やる気のない奴
「What!?一体何がHappningしてるんだ!?」
六郎座は所在なくうろつき始める。まさか、ブージュルクだけでなく、配下の義氏までもが勇者に負けるとは思ってもいなかった。
それどころか街の扇動が収まり、僅かに聞こえる勇者を讃える言葉が苛立ちに拍車を掛ける。
「アガリプトン君!What's happning!?一体、街の状況はどうなっている?」
今までこの様な事態は無かった。二重三重の策が破られたのだ。何故にこの様な状況になったのか?
六郎座は焦りから部下のアガリプトンに怒声を込めて尋ねる。
「そ……それが、義氏殿に限らず、ブージュルクの刺客全員との連絡が取れません。何が起こっているのか、さっぱり…」
「さっぱりだと!……いや、Sorry。冷静で無かった。Be Cleverだ。アガリプトン君、もしかすると、作戦は……ん?」
その時、“脳吸い”アガリプトンの背後に人影が見えた。その人影は、痛々しい体で陣地に歩み寄って来る。あの姿は……間違いない。義氏だ。
「YOSHIUJI君!無事だったのか?」
「無……無事ではありませんが……なんとか帰還いたしました。無様に生きながらえた我輩をお許しください…」
言い終えると同時に義氏は膝を着いた。
「何を言う!無事でMeは安心したぞ。まずは自愛せよ。それに、一体何があった?勇者と対峙したかと思ったら、突然に連絡が途絶えて心配してたのだ」
「ありがたきお心遣い……しかし、傷を癒す前に、報告すべきことがあります」
義氏が口惜しそうに言葉を発する。
「……あの勇者“ガッキュウイインチョウ”は…小さき体に万人力の膂力が備わっています。正直申し上げますと、我輩、手も足も出ませんでした……」
「W、What?」
義氏の言葉に六郎座は驚愕した。
武勇に優れ、魔族十数人が束に掛かっても敵わない義氏が手も足も出ないだと?
六郎座は信じられないと
想像だにしていない現実に、六郎座は愕然とした。
「恥知らずな意見をお許し願いたい……勇者に対して、全軍が総出で当たる必要があるかと愚考します。あの者は少女の皮を被った羅刹です」
羅刹だと?我が兄、金剛羅刹こと一郎の異名に
その時、兵士たちがざわつき始めた。ガンガンと警鐘を鳴らす音がする。まさか、勇者が攻めて来たのだろうか。
六郎座は肌が粟立つ思いをした。その時、六郎座の耳に刺す様な言葉が飛び込んできた。
「か、閣下!あ、あれを!」
アガリプトンは上ずった声を上げる。その声を聞き、六郎座は声の先に視線を向ける。
その先には気怠そうな少女がトボトボと歩いていた。
「な、なんと……勇者ガッキュウイインチョウ…早くもこの陣地に…!」
「あ…あれが……勇者?」
義氏の言葉を聞き、六郎座は信じられない思いがした。本当にただの子供ではないか。
いや、話には聞いていた。勇者は少女だと。だが、あの様な可憐な儚い感じだとは思ってもいなかった。
「か、閣下?如何なさいますか?」
アガリプトンの問い掛けに、六郎座は自身の革の籠手を強く噛む。”如何なさいますか?“だと?
迎撃だ。迎撃以外ない。あの様な小娘、全員で囲んで攻撃すれば、造作も無い筈だ。だが……あの義氏を圧倒したと言う事実はある。巨躯で怪力の義氏をあんな華奢な体で圧倒しただと?
ありえない。物理的にありえない。なんなのだ?
義氏がブラフを言っているのか?いや、それこそありえない。あの男は名誉を重んじる。例え命令されても嘘など吐けるはずもない。
六郎座は思考を巡らす。だが、この場から撤退する、と言う方針は立てなかった。むしろ、早く態勢を整えて、勇者に先制の一太刀を浴びせるべきだろうと考える。
「全軍、急いで武装しろ!Hurry up!いいか、全員、戦闘態勢に移行せよ!」
六郎座が慌てて声を張り上げる。普段の余裕ある言葉遣いとは異なり、焦りが見え隠れしている。
辺りは六郎座の声に驚きを隠せず、急いで支度を整える。その隙にも少女が欠伸を交えて足取り重く近づいてくる。
「閣下!全軍、武装完了しました!」
六郎座は部下の装備を見てうなづく。。六郎座の軍は軽装の騎兵8割、2割が歩兵の機動力先行の部隊だ。行軍時は古代の兵器を運搬したため、時間が掛かったが、本来ならば迅速迅雷の突撃戦法を得意としていた。
六郎座は武装した兵士たちが持つ長槍と、背に負った弓、それに肉付きの良い騎馬を見て強くうなずく。そして、鈍重ながら囮となって敵突進を停める重装歩兵部隊の威容に強く確信を持つ。。
「Good!流石は我が精鋭たちだ」
六郎座の褒め言葉に、兵士たちが地面を踏み鳴らした音で応える。
「よし!いいか、諸君。あの先にいるGirlが見えるか?」
「ハッ!視認しております!」
「そうか。では、あのGirlを今からAttackする」
「…は?」
兵士たちは一斉に訝しがる。無理もない。目の前に軍勢がいるならともかく、下を向いて、やる気のない少女ただ一人である。あんな相手を全員で攻撃して一体どうするのだ?
「あれが……勇者だ。騎兵は両翼に分かれて挟み撃ちにしろ。重装歩兵隊は迎え撃ち、勇者の攻撃を出来る限り受けとめよ」
六郎座の真剣な指示に思わず兵士の一人が吹き出す。それに釣られて、何人かがクスクスと笑みを溢す。
「……何かおかしいかな?」
「い、いえ……申し訳ありません。ですが、あの様な小娘に全員が一斉に襲い掛からずとも……」
百人の兵士を率いる百人長の一人がつい口を滑らす。六郎座は事態を理解していない者どもを見て、とても不愉快な表情を見せる。
だが、その表情が兵士たちに悟られるより早く、地面を叩いた音が響いた。
「バカ者!あの者を甘く見るな!あれは勇者だ。その実力は計り知れん。現にワシはあの者と戦い、無様にも負けてしまったのだ!」
義氏のアチコチの怪我を見て、兵士たちが息を呑む。
普段、殺しても死なない様な義氏副長を負かす?それもかなりの手傷を負わせて……ただのガキでは無いのか?
兵士たちにどよめきが走る。
「ご覧の通りだ。諸君。閣下の
参謀であるアガリプトンの穏やかな口調で軍の為すべきことを語る。
「相手は一騎当千の化け物だ。Be Aware!油断するな」
全兵士が敬礼の構えをとって、六郎座に応える。
兵士たちは素早く陣形を整える。六郎座の指示通りに騎兵は両翼展開し、重装歩兵は少女の前に立ち塞がった。
騎兵たちは弓を手に取り指示を待つ。重装歩兵はジリジリと少女との距離を詰めていく。彼らは軍の長である六郎座の指示を待っていた。そう、指示とは“あの少女を殺す”指示を……
しかし、殺気渦巻く中、少女はぬぅぼぅとした雰囲気を漂わせたままだ。展開する多数の敵兵など、気にも止めてない。
そして、歩兵との距離が100メーター程度のところでピタリと止まり、気怠い感じで話し始めた。
「はぁ、面倒だなぁ。帰りたいなぁ……お前らのせいで、なんでか知らないけど、私が出張る羽目になったんだ……」
コイツは一体何を言っている?六郎座は混乱する。戦いにきたのでは無いのか?もしかすると、和平の交渉か?
だとすると、舐めれられたものだ。たとえ勇者と言えども、少女一人、しかも全くやる気がない態度の者を寄越すとはふざけている。
しかし、この少女は和平の使者どころか不幸を運ぶ悪しき存在であるとは、この時の六郎座は想像だにしなかった。
気怠そうな少女はため息混じりにボソボソと話し始める。
「はぁ……早く帰って寝たい。面倒臭い……でも、みんながお前たちを始末しろって言うから仕方なく来てやったんだよ……」
なんてやる気がない相手だろう。六郎座が呆れ顔を見せる。この様な者が勇者だと?悪い冗談だと六郎座は心の内で悪態をつく。
地面を蹴り、面倒臭そうな少女はブツブツと何かを呟いている。六郎座は不気味な少女の様子を伺っている。兵士たちも六郎座の指示を待ち、少女に相対する。
しばしの後、少女は何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「そうだ!」
少女は顔を上げて、快活な表情を見せる。
「お前たち、全員自殺しろ」
………どう言う意味だ?……
兵士たちは少女の言葉の意味を探る。自殺しろ?それは誰に言っているんだ?兵士たちがざわつき始める。
そのざわめきを無視して少女はなおも続ける。
「お前たちが全員死ねば、私は帰れるんだ。だから死ね。今すぐ死ね。首を掻っ切って死ねばいい。ほら、早くしろ!」
何を言っているのだ?この
聞き違えか?いや、もしかすると、挑発しているのか?と、なれば、挑発に乗った我が軍を横撃する伏兵がどこかに……
しかし、伏兵が潜む様な場所はない。ここは荒野で見通しが良い場所だ。敵兵が身を隠す場所など見当たらない。それに六郎座は、歩哨を立てていたのだ。この軍勢に対抗できる伏兵を隠せる隙などあろう筈がない。
この繰り言は陽動?挑発?まさか……本音!?……ではあるまい。
六郎座は少女の言の裏に何があるのか、謀事を探る。
だが、兵士たちは六郎座の様に裏読みはしなかった。少女の言葉に激昂し、罵声を口にする。
「このガキ!俺たちを舐めやがって!」
「許せねぇ!死ぬのはお前だ」
怒り狂う兵士の一人が弓に矢を番え、引き絞り始めた。
「W、Wait!You!早まるな!罠かも知れ……」
しかし、激怒した兵士の攻撃は止まらない。一本の矢が放たれる。その一矢が呼水となり、激昂した兵士たちが矢を放ち始める。数百の矢の雨が少女に目掛けて襲い掛かった。
「わ、わ、わ、わ、なんで?死ぬのはお前らだよ〜」
少女が驚いて矢を避け始める。あの慌て振りからして、あの発言は罠を誘っている挑発ではなかったのか、と理解する。
それよりも、“なんで”じゃないだろう。当たり前だ。勇猛で誇り高き魔族の軍を挑発すれば、それなりの代償があるのは当然だ。
「あ、あ、あぶ……あ…あぶぶぶ…」
流石に勇者と言うべきか。少女は数多の矢を避け続けている。しかし、流石に物理的な限界があったのか、一本の矢が少女の肩に刺さった。
「い、痛い……」
少女が渋面を作る。流石と言うべきか、あの矢の雨の中、たったの一本しか命中しないとは、勇者と呼ばれるだけはある。
さあ、勇者は次にどう出るか。六郎座は興奮冷めやらぬ軍を立て直すべく、得意の風魔法を使って伝令を出す。
六郎座の指示を聞き、部隊はようやく鎮静化に向き始める。それと同時に六郎座の視線は少女に向けられる。
「………」
少女は黙ったままだ。しかし、この隙に乱れた統制を立て直すことができる。兵士たちは風に乗った六郎座の指示を受けて、冷静さを取り戻しつつあった。
少女がうずくまり、何も反応しない。いつしか、六郎座の軍は完全に持ち直していた。もはや気逸る者もいない。六郎座の指示を冷静に待ち、勇者の動向を注視している。
「う……」
少女が呻き始めた。
「う……う……」
さあ、どう出る?勇者よ。
六郎座は兵士たちがまたも軽挙に出ることを防ぐため、手旗で静止を命じる。
「う、う、う、う、うううわーーーーーーん!!」
突如、少女が大粒の涙を流して泣き始めた。
予想外だ。
これは予想外だ。
六郎座が勇者の意図を呑み込めず、内心で狼狽する。
「痛いよ〜痛いよーーーうわーーーーん」
痛いのは当たり前だが、泣き叫ぶ程のことか?この少女は勇者であり、覚悟をして来たのだろう?何も知らぬ少女ではない筈だ。分からん。分からない。勇者の意図が六郎座は分からない。
六郎座は混乱する。一体少女は何なのだ。
六郎座はチラリと義氏を見る。だが、彼も驚いている様だ。
「ば、バカな……我輩と戦った時は
兵士たちも茫然としている。指示が無いこともあるが、目の前でのたうち回る少女が勇者とは思えなかったからだ。
少女はひとしきり泣いた後、矢をスポッと肩から抜き取り、瞳を拭った。そして、怨嗟の篭った声で話し始めた。
「……痛かった…今のは本当に痛かった。まだ、肩が痛いよ」
六郎座は雰囲気の変わった少女から向けられる殺意を感じる。ここからが、本当の戦いだろう。
……しかし、気になることがあった。先ほど、少女は肩から矢を何事も無かった様に抜き出した。痛みに耐える表情もなく、矢の返しを力任せに引き抜く素振りも無い。ただ何事もなかったかの様に引き抜いたのだ。
この少女は一体何なのだろうか。六郎座は先ほどからの少女の不気味さが一層際立った感じがした。
しかし、不穏な少女は六郎座の疑問など意にも介さず、次の言葉を紡ぐ。
「お前たちを皆殺しにしてやる。面倒臭いけど、許せない。私の力、そう、光の勇者、“アヤ”の権能を使ってね!」
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