体力切れ

「な、な、なんなんだ!?アイツは!?」


 ゴメスは驚愕するより他になかった。何で馬も使わずに馬より早く走れるんだ?いや、言っている意味が分からなくなって来た。ゴメスは頭を振って冷静になろうと努める。


 再び背後を見ると、少女の姿は徐々に大きくなって来る。如何に二人を乗せた馬だろうと、人間の足で追いつける訳がない。ゴメスは目の前の光景が信じられなかった。


「待って〜〜」

「だ、誰が待つか!」


 ゴメスが馬の横腹を蹴り、速度を上げる。しかし、シャナンも速度を上げて、追いついて来る。


「コラ〜〜〜!待て〜〜」

「う、ウルセェ!く、来るんじゃねぇ!!」


 冷や汗が流れる。もし追いつかれたらどうなる?先ほど、少女が投げた小石の威力を思い出し、ゾッとする。ただの小石で木々や岩を破壊する力を持つ者が、その力を人間に発揮するとどうなる?想像するだけでも恐ろしかった。


「ヤベェぞ……こりゃ」


 ゴメスは独言ひとりごち、馬に掛けてあった短弓と矢を取り出した。オリアンヌを肩から下ろし、馬の背に載せ換えると、短弓を構えて矢を番える。


「この化物が……」


 ゴメスは先ほど少女がボウガンを受け止めた経緯を知っている。しかし、何もせずにこのままやられる訳にはいかない。苦し紛れに矢を放てば、時間は稼げるだろうと考えた。


「喰らえ!」


 “シャッ”


 短弓から放たれた矢が勢い良くシャナンに向かう。シャナンはサッと身を躱すが、避け方が悪かったのか、少しよろめいた。


「へへへ、いいぞ。もう一発、二発、三発!」


 “シャッ“、”シャッ“、”シャッ“

 

 続け様に矢が飛んでくる。シャナンは最初の一つを手で受け止める。しかし、第二矢はシャナンの足元を狙って飛んできた。シャナンは方向転換して矢を躱すが、無理な態勢のためか転び掛かる。


 その崩れ掛けたシャナンに第三矢が襲い掛かる。態勢を崩したシャナンでは躱すことも受け止めることも出来ない。


「やった!」


 ゴメスが嬉しそうな笑みを浮かべる。しかし、その笑みはすぐ様に絶望へと書き換わる。


 “ガイン”


 矢が硬い物に当たった時特有の音を出して弾かれる。矢が当たったはずの少女は全くの無傷でそのまま怒涛の疾走をしてくる。


「な、な、何でだ!?」


 ゴメスには分からない。矢が当たっても刺さらないどころか弾かれるなんて。まさか魔法の効果か?ゴメスの思考がグルグル回る。


「追いついた!」


 ハッと我に返った時は遅かった。足元で馬と並走する少女の姿が見えたからだ。


「さあ!オリアンヌを返して!」

「わ、わ、わぁぁああ!」


 ゴメスは恐怖から剣を抜き放ちシャナンに斬りつける。しかし、硬い岩を斬ったかの様に強い衝撃で弾かれる。


「なななな、なんだお前!」

「イイから。早く……オリアンヌを…」


 ゴメスは恐怖でシャナンを滅多斬りにした。しかし、全てが虚しく弾かれるばかりだった。


「ば、化物!」

「も、もう……限界に近い…」

「く、喰らえ!スキル”剛撃“」


 ゴメスが奥の手であるスキルを放つ。スキル”剛撃“は剣に通常以上の膂力を乗せて放つ必殺の一撃だ。洗練された者の”剛撃“ならば、鎧ごと叩き割ることも造作でない。


 ゴメスの放つ剣がシャナンの肩にぶつかる。僅かな手応えはあったが、やはりシャナンは無傷だった。


 もう駄目だ。自分はこの化物に八つ裂きにされる。ゴメスが観念し掛かった時、少女がフラフラとし始め、足を止めた。何事かと訝しんでいると、少女はバタリとその場に倒れ込んだ。


「か、勝った…?へ、へへへ、さすが俺の”剛撃“。あんな化物相手に打ち勝つとはやるねぇ!」


 実際には”剛撃“の効果でなく、シャナンの体力が切れて闘気オーラの効果が消えたに過ぎない。しかし、ゴメスにはそこまで理解することは出来なかった。


「はっははは!これはリフィア団長にいい土産ができたぜ。この女と化物退治の土産話がなぁ!」

 

 ゴメスは高らかに笑ってドンドンと逃げて行く。シャナンはその後ろ姿を憎々しげに見つめるしかできなかった。


 ─

 ──

 ───

「シャナン様!大丈夫ですか」


 兵士がシャナンを抱き抱える。シャナンは薄めを開け、ポツリと呟く。


「何か……食べる物…無い?」

「た、食べ物?ですか?であれば、携行の糧食がありますが……」

「それ、ちょうだい…」


 兵士から糧食を受け取り、震える手で口に運ぶ。しばらくすると、シャナンは僅かながら力が戻った感じがした。


「ありがとう……もっと食べたいけど、もう大丈夫」

「良かった。御無事で何よりです」

「ううん。無事じゃないわ。オリアンヌが拐われちゃったもの」


 シャナンは悔しそうな表情を見せる。あと一歩だったのに、力不足で助けることができなかった自分を歯痒く感じた。


 兵士はシャナンの表情を見て、慰めの言葉を掛ける。


「仕方ありません。シャナン様のせいではありませんよ」

「でも……」

「元はと言えば、不甲斐ない私たちのせいです。それに、オリアンヌ隊長は王国から救援を呼んで助けてもらいましょう。シャナン様はムングまでの旅を続けてください」

「待って。王国からの救援ってどれくらい掛かるの?」

「そうですね……兵を整える準備も考えて、十日程度でしょうか」


 十日……その言葉を聞き、シャナンは危機感を覚える。先ほどの男が言っていた”お楽しみ“とやらは、十日も待ってくれはしないだろう。今すぐオリアンヌを取り戻さなければ、危険だとシャナンは強く思った。


「十日も待てないわ!私が取り返しに行く!」

「え、えええ〜〜〜シャナン様がですか!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る