親しい者の死

 重苦しい沈黙が続く。


 キョウコの意外な発言にシャナンは何も言えずにいた。ただ、無言でキョウコの後をついて行く。


 しかし、ただ一つ、理解できたことがある。


 とは……“あの男”のことなのだろうか。シャナンは地球で起きた記憶が頭に過り、不快感から必死で頭を振る。


 シャナンは誘拐された当事者であったため、客観的に事件を知り得なかった。男は巧妙に死体を隠していたために、逮捕されるまで多くの少女たちの死体は明るみにならなかった。


 そのため、シャナンにはキョウコの言う十二人が殺人事件の犠牲者を指す数字であることを理解できなかった。

 当然ながら、世間を震撼させたあの男の最後までの経緯を知らない。そしてあの男が殺した少女たちの名前など知る由もなかった。


 ただ、自身も拐われて、拷問を受けたから分かる。あの先に“生”は無い。ただ待っている結末は“惨たらしい死”のみだった。十二人とは……あの男による犠牲者なのか、シャナンは想像力を働かせる。


 それならば、自分も十二人の一人なのだろうか。シャナンは想像して身震いする。


 だが、キョウコの話からすると、シャナンは含まれていない様である。


 それに生命の賢人も言っていたが、シャナンは運良く(?)助け出され、本体はコールドスリープされていると言われている。そして、クオリアのみを量子テレポーテーションで転移され、偽りの体で生を長らえている。


 シャナンは、キョウコを含め、目の前にいるリン、エリカを見る。彼女たちも犠牲者だと言うことなのだろう。しかし、リンはともかく、エリカがあんな男の犠牲になるとは到底思えなかった。


「よし、着いたぞ」


 エリカの声にシャナンの思考は遮られる。思考の迷路から強制的に抜け出したシャナンの目の前には大きな柱が立っていた。柱からはおぞましい気配が漂っており、見るだけでも嫌な感じにさせられた。


 柱の根本を見ると、布を頭に覆った少女が気持ちよさそうに眠っている。


“ヤスミン”だ……


 シャナンはゴクリと唾を呑む。自身が持つroot権限でヤスミンの支配を解除する、とリンには言われている。しかし、一体どうすれば良いのだろうか?


 マゴマゴしていると、リンから声を掛けられる。


「シャナン、ヤスミンに話し掛けて。今の眠っているヤスミンにコンタクト出来るのはシャナンだけなの。そして、現実世界のヤスミンの行動を止める様、説得して」

「せ、説得って……一体どうすれば……?」

「うーん、そうだねぇ。ヤスミンにさっさと体を明け渡せって言ってやったらどう?」


 キョウコが適当な答えを出す。流石に高圧的すぎるだろうとシャナンはかぶりを振る。


「シャナン。話し合うんだ。自分が虐殺なんて望んで無い。街の人を助けてくれる様にお願いするんだ」

「何だよ、エリカ。シャナンのroot権限でさっさと明け渡す様に命令した方が良いに決まってるだろ?」

「バカやろう。それは最終手段だ。強引にシステムに引き戻すとヤスミンのクオリアが精神汚染されるかもしれないんだ。まずは説得からだ」

「え〜?僕の時と態度が違う〜」


 エリカの言葉にキョウコがブー垂れる。だが、エリカは無視してシャナンに言葉を続ける。


「いいか、説得のためにはヤスミンから理由を聞き出せ。理由ってのは、街の連中を殺しまわっている理由だ。アイツの行動原理は全てお前…シャナンのために向いている。この殺しにも理由があるはずだ。その理由をお前が論破するんだ!」

「え、ええ〜?説得って……私が?」

「無理は承知だ。ダメなら、強引にヤスミンから権限を取り戻すしか無い!」


 エリカの強い眼を目のあたりにし、事態が抜き差しならない状況であるとシャナンは察する。自分がヤスミンを説得できるか自身がない。しかし、自分にしかできない使命であるとシャナンは胸に刻み込み、説得を試み始めた。


 ─

 ──

 ───

「データ収集具合は50%と言うところかしら。まだ半分ね」


 ヤスミンが屋根の上から鼻歌混じりに街の光景を見下ろす。


 街には魔族の高圧ポジトロンランチャーにより起きた火災が広がり、火の海となっていた。その街中を勇者を探す暴徒と扇動するブージュルクの一団、それに街で殺戮を繰り返す化物が入り乱れていた。


 最初は暴徒や煽動者の声高な声が目立っていた。しかし、時を経るにつれて、化物への恐怖に満ちた声に変わってきた。


 人々の怒号、悲鳴、嗚咽、発狂……色取り取りの声音が鳴り響き、少女の心をゾクゾクさせる。


「うーん。みんな、いい声で鳴くわねぇ。なんだか嬉しくなっちゃうわ」


 頬を上気させて、シャナンの姿を借りたヤスミンがポツリと呟く。彼女の権能は“生と死”……人々の死に抗い、生にしがみつく様は彼女を愉快にさせるために必要な要素だった。


「……ん?」


 頭の奥で何やら声が聞こえる。


 ……ン……

 ………ヤ…ス……

 …ヤ…スミ……ン……


 誰かが自分を呼ぶ声がする。誰だろうか。この街で自分ことヤスミンを知る者はいるはずもない。いや、この世界でヤスミンの名前を知る者など、居よう筈がない。


 ならば、十二人の仲間たちか?


 だが、おかしい。論理経路は切断し、誰も現実の自分に話しかけることはできないはず。しかし、声は聞こえる。違和感を感じ、ヤスミンは声に傾注して出所を探す。


「ヤスミン……ヤスミンさん!聞いて。私よ。シャナンよ!」

「シャナン!?」


 ヤスミンは驚きを隠せなかった。シャナンの精神ダメージからすると、立ち直るには早すぎる。少なくとも一日は昏睡状態のはずだ。一体何があったのだろうかとヤスミンは歯噛みする。


「ヤスミンさん、お願い。もう止めて。化物を止めて」


 シャナンの強い訴えにも関わらず、ヤスミンは思わずため息をつく。


「ふぅ……シャナン。いけませんよ〜。私はあなたのためにやっているのですからね〜?」

「で、でも!私は誰にも死んで欲しくないもん。ヤスミンさんがやっていること、私は望んでないよ!」


 シャナン自分のためと言われても納得がいかない。何故に街の人々を殺すことが自分のためなのだろうか。どう考えても自分勝手な論理にしか聞こえなかった。


 だが、次に続くヤスミンの言葉にシャナンは凍りつく。


「……死んで欲しくない?……それは、ンゲマやアチャンポンを犠牲にしても〜?」

「……え……?」


 意味がわからない。何故街の人々の生死と二人の命が天秤に掛けられているのだ?シャナンは素朴な疑問を口にする。


「ヤスミンさん……何を言っているの?」


 シャナンの質問にヤスミンは黙っていた。暫しの沈黙の後、ヤスミンはシャナンに語り掛ける。


「ンゲマとアチャンポン……二人は死んだわ……」

「!?」


 シャナンは声が出なかった。あの二人が死んだ?死んだ?死んだ……?


 自分のせいで………死んだ?

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