崩壊する日常

 それから幾日か経過し、シャナンは順長に魔法を覚えていった。


 生命の賢人はシャナンが魔法を使える様になってから姿を消したままだ。最後に生命の賢人と交わした会話はこの世界の核心に迫っており、また生命の賢人にとって言い辛い内容でもあった。


 シャナンは自分の詰問めいた問いが原因で、生命の賢人がいなくなったのではないか、と少しばかりの罪悪感を抱いていた。


 しかし、カトンゴはどこ吹く風で気にも止めて無い。その態度が気になり、シャナンはカトンゴに生命の賢人のことを尋ねてみた。


「ケンちゃんがな、いなくなる直前にワシんところ来たんよ。でな、“しばらく出掛けるから、お前らを頼む”ってな。全く、アイツは相変わらずいい加減な奴じゃよ」


 カトンゴは嘆息し、シャナンに話し掛ける。


「アイツがここに来た時もそうだったけんね。酒場にふら〜と現れて、一緒に酒を呑んだんじゃが……知らず知らずにワシの懐に入り込んでのぅ。で、気が合ったのか塾に度々顔を出して来よると思ったら、いつの間にか塾に居つきよったんよ」

「私との時もそうだったわ。トーマスたちにひどい目に遭わされたのに、翌日にはケロっとして私たちの前に顔を出したの」

「そう言う奴じゃ。反省をしないと言うか懲りないと言うか……自分の好き勝手に生きとるんよ。かと言って、ただの放蕩者じゃない。魔法の知識に限らず、様々なことに知見を持っておったんよ。あんな奴は初めてじゃ」


 カトンゴがシミジミと語った。シャナンはカトンゴの言い分に首肯する。


 少女は知っている。生命の賢人は遥かに優れた科学技術の世界から来た異邦人で、魔法もスキルも本当は科学の賜物なのだろうということを……


 だが、科学と言っても理解はされないだろうとシャナンは思った。ただ、無言でカトンゴの話を聞くに留めていた。


「さて、シャナン。今使える魔法はどれだけあるんじゃ?」

「えっとねぇ……分析(アナライズ)をこの前覚えたよ。あとね、探索(サーチ)と念力(キネシス)も使える様になったよ」

「ンゲマとアチャンポンの影響を受けとんね。まあ、身近な者の考えは魔法習得に影響があるからのぅ。最近は、お主らは、いっつも一緒におるけんね」


 カトンゴが顎髭をさする。


「しかし、たった十日足らずで三つも魔法が使える様になるとはのぅ。つい最近まで魔法が使えなかったとは思えんわ」

「えへへへへ……カトンゴさんのお陰だよ〜」


 シャナンは鼻を擦って謙遜する。シャナンは自分自身の成長度合いに驚きと期待を隠せなかった。何より、憧れの魔法が使える様になったこと自体が嬉しかった。


 しかし、その時、突如幽鬼の様な顔がカトンゴの背後にヌゥと現れた。突然の闖入者の顔を見て、シャナンは軽い悲鳴を上げた。

 釣られてカトンゴも驚き、飛び上がった。


「ぬぉ!な、なんじゃ!?」

「ト、トーマス?びっくりしたわ。どうしたの?」


 トーマスだった。生気のない顔は、見る者の精神を削るかの様に不安を掻き立てる様相を呈している。


 トーマスは暫く黙っていた後、ボソリと呟く。


「……今日も……ンゲマやアチャンポンと…一緒なのですか?」



「最近、我々との訓練そっちのけで、ンゲマとアチャンポンと一緒なのは……私としては嬉しい反面、悲しいことです……」

「じゃ、じゃあ、トーマスも来る?」

「!!よろしいのですか!?」


 トーマスが破顔して応える。その顔は喜色を帯び、見る見る内に生気が戻る。


 だが、その背後から三つの手が延び、トーマスを捕らえる。


「おい、トーマス。シャナンの邪魔すんじゃねぇよ」

「そうよ、まったく。大人気ない。あなたは私たちと訓練よ」

「トーマスさん。ダメですよ。子供には子供のルールがあるのですから!」


 口を塞がれ、目を覆われ、奥に連れ去られるトーマス。


「シャ、シャナン!!た、助け………」

「まったく、トーマスよ。大人なんじゃから少しは自重しぃ。子供の中に、お前みたいな屈強な男がいたら、おかしいじゃろ?」


 呆然としたシャナンを置いて、トーマスはルディ、セシル、カタリナそれにカトンゴに連れ去られた。


 トーマスの姿が見えなくなり、一人残されたシャナンは、ンゲマとアチャンポンのところに向うことにした。


 ────

 ───

 ──

 ─

「あ、シャナンちゃーん!!こっちこっち!」


 アチャンポンが手を振る。この場所は街の背後を覆う“嘆きの壁”の一端である。マムゴル帝国から街を守るため、とある魔法使いの命と引き換えに隆起されたという巨大な岩場である。


「よう、シャナン。トーマスさんは相変わらずだったか?」

「うん。今日もこっちに来ようとしてたよ。別に来てもいいんだけど、何故か皆がトーマスを抑えちゃんだよねぇ」


 シャナンが腕組みして応える。


「私はトーマスさんに来て欲しかったなぁ。カッコいいし、背も高いし、身体も引き締まって魅力的だし……ねぇ?ンゲマぁ?」

「ア、アチャンポン。なんだよ。俺だってトーマスさんみたいになりたいぜ。でもよ、俺はトウちゃんやカアちゃんの店を継がなきゃいけねぇんだ。トーマスさんみたいに戦士になる訳にはいかねぇんだ」


 ンゲマが悔しそうに応える。


「あれ?ンゲマ、私はンゲマに何も言ってないよ?トーマスさんがカッコいいって言っただけだよ?ん〜〜?」

「な、何だよ……お前、揶揄ってるのか?」

「んもぅ。アチャンポン、ンゲマを揶揄うのはやめてよ。ほら、ンゲマ。今日も魔法の訓練をしようよ」


 じゃれ合う二人から視線を外し、シャナンは街を見下ろす。小さな人々が忙しなく動く様子や街の喧騒や耳目に入る。少女は、この街の人々の生き様を見て、世界が創られた存在だという現実をしばしの間、忘れることができた。


 その時、物思いに耽るシャナンの上着が、突然捲し上げられた。


「キャ!……アチャンポン!?」

「ほら!ンゲマ!シャナンちゃんの肌着だよ?ホラホラ?」

「お、お前!ふ、ふざけるなよ!」


 ンゲマが顔を真っ赤にする。シャナンも肌着を見られて、顔を赤くして直ぐに上着を降す。


「ちょ、ちょっと!アチャンポン!」

「ははは、ごめんね、シャナンちゃん。ちょっとンゲマを揶揄うのに、シャナンちゃんを使っちゃった!」

「んもぅ!」


 シャナンは膨れ面を浮かべる。対して、ンゲマは恥ずかしそうに下を向く。


「ははは……ふぅ。ちょっと調子に乗り過ぎちゃった。ゴメンね、シャナンちゃん。ンゲマ……」


 先ほどの元気溌剌な姿から打って変わって、アチャンポンは大人しくなった。少しばかり、怒りを覚えていたンゲマはアチャンポンの変わり様に少し戸惑いを覚えた。


「お前なぁ、元気だと思ったら、急にシオらしくなってよ。一体どうしたんだよ。普段のお前なら……まあ、普段なら悪ビレもせずに、俺たちを揶揄って終わりだな」

「……そうね。アチャンポン?何かあったの?」


 二人の言葉に対して、アチャンポンは作り笑いを浮かべる。


「……今日はね、私のお兄様がいなくなってから、丁度三年目なんだ」


 急に不穏な話になり、シャナンとンゲマは顔を見合わせる。


「お兄様はよく私を外に連れ出してくれたわ。そして、私を揶揄ってよく笑っていたわ。……最初は嫌だったけど……」


 アチャンポンは次に繋ぐ言葉を選んでいるかの様に押し黙った。二人はアチャンポンの姿を見て、同様に押し黙る。


「お兄様はいつも塞ぎ込んでいた私を励ましてくれていたの。……ふふ、女性の扱いに慣れてないのね。揶揄われて私が怒った反応することで、“元気になった”と勘違いする子供の様な考えを持っていらっしゃったの」

「アチャンポン……そのお兄様はどうされたの?」


 シャナンが気になって言葉を掛ける。


「……ある日、ムーブルジュ家の任務に駆り出されて、それっきりよ。あれから三年も経つもの……もうダメかもしれないわ。でも、もしお兄様が生きていたならば、私は元気にしなくてはいけないの……そうしなければ、私を励ましてくれたお兄様に申し訳が立たないわ……」


 アチャンポンが寂しそうな顔を浮かべる。普段の元気な彼女からすると、考えられない様子だった。


「ア、アチャンポン……その、俺が言うのもなんだけど……元気出せよ。いつかお兄さんも帰って来るよ」


 ンゲマが同情の念を浮かべてアチャンポンに近づく。


「じゃあ……ンゲマ……あなたがお兄様の代わりに私を慰めてくれるの……?」


 そう言って、アチャンポンがスカートを少しずつ捲し上げた。


「お、おい!アチャンポン!や、やめろ!俺はそんなつもりじゃ!」


 ンゲマが捲し上げられたスカートを降ろそうと手を伸ばす。その顔には緊張と羞恥が入り混じった顔を見せていた。


「プ……ププ…ハハハ…ンゲマ!相変わらず騙されやすいね!やーい!!騙されたぁ!!」


 アチャンポンがヒラリと身を躱してンゲマを翻弄する。


「お、お前……このぉ!」


 ンゲマがアチャンポンを追いかけ回す。二人の光景を見て、相変わらずの仲の良さに軽く嘆息する。


 二人のじゃれつきを放っておき、シャナンは魔法の訓練に勤しむ。


「世界の理に掛けて、我が身を世の情景に紛らせよ……偽装カモフラージュ!」


 シャナンの姿が周囲の景色と混同する。注視すれば違和感を感じる程度の背景偽装でしかない。


 二人は相変わらずポカポカと争っている。崖下の街からは日々を謳歌している人々の声が、賑やかに聞こえてくる。


 平和な世の中だ……シャナンは自分の幸せを噛みしめる。


 だが、世の中はそんなに甘くない。


 崖の上で日常を楽しんでいる三人の声に不愉快な声が聞こえてきた。


「Hey!カロイの街の諸君!Meは魔王の第六子で千人の魔族と魔物を統べる者……Tempestの六郎座様さ!」


 魔族……!?その声を聞き、三人が慌て出す。崖下を見下ろして外郭を見渡すが、魔族どころか行商人の姿すら見えない。


「シャ、シャナンちゃん!?ま、魔族だよ!魔族がこの街に攻めてきたよ!」

「あ、あ、あ、アチャンポン!お、落ち着け!魔族って言っても、そんなに数がいなさそうだぜ?それに、町からまだ離れている。今なら冒険者や警備兵の人たちが体制を作って迎え撃つまでの時間はあるぜ」

「そ、そうね!で、でも……一体どこに魔族がいるの?」


 二人はアタフタと言葉を交わす。シャナンは二人の会話に入らず、周りを見渡す。すると、街から遥か先に黒い塊を見つけた。


「ねぇ、二人とも。魔族ってアレかしら?」


 シャナンが指差す先を見て、アチャンポンとンゲマが驚きの声を上げる。


「あ、あんなに遠くにいるのになんで声が聞こえたの?」

「わ、分かんないよ。魔法か何かなんじゃないか?」


 アチャンポンとンゲマは混乱に拍車が掛かり、口々に言葉を投げ掛ける。だが、二人の慌て様とは対照的に、シャナンは黙考する。


 魔族……“生命の賢人”が人を創造する前に造った存在……準戦争を戦うためだけに生まれた“クオリア”無き存在……シャナンは生命の賢人の言葉を思い出す。


 ───本当にそうか?───


 シャナンはフォレストダンジョンであった魔族を思い出す。あの男は性癖は別として、人としてコミュニケーションが取れる存在であった。もちろん、哲学的ゾンビならば、人として振る舞うことも当然だ。あの魔族も言葉を真の意味で理解していなかったかも知れなかったかもしれない……だが……


 ───……本当にそうか……?───


 シャナンは違和感を覚える。真実は一体なんだろうか?幼き少女が自身の少ない体験から思考を巡らす。


 しかし、状況はシャナンに考える暇を与えない。思考の渦を切り裂く様に、壮絶な爆発音が街から轟いた。

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