無垢なる混沌

 シャナンは一人、宿屋にて迎えの者を待つ。少女は思う。いつ以来の独りだろうか。


「パパやママ、お兄ちゃんにミャーコは元気かな……」


 ボソリと日本の家族について呟く。


「ここに来てから、もう直ぐ2年になるかなぁ」


 寂しさを紛らわせるためか、少女の独り言が多くなる。


「これからどうなるのかな……日本に帰るためには、魔王を倒さなくちゃいけないけど、本当にできるかな……」


 不安な思いが少女を包む。


「なんで争わなくちゃいけないのかなぁ。話し合いで決められないのかなぁ。私、戦いたくないよ……」


 ベッドの上で膝を抱えて頭を埋める。


「私って……何だろう。本当の身体はどこにあるんだろう。日本に戻る時、私は本当に私のままなのかな……」


 取り留めもなく思いを綴る。独りで考える時間を得たことで、考える余裕が出来た。


 様々な考えや思いが去来する中、少女はいつしか眠りに落ちていた。


 ─

 ──

 ───

「あれ?……ここは……またいつもの場所?」


 シャナンはまた薄靄が広がる空間に来てしまった。辺りには相変わらず何も無く、ただただ空間が広がっている。しかし、この空間にはシャナンの深層の意識が眠っている。何かをきっかけにして、深く眠れる権能を表す柱が顕現するのである。


「エリカさんやリン、いないのかな?」


 だが、今回は何も見えない。また、いつもならば、エリカやリンと言ったシャナンの心に潜む別人格の少女が現れ、何かしら話しかけてくることが常であった。


 しかし、今は何も見えない、聞こえない。


「今日は……何でここに来たんだろう?」


 シャナンは腰を下ろして膝を抱える。そして、そのまま頭を膝に埋める。


「はぁ……日本に…帰りたいなぁ」


 ポツリと呟く。その言葉は誰に聞かせるでもない。ただの呟きに過ぎなかった。


「本当に……帰りたいの?」


 背後から声がする。声に釣られてシャナンは頭を上げて振り向く。


 誰もいない。確かに声が聞こえたはずだと、シャナンが訝しがる。


「日本に……本当に帰りたいの……?」


 また声がする。今度は正面から聞こえてくる。ハッと顔を前に向けると、ぼんやりとした、姿形がハッキリしない人型の存在が目の前に立っていた。


「え?……誰?……」


 シャナンはまだ知らぬ自分の中に眠る別の人格かと思い、目の前の人型の存在に尋ねる。


「私はワタシ…アナタは…私……一人で二人…二人で一人……」

「どういう意味?アナタもエリカさんやリンの様に私の中にいる一人なの?」


 シャナンは人型の存在に尋ねる。だが、人型はユラユラと揺れるだけで何も答えない。その不気味な存在感は幽霊の様な感じを漂わせる。シャナンは人型の不気味さに恐怖を覚えてきた。


「黙ってないで何か言って!アナタは誰?」

「私はワタシ…アナタは…私……一人で二人…二人で一人……」

「お、同じ事ばかり言わないで!」


 壊れた蓄音機の如く同じセリフを吐く人型、その態度にいよいよ恐怖を感じる。シャナンは立ち上がり、腰を低くして身構える。そして、再度、強く言葉を発する。


「答えて!アナタは誰?エリカさんとリンと同じなの?」

「私はワタシ…アナタは…私……一人で二人…二人で一人……。十二人を統べる本質的な存在……」

「十二人……それって、エリカさん達のこと?十二人も他にいるの?」


 シャナンは自分の中に同居する存在が十二人もいると初めて知った。そんなにもこの体に人格がいるのか、自分が知らないだけで、それぞれの人格には一体どんな能力があるのか。シャナンは少しばかり驚いた表情をした。


 人型の存在は尚もユラユラと揺れている。この人型が十二人全てを統べると言っている。ならば、一体自分は何だろうか。シャナンは自分こそが体を制御できる中心的存在だと考えていた。

 しかし、目の前の人型はその考えを否定する。


 その時、人型の姿が少しずつハッキリしてきた。その姿が明かになるにつれて、シャナンは更に驚いた表情を見せる。


「あ…あなた…その顔!」

「私はワタシ…アナタは…私……一人で二人…二人で一人……私は混沌…アナタも混沌……私は無垢…アナタも無垢……私は…私たちは……」


 顔がハッキリした人型はシャナンそのものだった。


「私たちは世界を灰にし、人々の意識を集合離散させる使命を持つ実存イグジステンズ。生命の賢人により定義された世界の破壊者……」

「生命の……賢人…ってケンちゃんのこと!?」


 突然、カロイの町であった生命の賢人の名前が出たため、シャナンは更に驚愕した。


「教えて!一体、それはどう言う意味?」

「………」


 シャナンと同じ顔をしたは答えない。暫しの沈黙の後、シャナンの周りの靄が濃くなって来たことが分かる。そして、1分も経たない内に、目の前が全く見えなくなった。


「ちょ、ちょっと!教えて!アナタは何を知っているの?」

「……」


 ───

 ──

 ─

 ドアを叩く音がする。シャナンはその音で深い眠りから引き摺り出される。

 ドアの音と共に、静かに声の調子を落とした声がする。


「……シャナン様…いらっしゃいますか?シャナン様……」

「う、うん。いるわ。アナタは……迎えの人?」


 シャナンは声の主に尋ねる。


「はい。私はシャナン様をお迎えに上がりましたカプラン王子直属の近衛騎、オリアンヌ=フォン=リヒターと申します」

「分かったわ。ちょっと待ってて」


 シャナンは部屋の閂を外す。そして扉を押し開けると、そこには一人の若き女騎士と数人のお供の者が立っていた。シャナンは女性の顔を見て、ふと気づいたことがあった。


「あれ?アナタ……ラインハルトそっくり」


 女性の顔はカロイの町であった王国騎士団長の一人、ラインハルトそっくりであった。その女騎士、オリアンヌは静かに笑みを携えて膝をつく。背後にいる者たちも一斉に膝をついた。


「ラインハルトは我が兄です。シャナン様」

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