ムング到着
リフィア盗賊団を壊滅させたシャナンたちは再び古都ムングまで向かう。
新たに旅に参加したシルバ、それに捕縛したリフィアを連れて。
旅立ちから十日ほど経った後、遥か先に城壁が聳え立つ姿が目に入った。シャナンは思う。アレがムングだろうか。
幌の隙間から背伸びをして外を覗くシャナン。そんな少女に盗賊団団長のリフィアが話し掛ける。
「なぁなぁ、お嬢ちゃんよ。ちょっと体が痛いんだ。少し縄を緩めてくれねぇかな?」
猫撫で声で話しかけてくるリフィアの言葉をシャナンは一蹴する。
「ダメよ」
「そこを何とか。な?可愛いお嬢ちゃん」
「そんなお世辞は聞かないわ。アナタは悪い人なんだもん」
シャナンはプイと横を向く。しかし、内面は“可愛いお嬢ちゃん”と言う言葉に少し嬉しさも感じていた。
シャナンの僅かな表情を読み取ったのか、リフィアが次々と褒め言葉を投げ掛ける。
「いやぁ、お嬢ちゃん。いや、シャナン様。アンタは凄い、素晴らしい。可愛くて強くて、それも賢くて、俺なんかにゃ眩しすぎて見れないな。そんなアンタはすげぇ優しいに決まってるよな。なぁ、ちょっとでいいんだ。縄を緩めてくれないか?」
白々しい……シャナンは白い目をリフィアに向ける。リフィアもシャナンの視線に感づいたのか、少し狼狽え始める。
「あ、いや、その。ま、ちょっと調子に乗りすぎた。ただ、縄が腕に食い込んで痛いのは本当なんだ。な?悪いけど、少しだけ緩めてくれよ」
「ダメ」
にべもない返事にリフィアがうな垂れる。もちろん、演技だろう。だが、シャナンはリフィアの態度を見て、少し可哀想になってきた。
シャナンがトテトテとリフィアに歩み寄る。そして、下を向くリフィアに話し掛けた。
「ねぇ、リフィア。そんなに縄が痛いの?」
「あ、ああ。イテェよ。だから、シャナン、頼むぜ。少しでいいんだ。緩めてくれ」
「うーん。少しくらいならいいかな?」
少しばかりリフィアが可哀想に感じたシャナンは、縄を緩める。リフィアは縄の拘束が緩まったことで嬉しそうな表情を浮かべた。
「さすがシャナン。勇者様だけはあるねぇ。俺もアンタみたいな人にもっと早く会ってれば、盗賊なんてやってなかったんだけどなぁ」
「え?そ、そう?」
褒められるのは悪い気がしない。シャナンは少し照れた表情を見せる。リフィアもシャナンの表情を見て破顔する。
だが、荷馬車の奥で剣の手入れをするシルバは憮然とした表情のままであった。シルバは無表情の顔をしながら、リフィアに告げる。
「おい、リフィア。シャナンの好意に付け入るなよ。もし逃げようとすれば、俺の“追撃剣”がお前を貫く」
リフィアはギクッとした表情を見せる。縄を緩めてもらったことで、縄抜けがし易くなったのだろう。リフィアは夜分にも逃げ出す腹づもりであった。しかし、シルバにアッサリと見抜かれ、バツの悪い表情を浮かべる。
「は、ははは。シ、シルバは疑い深いなぁ。俺がそんなことする訳……」
「そうだな。もしお前が逃げ出せば、コイツらがあっという間に串刺しにしてくれる」
シルバが紅く輝く剣を放る。剣は投げられた軌道に沿い、瞬く間にリフィアの周囲を旋回し始めた。
リフィアは自身を狙う刃を見て、凍りついた笑みを浮かべる。
「は、はは、ははははは。い、いやぁ、俺、信用ないのね?参ったなぁ……」
リフィアが頭を掻く。額には薄らと汗が滲んでいる。どうやら、シルバの予想どおり、逃げ出すつもりだったと推測できる。
流石のシャナンもリフィアの嘘に気づいた。責める様な目でリフィアを睨み付ける。たまらず、リフィアは下を向く。
「リフィア……ダメだよ、逃げちゃ」
「はぁ。もうそんな気は失せちまったよ。やっぱりダメか。悪りぃな、シャナン。お前を騙そうとして」
リフィアが本音で語り始める。何か観念したのだろう。シャナンは静かに話を聞く。
「俺はなぁ、東方諸侯同盟の一つ、アラリヤ領出身だったんだ。あそこは東方海に面した場所でよぉ。色んな交易が盛んな場所だったんだ」
「……」
「俺は気づいたらソコにいた。所謂、孤児って奴だ。ま、生きるためには何でもやったさ。シャナンの年頃には人殺しも経験していた」
リフィアが観念したかの様に昔の話をし始める。シャナンは聞くより他にすることが無かった。
「俺は……俺は、生きていたかった。孤児の俺が生きるためには、なり振り構っていられねぇ。そう思って、ガムシャラにやってたら、いつの間にか盗賊団の頭になって、今や縛り首を待つ身さ……」
「リフィア……」
「なぁ、シャナン。俺、やり直したいんだ。だから、俺にチャンスをくれ!もう、盗賊稼業から足を洗う。全うな人生を送る!だから、見逃してくれ」
シャナンは迷う。リフィアの境遇はシャナンから見ても、哀れなものだ。だが、リフィアは盗賊団の団長だったのは事実だ。縛り首にするのも嫌だけど、逃すのもいけないだろう。どうしようかとシャナンは頭を悩ませる。
その時、またしてもシルバが呆れた声を出す。
「おい……シャナン。お人好しすぎるぞ。盗賊団まで組織するコイツが全うな生き方をすると思うな。コイツは小賢しい悪党だ。逃せば何処かでまた悪事を働く。縛り首が妥当だ」
「お、おい……なんだよシルバ。一時とは言え、俺とお前の仲だろう?何でそんなこと言うんだ」
「お前を信用してないからだ。これで十分だろう?」
シルバがリフィアを睨み付ける。リフィアは口元は半笑いながら、目が笑っていない。
二人の険悪なムードにシャナンはオロオロし始める。
「ね、ねぇ。二人とも。喧嘩はやめてよ」
「喧嘩ではない。リフィアを黙らせるためだ」
シルバの応えを聞いて、シャナンは戸惑う。シルバの態度はどう見てもリフィアを黙らせるためとは思えなかった。
「シルバ。私を心配してくれるのは分かるわ。でも、リフィアも可哀想よ。だって……」
「そうそう。さすが、シャナン。勇者なだけあるなぁ」
「おい、騙されるな。コイツの常套手段だ」
リフィアとシルバの意見は対立する。シャナンは二人の言葉を聞いて困惑する。
一体どうしようか。
だが、シャナンには絶対的に揺るがない信義が一つある。このままリフィアをムングに連れて行くと待っている事態は、シャナンの信義に反することだ。
シャナンは己を信じるために、リフィアに宣言する。
「大丈夫よ!リフィアは縛り首にはしないわ。私が守ってあげる!」
「え!?シャナンが?……ってどうやって守るんだ?」
「私がお願いしてあげる!絶対リフィアを縛り首にしないで、って!」
シャナンが胸を叩いて宣言する。その光景を見て、リフィアが渋い顔をする。対して、シルバは少々感心した表情を浮かべた。
「シャナンが言って、何とかなるのかぁ?」
「なるもん!私は勇者だもん!」
「フッ……リフィアよ。シャナンを信じるんだな。上手くいけば助かるかも知れんぞ」
「なんだよ、それ!賭けかよ!」
シルバが口の端に笑みを浮かべてリフィアに告げた。リフィアは呆れて悪態をつく。三者の思いは交差しつつ、旅は続いた。
─
──
───
「シャナン様。そろそろムングに到着します。出立に向けて、荷物の準備をお願いします」
「分かったわ。ありがとう」
王国の兵士に告げられて、シャナンは立ち上がる。リフィアは青ざめた表情を浮かべ、シャナンに懇願する。
「おい!シャナン。絶対何とかしてくれよ!絶対だぞ!」
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