常識反転

「ぐ、この…!さっさとルディを離しなさい!」

「ぬぅう!私の攻撃が効かぬとは…何たる化物だ!」

「だ、ダメです……私の魔法が……全く…そんな…」


 のれんに腕押しの化物を前に、セシル、トーマス、カタリナの三人が力なく膝を屈する。一体この化物は何なのだ?魔族の一員なのか?

 

 化物はルディの足を掴み、尚も叩きつける。ルディは既に抵抗なく、ただ為すすべなく攻撃を受け続けていた。


 このままでは、ルディの命が危ない。


 そう思っていた矢先、突如、化物が動きを止める。一体何が起きたのだろうか。三人は警戒しつつ、化物を注視する。


 しかし、しばらくすると化物が音も無く崩れ始めた。


「な、何が……」


 トーマスが呆気にとられて呟く。化物はドロドロと溶けていき、やがて消えていった。


「よ、よく分からんが……とにかく、ルディを手当てしよう。行くぞみんな!」


 トーマスがテキパキと指示を出す。少しばかり治療に心得があるセシルがルディの傷を見る。


「ひどい…」


 見ただけで分かる。アチコチの骨が折れ、腕や足の向きがあらぬ方向に向いている。


「カトンゴさん、ルディさんの傷を何とかしていただけませんか?」


 カタリナが泣き声に近い声でカトンゴに呼び掛ける。カトンゴは吹き飛ばされた衝撃から立ち直り、ルディを見やる。


「あちゃぁ〜こりゃひどい。ワシの魔法では応急手当てしかできん。私塾には回復魔法が得意な奴がおるはずじゃ。そいつに一刻も早く見せなアカンぞ」


 カトンゴは仕方なしに回復ヒールの魔法を唱える。気休め程度にルディの傷が癒えるが、骨折や各所の傷は治っておらず、ルディは激痛に声を上げる。


「グッ……私が不甲斐ないばかりに。すまん、ルディ!いま運んでやる!」


 トーマスがルディを背負わんとしたと同時に、街角から優しい声が響いてきた。


「はいはーい。大丈夫よ〜。世界の理に掛けて〜回復ヒール再生リジェネレーション!」


 眩い光が声の先から聞こえて来る。途端、ルディが負っていた傷が完全に回復する。それに、少なからず傷を負っていた面々の傷も回復した。


「な、なに?この高レベルの回復魔法?」

「誰かは分かりませんが……ありがとうございます。助かりました!」


 カタリナが感謝の意を述べた先、一人の少女がスタスタと歩いてきた。


「シャナン!?無事だったの?良かったわ!」


 セシルが少女に駆け寄り、抱き抱える。


「ふふ、セシルさん。少しこそばゆいです。離れていただけますか?」

「セ、セシルさん?」


 普段とは違う口調にセシル他一同は混乱する。普段の快活振りがなりを潜め、どちらかと言うと、おしとやかさが滲み出ていた。


「あらあら〜。御免なさい。普段のあの娘らしくなかったわ。御免なさいね。別の者に代わるわ〜」


 そう言って、シャナンは膝を着いた。と、同時に起き上がり、今度は異様な程元気な姿を見せる。


「や!僕はキョウ……じゃなかった。シャナンだよ。みんな、ヤスミンの魔法で元気になったよね?」


 シャナンがおかしい。トーマスがオロオロしている。


「シャ、シャナン!?一体どうなされたのですか?暫く見ないうちに何が?」

「ああ、トーマスか……あれ、僕ってこんな感じだったよね?」

「い、いえ、違います。シャナンはもっと……もっと?何だっけ?」


 トーマスは首を傾げる。トーマスの思うシャナンとは……一体どのような存在だったのか?


 勇猛?知的?果敢?荘厳?深窓?礼節?快活?


 よく分からない。だが、先ほどから聞こえる声がする。この声は自分の迷いを晴らしてくれた今までの声と同じだ。


 曰く


 ──勇者を信じよ──


 トーマスは満面の笑みを浮かべる。何を迷う必要があったのだろうか。目の前に座す少女は“勇者”である。ならば、自分が信じる者は少女でしかない。


「ハッ!トーマスことミュラー・フォン・トーマスは勇者シャナンのために……」

「るせぇよ。トーマス。名乗りは良い。それよりもルディたちを退避させてよ。これからは僕の権能が発動するからさ」

「ハッ!……ですが、権能?とは一体?」


 少女は嘆息してトーマスに語り掛ける。


「いいから行けよ。邪魔だから」


 シッシッと追い払うようにトーマスを急き立てる。トーマスは若干の疑問がありつつも場の収拾を行い、怪我をしたルディたちとその場を離れた。


「くくくく……これで僕を邪魔する者は…アイテテテテ!エリカ、リン、それにヤスミン!分かってる!分かってるよ!暴走しないから!」


 勝手に少女が痛がる。側から見ると何が起きているのか理解に苦しむだろう。


「分かったよ。街の連中を収めるんだよね。でもね、この連中には“説明できない(ファンタズム)”じゃぁ、絶対無理だよ。”本当の世界(イグジステンズ)“じゃないと収まらないね」


 少女がブツブツと呟く。暫くして、少女はパッと明るい顔を見せる。


「え?良いの?マジで?え?情報遺伝子ミーム汚染レベルまでの命令するなって?え〜〜〜つまんな…イデデデデ!わ、分かったよ。分かった!」


 渋々と少女は承諾する。ボリボリと頭を掻き、暫くして大きな声で怒鳴り始めた。


「ッオオオオオオオオオーーーーーーイ!!お前らが探している勇者ってのはここにいるぞ〜〜〜〜!!」


 街中に響き渡る声が轟く。あまりの怒声に街はしばし沈黙に包まれる。


 しかし、程なくして街のアチコチから武器を持った人々が姿を現した。


「勇者…」

「お前が……」

「私の恋人を…」

「俺の家族を…」

「兄を…」

「友を…」


 憎悪に満ちた顔が辺りを埋める。だが、少女はクックックと笑いを噛み殺してその姿を見る。


 少女の不愉快な態度に激憤に駆られた一人が堪らずに怒りの声を上げる。


「何がおかしい!?お前が……勇者が不甲斐ないから、この街が魔族に襲われたんだ!いや、お前がいなければ、街は魔族に襲われなかった!全部、全部貴様のせいだ!」

「ふーん。何それ?」


 少女は馬鹿にしたように男に応える。


「勘違いしてもらっては困るけど、この事態を引き起こしたのは魔族?勇者?街に攻撃を仕掛けたのはどちらだっけ?」

「そ、それは……」


 男は口籠る。少女は尚も畳み掛ける。


「魔族でしょ?なのに何で勇者を責めるわけ?道理が通ってないよね?」

「し、しかし、勇者がいなければ、この街に魔族が…」

「来ない理由にはならないよ。魔族は人々を憎み、忌み嫌っている存在なんだからね。この街はマムゴル帝国だけじゃなく、魔族の連中との国境線にも近い。遅かれ早かれ、魔族は来てたよ」


 少女が男の意見を封じる。男は言葉に詰まる。確かに、カロイの街は国境付近に位置している。しかし、交通の便が悪く土地も痩せている。占領したとしてリターンが見込める場所ではなかった。

 しかし、背後には天然の要害である“嘆きの壁”がそびえたち、街に行くまで続く隘路の連続は侵入者の妨げにもなっている。

 言い換えれば、要塞として作り替えれば、王国を攻める橋頭堡として役立つ可能性は大いにあった。ただし、物資運搬や増援の派遣が難しく、敵地で孤立無縁になる可能性に目を瞑れば、という条件付きではあるが……

 

 男は少女の言葉にどう反論すべきか言葉を選んでいるようだった。カロイの街の重要性の議論など、幾らでも話が上がっている。反論も容易だ。

 だが、暴徒となった民衆にも伝わる平易かつ雄弁な言葉を選ばなくては、扇動の効果が薄まる。


 時間にして数秒程度だったが、その隙が明暗を分けた。少女は好機と見て最大の武器とも言うべき“ある言葉“を民衆に投げかける。


「私は“勇者”……“”シャナンよ。その名を讃えよ!声高く!聴け!衆なる者どもよ!」


 少女が力強く拳を天に掲げる。男は“しまった”と歯噛みする。今や”“は街を混乱に陥れる諸悪の根源だ。しかし、人々は心の底では信じている。


 ──戦乱続く世の中で、混迷極まるカロイの街で──勇者こそがこの事態を打開する、最後のだと。


 キョウコの声は透き通る声音で人々の心に染み渡る。彼女の持つ権能“道理”の効果だろうか、人々は先ほどまで胸に渦巻いていた殺意を暫し忘れ、少女の言葉に聞き入っていた。


「我が意に沿えば、この戦、負けは無し。だが、反すれば、街の者ども全員が魔族に殺されるか隷属される。お前らはどちらが望みだ。未来さき無き明日か?それとも我と共に魔族を打ち倒す希望への未来さきか!?応えよ!」


 ─

 ──

 ───

「キョウコのやつ、こう言う演説には強いんだな」


 エリカが感心する。


「そうねぇ。キョウコがいつもこんな風なら、私も怒らないのに〜。馬鹿な娘ねぇ〜」


 ヤスミンもエリカに同意する。


「だけどよ。何だか、キョウコの言うことも、尤もらしい気がするけど……」

「けど?」


 エリカの言葉にリンが尋ねる。


「中身が無ぇな。だって、ついて行った先の具体的な方法や戦い方が無いじゃないか。耳障りの良い言葉を選んでるだけじゃ無いのか?」

「そうね……でもね……」


 リンがため息混じりに言葉を紡ぐ。


煽動者アジテーターと言うのはいつもそうなの。中身が無いけど、人の心に訴える言葉を選んで民衆を煽るの。人々は中身じゃ無い。自分の心根に合う都合の良い言葉ばかり選んでしまいがちなのよ」

「そうよねぇ、確かに、色んな情報を考えて自分なりに行動している人なんて少ないかもしれないわねぇ……」

「人は弱いの。誰しもが“自分のあるべき姿”が何か悩んでいるの。だからこそ、煽動者の甘い言葉に乗せられてしまうのよ」


 リンが悲しそうに呟く。だが、エリカは意味が分かっているのかいないのか適当な返事を返す。


「ま、そんな自分のことすら分からねぇ連中より、キョウコがやり過ぎない様に注意しろよ」

「そう言う意味じゃ無いんだけどなぁ。まったく」

「あらあら、エリカさんは相変わらずね。でもね、キョウコのことに関しては同意するわ。この場を収めるためとは言え、あの子に”本当の世界(イグジステンズ)“を使わせる許可を出しちゃったもの」


 三人がキョウコの動向に注目する。ヤスミンの超越魔法に劣らず、凶悪な魔法として扱われている”本当の世界イグジステンズ“とは一体どの様な魔法なのだろうか。


 ─

 ──

 ───


「聞け!カロイの街の人々よ!この街には悪しき者どもが入り込んでいる。だが、勇者の目には全てが分かっている。その者を排除せよ!そして、勇者に忠誠を誓え!」


 少女の雄々しい声が鳴り響く。機先を制されて、暴徒を率いていた男が少女の言葉の隙を突き反論を仕掛けようとする。

 しかし、言葉より早く、少女の指先がピタリと男に向けられる。


「お前……あと、お前…と、お前…ブージュルクからの刺客だな?」


 先ほどまで少女に反論していた男が驚きから動揺の動きを見せる。


「生贄は三人か。ま、この規模ならば、これで良いか。じゃあ、行くよ!世界の理に代わり、勇者が命じる!世界の理を反転し、あるべき姿へ……超越魔法”本当の世界イグジステンズ“!」


 少女の一声で魂が抜けた様な表情を人々が見せる。一体、何が起こったのか。人々は呆けた顔を見せ、ピタリと動きを止めている。


 しかし、少女がパチンと指を鳴らした後……


 世界が書き変わる。


 違和感が人々の中で駆け巡る。しかし違和感は一瞬で思考を書き換え、人々の常識が反転した。


 しばしの静寂の後……街からは勇者を讃える歓喜の声が湧き上がった。


「うんうん。さっすが、僕の”本当の世界イグジステンズ“!効果は抜群だね!」


 少女ことキョウコは満面の笑みを浮かべる。


 そして……


「よし!お前たちに命令を与える。扇動した者たちを殺せ。今後、勇者に逆らったらどうなるか、見せしめにするのだ!」


 そして、先ほど看破した三人の男を指差す。


「まずはそいつらだ。やれ」


 少女の指示で一斉に人々が襲い掛かる。たとえ鍛えられたブージュルの暗殺者だろうと波となって押し寄せる暴徒の群れには抗えない。男たちは武器を持った街の人々にバラバラにされてしまった。


 群衆の勇者を讃える声を聞き、少女は愉悦を浮かべる。


「街の騒乱も収まったしねぇ。じゃぁ、後は希望の“光”の勇者様にお任せしようかな?」

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