。そこで、今後のことを話しましょう」

「わぁ、ありがとう。とっても嬉しいわ、ガネフ」


 シャナンの感謝にも表情は崩さない。“相変わらずだなぁ”とシャナンは心中で呟いた。


 シャナンとオリアンヌは隣の部屋に通され、席に座る。程なくして果実水が運ばれてきた。疲れた体に酸味のある飲み物は嬉しい。シャナンはしばしの幸福を味わっていた。


「お喜びいただいて光栄です。シャナン様のためにご用意した甲斐がありました」


 “その割には表情は変わらないなぁ”……目の前のガネフを見て、シャナンはまたも心中で呟いた。

 

 そんなシャナンの考えを察したのか、ガネフが言葉を続ける。


「これでも嬉しいのですよ。表情が変わらないのは、私の性分でして……表情から感情を読まれてしまうことを避けるためにワザと無表情を作っているのです」

「…そうなの?じゃあ、本当は笑ったりできるの?」

「そうです。いつかお見せしましょう」


 “いつか”……今日ではないのだな、とシャナンは思う。国王がいない時くらい笑みを浮かべる努力をすればいいのにと考えてしまう。


 シャナンの思いはさておき、ガネフは話を続ける。


「さて、シャナン様。明後日、ムングにザンビエル王国の使節団がいらっしゃいます。到着次第、同盟の調印を行う手筈となっています」

「ザンビエルの人たちがここに来るの?」

「はい。ここムングは両国にとって重要な地……お互いの結束には適切な地でしょう」


 ムングが両国にとって重要な地、とはどういう意味だろうか。シャナンは気になって尋ねる。ガネフはシャナンの疑問に無表情で答えた。


「ムングは、我が王国、ザンビエル王国、そして東方諸侯連盟の元である亡国の王都だった場所です。この街の地下には亡国の儀式で使用した祭壇が残されています」

「亡国……?元は全部同じ国だったの?」


 シャナンは亡国について多くは知らない。家庭教師であったマーカスからも歴史の一節としか聞かされていない。


 ガネフはシャナンの疑問に答えるべく返事をする。


「そうです。亡国……今は誰しもが名すら忘れた国がありました。亡国は大陸を支配し、嘆きの壁を建立して蛮族を抑え、四方にその名を轟かせた強大な国でした」

「……蛮族?」

「はい。今で言うマムゴル帝国のことです。大昔は様々な部族間が乱立し、統率が取れてない野蛮な連中でした。ここ数十年で部族王なる者が台頭し、一つの国として体を成したのです」


 シャナンは若干の違和感を感じる。だが、その違和感が何なのか上手く理解できない。しかし、ガネフの話は続く。シャナンは頭を切り替えて、話を続ける。


「亡国は大き過ぎた故に国を治めることも容易ではありませんでした。そのため、初代国王は各地の豪族と自分の血族を婚姻させ、血縁を結ぶと共に、王弟たちをその地の諸侯に封じたのです。ザンビエルも我が王国も元は亡国の諸侯でした」


 どこかで聞いたことがある様な話だな、とシャナンは思う。


「しかし、時代の流れと共に、亡国は腐敗が蔓延り、反面、諸侯が力を持ち出しました。亡国は諸侯に力で命令することも能わずいつしか有名無実化してしまったのです」

「有名無実?と言うことは、まだ亡国は完全に滅んでないの?」

「はい。は、ですが。しかし、既に王の血統も途絶えて久しいのです。もはや事実上、亡国はなのです」

「ふーん。国って戦争とかで無くなっちゃうだけじゃないんだね」

「そうですね。ですが、……中にはその事実を受け入れ難く、などと言う亡国を忘れ難い者たちもいる訳ですが……おっと、話が長くなりましたな。この続きは時間がある時にでも」


 傍にいるオリアンヌの咳払いに気付いたのだろう。ガネフが無表情ながら、バツの悪そうな雰囲気を醸し出した。この男の意外な一面を見た気になり、シャナンは少し嬉しくなった。

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