暫しの別れ

「シャナン……食事はキチンと取ってください。あと、清浄ピュリファイケーションの魔法で衣服は常に清潔にしてください。あと、あと……」

「トーマス、もう大丈夫よ。そんなこと、いつもやってるじゃない」


 シャナンは呆れた声で返す。だが、トーマスは未だ未だ心配そうな顔を浮かべる。


「ですが、シャナン。私は心配で心配で……」

「おい、トーマス。お前が逆にシャナンから心配されてるぞ。いい加減にしておけよ」


 ルディが呆れた声を上げる。他の面々も同様の様だった。その中で一際冷めた表情で見ている者がいる。ラーラである。

 ラーラはトーマスの気遣い振りに少し嫌味を込めて呟く。


「ふん。何だか、あの人ってただのロリコンじゃないわね。何だかんだでシャナン様のことを気に掛けてるんじゃない。少しだけ、認めてあげてもいいかな」

「その口ぶりは認めてるって素振りじゃねぇぞ、ラーラ」


 トーマスとラーラの喧騒を目にしたばかりだったため、ルディにはラーラの言葉が嘘っぱちにしか聞こえなかった。


「あら、ルディさん。そんなことありませんわ。仮にもあのトーマス“”はシャナン様を守るために必死なのですから。だから、“”とは言え、認めてあげなくては間接的にシャナン様を蔑ろにしてることになってしまいますもの」

「やけに“”と“”に力を入れるなぁ」

「そうですか?ふふ、ルディさん、気のせいですよ」


 ラーラの屈託のない笑みが逆に恐ろしい。ルディは軽く身震いした。


「……末恐ろしいガキだぜ…」

「?何か仰いましたか?」

「い…いえ、何でもございませんわ……ぐ、焦って口調が憑っちまったじゃねぇか」


 ルディは自分の発言に舌打ちして、頭を掻いた。そして、これから先が思いやられそうだとルディは頭の中で愚痴を零す。

 そんなやり取りを遮るかの様に、セシルとカタリナが馬を引き連れてやってきた。その背後からは数人の馬丁が全員分の馬をくつわを引いてやって来る。


「シャナン、フードで顔を隠しなさい」

「う、うん。分かったわ」

 

 アスランに言われて、慌ててシャナンがフードを覆い、姿を隠した。すると、シャナンの雰囲気が薄れ、人の注意を引かなかくなった。


「アスラン様、お待たせしました」

「ありがとう、セシル」


 セシルの敬礼にアスランは笑みで持って応える。その背後から馬丁が空気を読まずに話し掛けてきた。


「ネェちゃん。馬さにはタップリと飼葉を与えておいたからよ。丸一日走ってもデェ丈夫だ」


 セシルはくるりと翻ってウィンクする。


「さっすが!ありがとうね、皆さん」

「なぁにいってるだ。それがオレたちの仕事だ。抜かりはねぇよ」

「そうだぁよ。それに、勇者様が乗る馬さを適当には扱えねぇだ」


 馬丁はさも当然だと言う雰囲気で応える。また別の馬丁も合いの手を入れて、言葉を繋げる。


「しっかし、本当に子供だなぁ…いや、気を悪くせんでくれ。悪気はねぇんだ」

 

 一人の馬丁がラーラを見て呟いた。その背後にはフードを被っているとは言え、同じ顔のシャナンがいるにもかかわらずに。


「あら?子供でも勇者ですから。そんじょそこらの魔族くらい一捻りよ」


 ラーラが腕まくりをして応える。その様を見て馬丁たちはカラカラと小気味よく笑った。


「大した自信だ。さすが勇者様だ。では、勇者様、世界の理に掛けて、我らをお救いくだせぇ」

「まっかせて!」


 ラーラはVサインで返事を返す。その様子を見て、馬丁たちは気持ちよく引き上げていった。

 だが、他の面々はあまり感心した顔はしなかった。


「ラーラちゃん。シャナンはそこまで弾けてないわ」

「え!そうなんですか?あちゃぁ。アスラン様から元気な子だって聞いてたから……」

 

 セシルの言葉を受けて、ラーラは片目を瞑って頭を掻く。アスランもラーラの勘違いを正すために微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「ラーラ。元気とは言ったが、調子に乗りやすいとは言ってないよ。もう少しシャナンはお淑やかなのさ」

「お淑やか……へへへ、そうかなぁ」「お淑やか……はぁ、そうなのですか」


 アスランの一言にシャナンが少し頬を赤らめる。対して、ラーラはお淑やかの度合いが分からないのか、少しばかり首を傾げる。

 

 その時、トーマスが憤然としてラーラに言い放つ。


「ふん。お前の様なお転婆にはシャナンの凄さは分かるまい。シャナンは豪胆かつ繊細、深謀かつ遠慮を兼ね備えた真の勇者なのだ。一朝一夕でマネなどできぬわ」

「あ、ごめんさない。アンタには聞いてないんで」

「こ、このガキ……」


 ラーラはトーマスを適当にあしらう。怒りでトーマスの顔がまた真っ赤になった。


「あの〜皆さん、そろそろ出ませんか?シュタルバンドまで行くなら、早い方がいいですよ」


 カタリナが先行きを気にして皆に声を掛ける。彼らがいる駅亭からシュタルバンド要塞までは半日程度は掛かる。別段、少し遅れても陽のある内には着くだろう。しかし、魔族の刺客からの攻撃を考えるならば、一刻も早く安全な地に行きたいのが道理であろう。


「そうだな。カタリナ。君の言う通りだ。皆、もう行こう」


 アスランがカタリナの言に賛同して馬に跨る。その様子を見て、皆も慌てて馬に乗り始めた。

 全員が馬に乗った後、アスランがシャナンに話し掛ける。


「では、シャナン。私たちは囮としてシュタルバンド要塞に向かう。君は夜まで兵士たちと宿屋で待っていてくれ。夜になると迎えの者が来る手筈になっている」

「うん、分かったわ。でも、私が宿屋に戻ったら、バレちゃわないかしら?」


 シャナンの疑問も尤もである。フードで顔を隠したとしても、背格好でシャナンであると思う者がいるかもしれない。

 しかし、アスランは大丈夫だと言い放つ。


「シャナン。キミが被っているフードは高度な“隠密スニーク”の魔法が掛けてある。見破るためには“看破ペネトレーション”のレベルが30はないと難しいだろう」


 “隠密スニーク”の魔法は人の気配を消して、存在感を無くす魔法である。高度になると、目の前に人がいても認識できない程度の効果を発揮する。

 対して、“看破ペネトレーション”は物陰に隠れている者や能力を曝け出す魔法である。高度になると、人の嘘や透明化した相手も暴くことができる。


「……キョウコの“ 説明できないファンタズム”みたいなものかなぁ?」


 シャナンは自分の内に潜む少女“キョウコ”が使う超越魔法を思い出す。


「シャナン。この王国の未来はキミの双肩に掛かっている。辛い役目だが、任せる。キミならできるよ、シャナン」


 アスランはシャナンを励ます言葉を掛ける。


「シャナン。大丈夫ですよ。アナタなら何も問題ありません」

「何かあればすぐ駆けつけるわ。シャナン、頑張ってね」

「おう、シャナン。心配すんな。調印式が終われば直ぐ合流するさ」

「シャナン!お体にお気をつけて。あと、食事にはキチンと火を通してください。あと、眠る時は体を温めて冷やさないように。あと…」

「はいはい。シャナン様が困ってるでしょ。じゃ、シャナン様。また後でね〜」


 思い思いの一言を残して、皆が駅亭から去っていった。


「行っちゃった……」


 シャナンは少し心細い気持ちになる。異世界に来てアスランから守ってもらって以来、初めて一人になってしまったのだ。

 

「一人…か……」

 

 ボソリと呟く。一人になり急に心細くなったのか、シャナンは先行きが急に不安となりだした。

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