ムングへの道

「シャナン様。ムングまではこの荷馬車に隠れていて下さい。少し窮屈ですが、ご容赦願います」


 女騎士オリアンヌは荷物が詰まった間のわずかな隙間を指し示す。この隙間に身を隠せとは、流石に辛いものがあるとシャナンは思った。


「ちょっと狭いわ。ねぇ、もう少し広くできないのかしら?」

「お許しください。行商人を偽装するため、出来る限り物資を積んでいる様に見せ掛けないとならないのです。あまりスペースを空けると怪しまれてしまいますので……」


 オリアンヌは申し訳ない顔をして謝罪する。シャナンはオリアンヌの言い分を聞き、仕方がないかと諦める。


「うーん。仕方がないなぁ」

「申し訳ありません、シャナン様」


 オリアンヌが謝罪の言葉を述べる。


 シャナンはオリアンヌが用意した荷馬車を見る。荷馬車は合計三台あり、そのどれもが荷物で一杯だった。確かにひとつだけ隙間があれば、怪しまれるな、とシャナンは思った。


「シャナン様、出発は明日の朝一となります。また、実に申し訳にくいのですが、シャナン様にはこの荷馬車で一晩を過ごしていただきます」

「え?何で?」


 明日の朝一に乗り込めば良いのではないか。シャナンは当然の疑問を述べる。


「朝一だとシャナン様が荷馬車に乗り込む姿を見られる可能性があります。夜間ならば、周りも暗く人も少ないため、その心配はありません。人に見られてシャナン様の行方が暴露される危険性を万が一でも排除したいのです」

「うーん。分かったわ……」


 早朝の積荷の中に紛れ込ませてはどうか、とシャナンは一瞬思った。しかし、オリアンヌはと言わんばかりの強い目で見つめてくるため、シャナンは別案を言い出せずにいた。


「では、シャナン様。また早朝に!」

「うん。また明日ね……」


 シャナンは一人荷馬車に取り残され、与えられた毛布に包まって眠りに着いた。


 ───

 ──

 ─

 シャナンが目を覚ますと馬車がガタガタと音を立てて道を進んでいた。寝惚け眼で辺りを見ると荷物が所狭しと積み上がっている。


 その端にオリアンヌがいた。オリアンヌは笑みを携えてシャナンに語り掛ける。


「シャナン様、お目覚めですね。ご気分は如何ですか?」

「うん。おはよう、オリアンヌさん。まだ少し眠いけど、大丈夫よ」


 シャナンの応えにオリアンヌが笑みを持って返す。


「それは良かったです。シャナン様、粗末ですが、朝食のパンをがあります。お召し上がりください」

「ありがとう」


 オリアンヌからパンを受け取り、口に運ぶ。白パンの中にバターが塗り込められており、程よい甘さを感じる。

 シャナンはパンを平らげるとオリアンヌに尋ねる。


「ねえ、オリアンヌさん。ムングまではどれくらい掛かるの?」

「オリアンヌで結構です、シャナン様。ムングまでは荷馬車なら十日程度かかります」

「えぇ?そんなに掛かるの?結構遠いんだね」


 シャナンは予想外の日程を聞き、少し驚きを見せる。


「シリック・ドヴァー要塞が落ちなければ、三日程度の行程なのです。しかし、今となっては……」

「仕方がないのね、オリアンヌ。でも、十日も荷馬車は少し疲れるわ」


 シャナンが軽いため息と共に不満を漏らす。


「申し訳ありません、シャナン様。ですが、私が話し相手になりますよ。大した話題はないかもしれませんが……」


 ───

 ──

 ─

「え〜、ラインハルトってセシルと何にもないの〜?」

「そうなのですよ!昔っからの付き合いの癖に『自分はただの侍従だから』とか言って。本当に、我が兄ながら情けない!」

「セシルも悪い気がしてないのに〜」

「お、シャナン様。そのお話を詳しく」

「シャナンでいいわ。あのね、カロイの街でね……」


 いつしか仲良くなった話は恋愛話で二人は盛り上がる。シャナンはオリアンヌがお固い騎士だと思っていた。しかし、話してみると、年相応の女の子であり、話が合うことが嬉しかった。


「ふふ、シャナン様。想像とは違い、あなたも普通の女の子だったのですね」

「シャナンよ、オリアンヌ」

「こ、これは失礼しました、シャ…シャナン?ふふ、何だかこそばゆいですね」


 オリアンヌは、口の端を上げて笑みを浮かべる。その笑みにシャナンもニッと笑みで返す。


「もう直ぐ食事の時間です。今日は白パンとハムのサンドイッチですよ」

「わぁ、私、それ大好き!」

「それは良かった。今すぐ準備しますね」


 オリアンヌが御者である兵士に話し掛ける。その後、馬車はゆっくりと歩みを止め、路肩の草地に止まった。


「オリアンヌ隊長、今すぐ食事の準備に取り掛かります」

「ええ。任せるわ」


 オリアンヌが配下の者たちに指示を出す。テキパキと草地に昼食の準備を整える。シャナンは好物が昼飯とあって、ワクワクと光景を眺めていた。


 しかし、平穏な日常を切り裂く喧騒が辺りを包む。


「……?何かな?馬がいななく音が聞こえるよ」

「馬…?何でしょうか。少し様子を見て参りますね」


 オリアンヌが剣を携え、荷馬車から降りる。シャナンは何か良からぬ雰囲気を感じ、少しばかり不安を覚える。


 数分が経っただろうか。馬車周辺が騒がしくなって来た。


「て、敵襲!オリアンヌ隊長!敵襲です!」

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