生と死の分岐点


「ヤ……ヤスミ…ン……さん。嘘でしょ?」


 しかし、ヤスミンは答えない。代りに人差し指を顎にあて、首を傾げて考え込んでいる。


「ヤスミンさん!」


 シャナンは悲痛な叫びを上げてヤスミンに尋ねる。ヤスミンはフゥ、と軽く息を吐きシャナンを見て語り掛ける。


「……私のスキル、生体感知をあなたのクオリアにリンクするわ〜。言葉より、その心で知るべきよ〜」


 ヤスミンは優しく柱に触れた。すると、シャナンの脳裏に街中の…いや、カロイの街の外を抜けて遥か彼方の生きとし生ける者の生命の息吹が駆け抜けて行く。


「こ、これは!?」

「私のスキルよ〜。世界の理に働き掛けて、命の鼓動を探知することができるの」


 シャナンの頭に命の輝きが無数に煌く。強い輝きも在れば、今しも消し去りそうな輝きもある。


 その輝きは、人だけでは無い。犬、猫、虫、草木……生きている物が全て感知できる。


 この光は………トーマスとセシルだ。トーマスは力強く光り輝く。セシルの光は力強くは無いが、輝きは群を抜いている。こちらはルディか。荒っぽい光だが、芯に強さが感じられる。カタリナは黒く強い光だ。他のみんなと違うが、魔法の力を表してるのだろうか。


 数多の命の情報が駆け巡るが、不快では無い。むしろ、自然なこととして受け止められた。


「すごい……」


 シャナンは声を漏らさずにはいられなかった。こんなにも命が溢れているなんて、命の輝きが、こんなにも綺麗なんて思いもしなかったからだ。


「……シャナン、あちらを見て…」


 ヤスミンが指差す先を見る。いや、正しくはヤスミンの生命の輝きが指す方向を見る。


 そこには、黒く佇み、消え去る寸前の鈍くドンヨリとした光が二つあった。


 分かる……この光は…二人はンゲマとアチャンポンだ。


 もはや命の陰りもない。あるのは、鈍色で消えゆく光のみだ。


「ンゲマ!アチャンポン!そんな……そんな……!」


 シャナンが半狂乱に頭を抱える。どうすればいい?何をすれば二人が助かる?


 ……いや。そもそも、二人は生きてるのか?あの光は、もう生物としての役目を終えて、冷たくなる過程ではないのだろうか。


 ポン、とシャナンは肩に手を置かれる。シャナンはビクリとして顔を上げた。そこには、笑みを浮かべるヤスミンの姿があった。


「大丈夫よ〜、シャナン。私ならば生き返らせるわ。私の権能、“生への帰還(モルグ)”ならばね」

「“生への帰還モルグ”……」


 危険な魔法だと聞いている。その魔法が二人を生き返らせる手段になると?シャナンは戸惑いを覚える。


「で、でも……その魔法は…リンが…危険だって……」

「使い方を間違えると危険よ〜。でもね。私なら大丈夫よ。そのためにも、もっと街の人からデータを取らないと〜」


 大丈夫な理由とデータの意味が繋がらない。一体何を言っているのか。


「ヤ、ヤスミンさん!もう少し詳しく教えて!なんで“生への帰還モルグ”で二人が助かるの?それと、街の人のデータってなに!?」


 二人を助けたい。でも、街の人は殺したくない。


 二人も大事だけど、優しくしてくれた街の人たち……商店の人たちは自分に優しくしてくれた。私塾の人たちも自分に気を使ってくれている。ボカサとか言う高弟は相変わらず高慢だったが、それ以外の人はいい人ばかりだ。


 それに、煽動に乗って、自分を殺そうとした人たちも普段は気の良い人たちなのだろう。ブージュルクの刺客による魔法で操られていた可能性も否定できない。


 それに、街の人からのデータとは一体何なのだ?そんな物が二人の生死に関わるのか?


 シャナンの疑問は募るばかりだ。そんな光景を見たのかヤスミンは静かに答えを述べる。


「二人は死んじゃったわ。でも、私なら肉体を再生して生き返らせることが出来るわ〜。でもね……クオリアは別よ。二人の脳から急速にクオリアを型為すデータが消えつつあるわ。そのためにも、大量のデータが必要なの〜」

「……ようやく話が繋がったわ……ヤスミンさん、あなた、二人のクオリアを治そうとしているのね。よく分からないけど、データがクオリアの補修に役立つ訳なのね」


 ヤスミンは笑みを浮かべる。


「あら、シャナン、察しが良いわね。でもね、半分不正解」

「え?不正解?」

「そうよ。私の“生への帰還モルグ”は大量のクオリアをビックデータ化して、ンゲマとアチャンポンにそっくりなクオリアを精製するだけよ」


 クオリアを精製?治すのではなく、精製?それは、二人を生き返らせると言えるのか?精製されたクオリアで作られた二人は本当になのか?


 シャナンは困惑する。しかし、ヤスミンはシャナンの迷いなど無視して話を続ける。


「でもね、データは正確でないと効果が薄いの。そのためにもンゲマとアチャンポンが生きていた"この街"の人々のデータが必要なの」

「ビッグデータ……AIと同じ原理なわけ?」

「うーん、私たちの世界には第三世代のAIしかなかったわ。それは、データを解析して人の気づき以上の発見をするには向いているわ。でもね、弁証法的思考には向いてないAIだったわ。対して、私の“生への帰還モルグ”は……そうねぇ、自分で考えて、あるべき答えを見出せるの」


 ヤスミンが指を折りながら数え、両手の指を折り終えたら後、パンと両手を叩く。


「両手で数えるのは無理ね。でもね、99.99999999999999999999999999999999999999999%、ンゲマとアチャンポンのクオリアと同等のモノが出来るわ」


 限りなく続く小数点…それはもう殆ど同等と言って良いのではないか。


 シャナンは例え少し違いがあろうとも、二人が生き返るならば、是非にともお願いしたかった。


 だが……


「でもね〜私の超越魔法“生への帰還モルグ”はちょっと難点があってねぇ〜」

「難点?」


 シャナンは尋ねる。超越魔法の難点といえば、その能力に見合うだけの反動がある。例えば、闘気オーラは体力の消耗が激しく、無闇には使えない。“ 生への帰還モルグ”の難点とはなんだろうか。


「それはねぇ〜使ったデータは消えちゃうの。だからね、今溜まったデータだと“ンゲマ”か“アチャンポン”のどちらかしか生き返らせないの」

「え……?」

「でもね、街の人、全員を殺せば、充分なデータが集められるわ。だからね、シャナン。辛いけど、二人のために諦めて?」


 いやいや、ちょっと待ってほしい。シャナンは心の中でツッコミを入れる。


 二人を生き返らせるためには、街の人々の犠牲が必要?二人のどちらかだけでいいならば、街の人々は助かる…でも、ンゲマとアチャンポンのどちらかしか生き返らない。


 どうする?どうする?どうする?どう?どう?どう????


 シャナンは頭を抱える。何が正解なのか、どれが間違っているのか?


 ……いや、正解も無い。間違いも無い。どれを選んでも犠牲が必要なのだ。


 シャナンは呼吸が荒くなる。無理もない。幼き少女に人の運命を委ねる重石が課せられたのだ。平然としろ、と言う方が無理である。


「はぁ…はぁ…ヤ、ヤスミンさん……何か…はぁ…はぁ…手は無いの?」

「無いわ」


 無情な答えだ。


 シャナンは心が折れそうになる。どうすれば良いのか…街の人は助けたいが、せっかく友達になった二人は絶対に助けたい。いっそのこと、二人のために街の人を……


 その時、シャナンの耳に絶叫が聞こえて来る。その声は現実世界に権限したヤスミンのスキルを通して、シャナンに伝えられた。


「な、なんだ!この化物は?」

「ト、トーマス!気をつけて!この化物、ただ者じゃ無いわ。私の分析アナライズだと……測定不能?何よこれ!?」


 トーマスとセシルが化物に相対している。ヤスミンが下に向けた視線から二人が抗う姿が見て取れた。


「な、なんじゃ、コイツ!二人とも離れい!ワシのとっておきの魔法を喰らわせてやるわい」


 二人の後ろからカトンゴが駆け寄り、魔法を唱え始める。


「世界の理に掛けて、彼の者を構成する始原の……ンガァ!」


 魔法が放たれるより先に、化物の攻撃でカトンゴが吹き飛ぶ。


「カトンゴ塾長!」


 シャナンは思わず叫んだ。塾長を庇い、間に入るトーマスでさえも吹き飛ばされる。セシルは弓で応戦するが、化物に首を掴まれてしまった。


 このままでは全滅だ。どうしようかとシャナンはオロオロする。


「ヤスミンさん!お願い!三人を助けて!」

「うーん。そのためには、ンゲマとアチャンポンのどちらかを犠牲にしないといけないわぁ?」

「そ、そんな!?」


 シャナンは絶望から絶叫する。一体どうすれば良いのか、シャナンの瞳に涙が滲んできた。


 その時……


「オラァ!セシルを離しやがれ!バケモノがぁ!」

「世界の理に掛けて……閃光(フラッシュ)!」


 カタリナの魔法が発動し、眩い光が目潰しとして轟く。そして、ルディの飛び蹴りが化物に炸裂する。シャナンは事態が好転したのかと、歓喜の笑みを浮かべる。


 だが……


「な、なに!?俺の足を…ってオイ、な、なにすん…ギャ!」


 化物は受け止めたルディの蹴り足を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。それも一度でなく、何度も、何度も……


「もう止めて!ヤスミンさん!お願い!」

「じゃあ、ンゲマとアチャンポン、どちらを諦める?」


 諦める?いや、諦めたくない。


 だが、シャナンの葛藤を他所にルディが何度も地面に叩きつけられる。ルディは最初は抵抗していたが、最早動きを止めている。このままでは、ルディの命に関わる。


 シャナンはどうしていいか分からず、ボロボロと大粒の涙を零す。


「もう……もう…止めて…ヤスミンさん、ひどい…ひどいよ……こんなの…あんまりだよ……」

「うーん。シャナン。ルディたちも大事なのね〜。でもね、選択と集中は必要なことなの。さあ、シャナン?あなたはどちらを選ぶ〜?」


 指が震える。声が擦れる。


 ンゲマ…アチャンポン…それともルディたち…


 ンゲマ?


 アチャンポン?


 ルディたち?


 街の人?


 ンゲマ?…アチャンポン?


 ルディ?…トーマス?…セシル?…カタリナ?…カトンゴ塾長?


 街の人?…泣き叫ぶ子供達の声?…家族を呼ぶ悲痛な人々の声?…怪我した恋人を抱えながら足を引きずる女の人?…ンゲマを探して彷徨う商店のオバちゃんとオジちゃん……?


 分からない…分からない……正解はどっち?……いや、正解って何?どれを選んだら正解なの?


 考えが巡り、シャナンの思考はショート寸前だった。そんな少女の肩に、ポンと三人の手が置かれた。


 振り向くと、そこにはエリカとリン、それにキョウコがいた。戸惑うシャナンに向けて、三人はそれぞれの思いを口にする。


「シャナン……世の中にはどれを選んでも正解が無い道もあるんだ」

「そうよ……シャナン…あなたの重荷は私たちも受け持つわ。どれを選んでも後悔しかない。でも……」

「ま、気楽にやろうよ。所詮は他人事でしょ?」


 エリカとリンがキョウコの頭にゲンコツを見舞いする。


「エリカさん……リン……私、私……どうしたら……」

「……何をしても後悔しかない。ならば、その先にあるのは運命ってやつだ」


 エリカがどこからか取り出した棒切れをシャナンに渡す。


「”神様の言う通り“でもいい。何でもいい。決めるんだ。こんな神もいない狂った世界だけど、シャナン……お前はこの先も自分で物事を決めなくてはいけない。例えそれが非合理的でも決めるんだ。そして受け入れろ!」


 シャナンはエリカから棒切れを受け取る。


 そして、どうして良いのか分からず、棒を三方向に向けて交互に振り始める。頭の中では“神様の言う通り”と言うフレーズを口ずさんで……


 アチャンポン……


 ンゲマ……


 街のみんな………


 アチャンポン……


 ンゲマ……


 街のみんな………


 アチャンポン……


 ンゲマ……


 街のみんな………


 アチャンポン……


 ンゲマ……


 街のみんな………


 ……………ピタリと棒切れが止まった先を見て、シャナンの瞳に止めどもない涙が溢れた。

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