盗賊のアジト
「オリアンヌを攫った盗賊たちのアジトって何処にあるのかしら?」
「ダーグル山脈の何処かに潜んでいるのですが……場所までは分かりません」
「どうしよう…早くしないとオリアンヌが……」
シャナンの顔に焦りが見える。他の兵士たちもどうして良いのか分からず、下を向く。その時、一人だけ身なりの良い兵士が発言した。
「近隣の村々に尋ねましょう。アジトの場所は分からなくとも、ある程度の当たりはつけられるかと思います」
「そうね。そうしましょう…えっと、あなたは?」
「申し遅れました。副隊長のフレッドと申します。シャナン様、オリアンヌ隊長は我が隊に無くてはならないお方です。シャナン様のお心遣い、真に痛み入ります」
フレッドは慇懃に礼をする。その表情は浮かない。それもそうだろう。自分たちの不甲斐なさのため、隊長であるオリアンヌが拐われてしまったのだ。
「フレッド、大丈夫よ。一緒に頑張りましょ。それよりも、何か食べ物ある?」
─
──
───
「フレッド副長、近隣の村々の意見を総合すると、盗賊たちはどうやらこの辺りにアジトを構えていると考えられます」
兵士が村々から集めた盗賊の襲撃方角を線で引き、交点の場所にバツ印をつける。バツ印は距離にして、シャナンたちがいる拠点から十キロ程先にある深い森を指していた。
「ふむ……しかし、そこまで当たりがつくのなら、王国は何故討伐隊を出さなかったのだ?」
「それが、奴ら中々の手練れでして。それに最近、かなり強い用心棒を雇ったとの噂が流れています」
「だとしても、王国が介入していない理由にはならんだろう。他に何か理由があるのか?」
「実は……この当たりの領主と盗賊が裏で繋がっていると噂が……」
兵士は歯切れ悪く答える。フレッドは兵士の言葉を聞き、怒りの表情を浮かべる。
「盗賊たちは領主に貢物を差し出す代わりに見逃してもらっている、と村々で噂が絶えません。商隊が被害にあった時は、王国にはそれらしい報告を出しているだけで、村々の被害には形ばかりの援兵を出すだけの様でして……」
「チッ……腐れ貴族が…!」
フレッドの怒りは凄まじい物があった。傍にいるシャナンは憤怒の形相のフレッドを見て、少し身震いした。一体何が彼をそこまで怒らしめるのだろうか。
「よし。立てる者は今すぐ兵装を整えてアジトに向かうぞ。怪我した者は荷馬車の護衛に当たれ。シャナン様、あなたはここでお待ち下さい」
「フレッド。私も行くわよ。オリアンヌを助けたいもの」
シャナンの申し入れにフレッドは首を振る。
「いけません。アナタは大事なお方です。万一があったら私はオリアンヌ様やラインハルト様に会わせる顔がありません」
「でも、あなた達だけで盗賊に勝てるの?さっきも全然勝てなかったじゃない」
「ム……それは…」
「私は食べる物があれば大丈夫よ。フレッド、一緒にオリアンヌを助けましょう」
フレッドはシャナンの言葉に暫し考え込む。その顔は苦渋に満ちている。無理もないことだろう。先ほどの盗賊の襲撃に兵士たちは対処できなかった。実際には、ゴメス一人に手玉に取られただけである。しかし、盗賊のアジトにはゴメスだけで無く、用心棒もいると言う。それに、盗賊団の団長であるリフィアの力も謎のままである。
「……分かりました。シャナン様。恥を忍んでお願いします。是非ともオリアンヌ様の救援にご助力ください」
「任せて。あ、でも、人を殺したりとかはしたくないの。みんなも出来るだけ盗賊たちを捕まえるようにしてね」
「は、はぁ……善処します」
シャナンの言にフレッドは少々困惑した。盗賊など生かしておいて何になるのだ。全員殺すべきだろう。だが、勇者が言うことなのだ、無碍にはできない。むしろ、盗賊如きに慈愛を向けるシャナンに勇者としての懐の大きさを感じ始めた。
「もうすぐ日が暮れるわ。じゃぁ、行きましょう!」
「ッハ!シャナン様」
─
──
───
「人の踏み跡があります。どうやらアジトが近いようです」
時間にして夜7時くらいだろうか。薄闇の中、兵士の一人が状況を報告する。フレッド率いる一団はマントで顔を隠して隠密行動をとる。魔法“
無理もないことだった。王国の兵士たちは平野での白兵戦を中心に構成されている。身体強化や攻撃用の魔法が使えるが、
そんな中でシャナンは魔法道具の隠密のフードを被り、ただ一人完全に気配を消している。
「フレッド……私が偵察に行こうか?」
「何を仰いますか!シャナン様を偵察になどさせる訳にはいきません!」
「で、でも、みんな
「いえ、それには及びません。もうすぐ偵察の兵士から別の報告が……」
「ふ、副長!」
言い掛ける途中で、慌てた様に兵士が駆け込んできた。皆がその慌てぶりに色めき立つ。
「ありました!ここより少し行った先に盗賊どものアジトがあります」
「取り敢えず、アジトまで向かいましょう」
シャナンたちはアジトを見つけた兵士に先導され、道を進む。5分ほど歩いた後、盗賊たちのアジトが見えた。
入り口には盗賊二名、その近くには簡易的な櫓が建っており、弓を持った盗賊が一名歩哨に立っていた。入り口に続く道は松明の灯りで赤々と照らされ、近く者の姿を照らし出していた。
フレッドは兵士たちを集め、密やかに指示を出す。しかし、その指示を聞いたシャナンは驚愕した。
「よし、全員抜剣!突撃準……」
「ま、待って、フレッド!まさか、突撃するつもりなの?」
「勿論です。王国の兵士たる私たちは正々堂々と……」
「ダメだよ!盗賊たちが気づいちゃうよ。フレッドたちが突撃する合間に盗賊たちが逃げちゃったらどうするの?」
「ム……確かに」
フレッドは顎に手を当てて考え込む。この男、平野での戦いならいざ知らず、この様な隠密作戦の訓練を受けていないのではないか、とシャナンは考えた。
シャナンは様々な状況に対処するため、家庭教師であるマーカスから色々教育を受けている。当然、隠密作戦のイロハも心得ていた。
「いい?フレッド。こう言った場合は相手に気づかれちゃダメなの」
「そ、そうですか……」
「私の隠密のフードがあれば、簡単には気づかれないわ。ちょっと待ってて」
「シャ、シャナン様!お一人で危険です!」
「いいから待ってて。ん…と、これは”命令“よ」
「ム……わ、分かりました。ですが、何かあれば私たちはアナタを守るために突撃します。その点はお許しください」
「いいわよ」
シャナンは隠密のフードを深く被り、忍足で盗賊たちに近寄る。フードの効果だろうか。シャナンの姿が松明で照らされても盗賊たちは気づいていない様だ。
シャナンは櫓まで到達した。櫓の構造は麻の縄で無造作に結えられた簡素な作りであった。こんな櫓では不安じゃないのだろうか、シャナンは疑問に感じた。入り口に目を向けると、盗賊たちが暇そうに欠伸をしている。
あんな気の抜けた連中など
「この縄を切っちゃえば……櫓が崩れるかな?」
シャナンはふと思いついた。腰から細身剣を取り出して、ギコギコと麻縄に切れ目を入れる。
「これくらいかな?よし、エイ!」
シャナンは櫓の足場に蹴りを入れる。すると、櫓がグラグラと揺れ始めた。櫓上部にいる盗賊が揺れに応じて声を上げる。
「おおお?な、なんだ?く、くそ。このオンボロ櫓め。くそ」
兵士が悪態を吐く。シャナンは更に櫓に蹴りを入れ、物陰に隠れた。
「わ、わわ!?な、何だよ!」
しかし櫓は倒れない。だが、櫓から聞こえる盗賊の声に反応して、入口の二人が櫓まで歩んできた。
「おぉ?何だ、お前?櫓が怖いんか?ビビリ野郎が」
「へへへ、高いところが苦手です〜ってか?」
「う、うるせぇ!何だか今日は櫓が揺れやがるんだよ!」
三人が下らない会話を櫓下で交わす。ふと、その内の一人が櫓の麻縄に入った切れ目を見つける。
「ん……これって、まさか」
屈み込んで縄を見ようとした瞬間、背後からムンズと襟首を掴まれる。盗賊はヒッと軽い声を上げる。
襟首を掴んだのは
盗賊は木々をなぎ倒して地面にもんどり打って気を失った。
「な、何だ?」
フレッドたちは驚愕の声を上げる。目の前にいきなり人が飛んできたのだから当然である。
「よく分からんが……お前たち、こいつを縛り上げろ。殺すな、捉えるのだ」
よく分からないまま、フレッドたちは盗賊に猿轡を咬ませ、縛り上げるのだった。
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