話が違う。

「な…何だよ、これ」


 ルディとカタリナが街の入り口付近に行くと、そこには先日まであったはずの土壁が存在していなかった。まるで抉り取られたかの様な空間がポッカリと空いており、先ほどの攻撃が投石機や魔法の類とは思えない威力のものであったと推察できた。


 街中に目をやると、土壁の崩壊に巻き込まれた人々や謎の攻城兵器によって土壁諸共吹き飛ばされた建屋が幾つも散見された。


「ひ、ひどい……」


 カタリナがあまりの状況に言葉を失う。辺りには悲鳴と怒りが入り混じった複雑な喧騒が聞こえてくる。


「く、くそ!勇者だと!?何でこんな街に来てるんだ!勇者のせいで俺の…俺の家族が……」

「お、俺は死にたくない!早く勇者を探して魔族に引き渡すんだ!」

「ちょっと!何馬鹿なことを言ってるのよ!勇者は私たちの希望なのよ!?いなくなったら、どうやって魔王を倒すのよ!?」

「馬鹿だと!?お前、ふざけるな!当てにならない勇者なんか頼りになるか!お前の方が馬鹿だ!」


 人々がパニック状態でお互いに喚き合う。その言葉には勇者への期待と失望、それに憎悪が含まれていた。人々の阿鼻叫喚の様を見て、ルディは舌打ちする。特に、勇者を罵る者に対して、思わず言い返したくなる気持ちにさえなっていた。しかし、カタリナから止められ、ルディは言葉を詰まらせ思い留まる。


 それに、今は人々の諍いよりも、魔族の動向を探るべきだろう。熱くなった頭を切り替えて、本来の目的を思い出す。


 二人は街を破壊した魔族は一体どこにいるのか探ろうとした。崩壊した壁跡からならば、街の外が見えるかもしれない。しかし、壁跡の周りは人々がパニック状態でごった返し、近づくことは難儀そうである。そのため、二人は壊れていない土壁に登れば、魔族の場所や兵器のことも分かるだろうと考えた。


「カタリナ、土壁に登れるところを探そう!」

「そうですね……あ、あそこに階段があります」


 カタリナが指差す先には土壁に登る階段があった。階段下には街の衛兵なのだろうか、槍を持った兵士たちが右往左往と混乱している様が見える。


「みんな混乱しているな……くそ、カタリナ、行こうぜ」

「は、はい」


 二人は階段に向かって駆け出した。


 ────

 ───

 ──

 ─

 土壁を登ると、街の外に広がる荒れた大地が目に入った。辺りには、小さな岩場が広がるのみで、魔族の軍勢を隠すほどの大きさの岩場はなかった。


「んん?おい、カタリナ。魔族軍はどこだ?」

「お、おかしいですね……」


 二人はキョロキョロと辺りを見渡す。すると、背後から声を掛けられた。


「おう。ルディにカタリナ。お前たちも見に来たってわけか?」


 振り向くとカロイの街の冒険者組合長であるダグダが仏頂面で腕を組んで立っていた。


「ダグダ、アンタも気になってきた口か?」

「ああ、そうだよ。あんなバカでかい音たてられちゃぁ、見に行くしかないだろ?」

「そ、それよりもダグダさん。魔族の軍勢が見当たりません。先ほどの攻撃は一体どこから……」


 カタリナの問いにダグダが無言で指を差す。その指先には1キロほど離れた先に駐留している多数の人影が見えた。


「あ、あんな距離から……?壁を?」

「ああ。もしかすると、古代人の兵器かもな」

「古代人の兵器?」


 ルディが聞き慣れない言葉に反応してオウム返しに聞き返す。


「俺も冒険者の端くれだからな。組合長になる前は、各地を放浪しながら、魔物討伐やダンジョン探索をしたものさ」

「何だよ?それと古代人とやらの兵器がどう関係あるんだ?」

「まあ、古代人ってのは、俺たちの国が出来るずっと前に、この世界に君臨していた連中だ」

「き、聞いたことがあります。世界の理を読み解き、ありとあらゆる生物の頂点に立っていたと言う存在ですね」


 カタリナがおぼろげな知識でダグダに尋ねる。ダグダは首肯し、話を続けた。


「古代人の兵器ってのは、古代人が作った超魔法兵器のことだ。兵器には、俺たちが理解できない魔法が封じ込められていて、途轍もない威力を発揮するんだよ」

「途轍もないって……どれくらいなんだ?」


 ルディが興味本位で尋ねてみる。その言葉に対して、ダグダは嫌な過去を思い出したのか、渋い顔をして語り始める。


「……マムゴル帝国との小競り合いの時、マムゴル側が古代の兵器を使ったことがある」

「使った!?マムゴルの奴らが?」


 ルディが憎き仇であるマムゴル帝国に反応する。


「昔な、ジェガンに誘われて、一度だけ傭兵として王国に雇われたことがある」


 ダグダが過去の経験を語り始める。なお、ダグダが言うジェガンとは、オカバコの街で冒険者組合長をしている男の名前である。


「俺はどうにも傭兵みたいな集団戦法には疎かったんだ。だから、一兵士でなく斥候として王国軍に雇われたんだ」

「斥候……ですか?」

「ああ。丁度マムゴル帝国と王国の争いが激化していた十年前のことだった。俺は軍団の将軍の指示に従い、マムゴル帝国の駐屯地を偵察に行ったんだ。そこでを見たのさ」

「見たって……?」


 ルディがダグダの言葉に反応して問い掛ける。ダグダは軽く息を吐き、次に続く言葉を繋げた。


「ああ、マムゴル帝国が古代の兵器を使っている光景を見たんだ。驚いたぜ。小高い丘が一瞬で吹き飛んだからな」


 ダグダが両手を広げて呆れたポーズを見せる。


「マムゴルの野郎……古代の兵器があったから、嘆きの壁を越えて親父の領地に来やがったのか……」


 ルディがダグダの言葉に強く反応して歯噛みする。だが、次に続くダグダの言葉は若干拍子抜けに感じられた。


「だがな、二発目を打とうとした時、古代の兵器が大爆発したのさ。辺りは一面バラバラ。この目の傷もその時に負ったものさ」

「暴発したのですか?」

「ああ。その時の俺は、遥か彼方から遠眼鏡でマムゴル帝国を観察していたんだ。その距離は、いま魔族の連中がいる距離の数倍は離れた距離だった。それにも関わらず、目を失うほどの大怪我をしちまった。……言っている意味は分かるな?」


 ダグダの言葉にルディとカタリナは言葉を失くす。


 魔族の持つ“古代兵器”がダグダが見たものと同等の威力があるならば、カロイの街の土壁などひとたまりもない。

 それに、もし暴発でもすれば、カロイの街に甚大な被害が出ると理解したためだ。


「安心しろ。魔族の奴らは、もう古代兵器は撃てまい。古代の兵器は大体が老朽化していて、一発撃てば上出来な物しか残っていない。おそらく、あれで打ち止めだ」

「ほ、本当か?」


 ルディがダグダに確認する。その言葉にダグダは強くうなづく。


「ああ。奴らは街を恐怖に陥れて、“勇者”を誘き出そうとしているに過ぎん。勇者が本当にこの街に居るか否かは不明だ。だが、そんな事はどうでも良い。先ほどの様な攻撃は最早はありえない。後は、冷静に住民を避難させ、街の衛士と我々冒険者が強力すれば、魔族を打ち倒せる!!大丈夫だ!何とかなる!」


 ダグダが胸を叩いて応える。


 しかし、ダグダの自信に溢れた言葉は一瞬で覆される。


 第二の攻撃が魔族軍から放たれ、街の背後にそびえ立つ、嘆きの壁に命中した。


 崖が崩れ、街に岩が降ってくる。建屋を破壊し、人々を押し潰す。街中でパニックとヒステリックな声がこだまする。

 その声に誘われたのか、更に第三の攻撃が放たれ、土壁に命中した。


「う、うわあああぁああ!」

「きゃああああ!」


 ルディとカタリナが衝撃に悲鳴を上げる。二人の側面から土壁が崩壊し、先ほど登ってきた階段が消失した。


「は、話がチガーーーウ!!」


 階段寄りにいたダグダが、驚きの声を上げて、崩れた足場から落ちていった。

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