不穏な影
「あらぁ、シャナンちゃん。また豆菓子を買いにきたの?」
雑貨屋の店先にいる気の良さそうな中年の女性が話しかけてくる。
「うん。オバちゃん。また二十袋ちょうだい」
「毎度どうもね。アンタァ、シャナンちゃんが、また豆菓子買いに来たわよ!今日は二十袋よぉぉ!」
女性の声に応じて、店の奥から"あいよ"と声がする。
シャナンは店の中をキョロキョロと覗き込み、女性に尋ねた。
「オバちゃん、ンゲマはまだ寝てるの?」
「そうなのよぉ〜。全く、休みだからと言って、ダラダラしてネェ。アチャンポンちゃんは朝から訓練だぁ、って出掛けていったのに……全く」
「ははは。アチャンポンは頑張り屋さんだからね」
「まったく。ンゲマもアチャンポンちゃんを見習ってほしいわ。あの娘が嫁に来てくれるなら、ンゲマもしっかりするかもねぇ……」
シャナンは苦笑いを浮かべる。その後に続く言葉も毎度の事だと覚悟を決める。
「シャナンちゃん。ンゲマはどう?オバちゃん、シャナンちゃんでも良いわよ。もし、嫁に来てくれるならば、歓迎するわよ〜?」
「は、ははは。オバちゃん、ンゲマの言い分も聞かないと。それにアチャンポンのこともね?」
「あら〜。オバちゃんね。シャナンちゃんみたいな綺麗な娘が嫁に来てくれたら、すごく嬉しいのよ?」
「あ……ごめんね、オバちゃん。私も訓練の時間なの。そろそろ行かないと」
「残念ね。それよりもシャナンちゃん、豆菓子ばかりじゃなくて、食事もちゃんと食べなさいね。あなた、細いからオバちゃん心配だわ〜」
「うん。分かったわ。オバちゃんありがとう!」
感謝の言葉を述べて、シャナンは“参ったなぁ”と言う表情を浮かべる。
お店の奥から、店主と思われる男が、麻袋を担いで出てきた。男は肩から麻袋を降ろし、
「シャナンちゃん、毎度。じゃ、いつもの見せてくれよ」
「うん。分かったわ」
「フゥ……世界の理に代わり、勇者が命じる……
シャナンは
「おおぉ!さすがだな」
「すごいわねぇ、あんな小さな娘なのにねぇ」
「どこにあんな力があるんだろうなぁ」
口々にシャナンを褒め称える。シャナンは気恥ずかしくなり、鼻を指で擦った。
「じゃあな、シャナンちゃん。転ばない様に気をつけてな!あと、馬車にも気をつけなよ」
男の声に手を振り、シャナンは二十袋の豆菓子を背負ったまま、猛スピードで駆け出していった。
「すげーなぁ、ありゃ。ぶつかったら馬車の方がオシャカになるんじゃないか?」
一瞬で見えなくなったシャナンの方角を見て店主と見られる男が嘆息した。
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「あ、シャナンちゃん。おはよう!」
私塾に到着すると、休みにも関わらず、アチャンポンがいた。私塾内は休みだろうと自主勉強をする者のために開放されており、アチャンポンを始めとして数人の塾生がチラホラと見受けられた。
「アチャンポンもおはよう。休みなのに塾で勉強しているの?アチャンポンは真面目だね」
「だって、シャナンちゃんも休み無しで頑張っているんだもん。私も頑張らなくちゃ」
シャナンは
「でも、今の私が使える魔法は
「いや〜、数だけ多くてもねぇ。それに、そんな魔法が使えるだけでも、とんでもないんだけどねぇ……」
シャナンの背後に積み重なっている麻袋を見て、アチャンポンが嘆息した。
「そ、そうかな?……あ、ごめんね、アチャンポン。ちょっと待って」
急激な疲労を感じ始めたシャナンは会話を止める。シャナンは急いで麻袋の一つを背負子から降ろし、袋を開ける。そのまま麻袋に手を入れ、鷲掴みした豆菓子を口に放り込み、ポリポリと食べ始めた。
「しっかし、その魔法、本当に燃費が悪いわね。効果は身体強化の魔法なんて目じゃないけど、使い所が難しいわね」
「うん。トーマスにも“いざと言う時以外は戦闘中に使わないように”と言われたわ」
「トーマスさんが言うのも分かるわ。不用意に使って倒れられたら、大変だものね」
アチャンポンが苦笑する。シャナンも釣られて苦笑した。
豆菓子のおかげか、少し疲労が軽減したとシャナンは感じた。麻袋を見ると、すでに三分の一程度の豆菓子を食べていた。
「この魔法、確かに疲れるけど、訓練すれば少しは改善するって“ケンちゃん”が言っていたの。結構訓練したから、初めて使った時に比べて、そんなに疲れなくなったし、少しは長持ちする様になったのよ」
「ケンちゃん……生命の賢人ね。……ごめんね、シャナンちゃん。私が“あの人”に石を打つけたばっかりにいなくなっちゃうなんて……」
アチャンポンが申し訳なさそうに謝る。生命の賢人はアチャンポンに二度も石を投げつけられ、大怪我を負ったことがある。アチャンポンは、生命の賢人がいなくなった原因が自分の投石のせいだと思っている様であった。
「アチャンポン……違うよ。ケンちゃんがいなくなった理由は他にあるのよ。気にしないで」
「ありがとう。シャナンちゃん……」
生命の賢人がいなくなった理由は正確には分からない。おそらく、秘密の一部を打ち明けたことが原因だろうとシャナンは察した。
あの日、生命の賢人がシャナンに話した内容は、この世界の根幹に関わる重大な事実の一端であった。全ては分からなかったが、この世界は生命の賢人と、その仲間たちが作った“セカイ”であること。この世界の住人は、生命の賢人たちの“準戦争”をするために作られた存在であること……
だが、この事実をアチャンポンに言っても理解できるだろうか?
結局、生命の賢人からは、具体的な内容を聞き出せなかった。自分自身でも理解半分で感覚半分、他人にうまく説明できる自信はなかった。
シャナンはおもむろにポケットから布袋を取り出して、豆菓子を入れ始めた。その布袋をアチャンポンに差し出す。
「食べる?」
「……うん。ありがとう」
二人はポリポリと豆を食べ始める。しばしの沈黙が続く。
すると、遠くから能天気な声が聞こえてきた。寝癖をつけたまま二人に駆け寄る者は、先ほど豆菓子を買った商店の息子であるンゲマであった。
「おはよー、アチャンポンにシャナン。二人とも朝早いね。俺なんか寝坊助って、カァちゃんに怒られちゃったよ」
空を見上げると太陽が頭上近くまで昇っている。もう正午近い。
「ンゲマ!もうお昼近いのよ!私たちが早いんじゃなくて、ンゲマが遅いのよ!」
「お、怒るなよ、アチャンポン。ほら、これ、二人のお弁当。カアちゃんが持ってけって。どこかでみんな一緒に食べようぜ」
悪びれた様子で弁当箱を差し出し、ンゲマは昼食の提案をする。シャナンも魔法のせいか、いくら豆菓子を食べてもお腹が空いていたので、丁度良いと思った。
「うん。いいよ。ンゲマ。わざわざありがとう!」
「お、おう……べ、別に感謝される謂れはねーし。カアちゃんが持ってけって言っただけだし……」
「ん〜〜、ンゲマ?何顔を赤くしてるの?オヤオヤ〜」
顔を赤くしたンゲマをアチャンポンが揶揄う。気恥ずかしそうにンゲマは否定して、塾の中に入っていった。
「ふふん、ンゲマのやつ、ウブねぇ」
「ア、アチャンポン。可哀想だよ。あまり、揶揄ってあげないで」
「冗談よ冗談。さ、お昼にしましょう?シャナンちゃん」
アチャンポンがンゲマを追って駆け出す。シャナンも後をついて行こうとした時、ふと何者かの視線を感じた。
「……?」
街の往来に目をやる。正午を少し回った街並みは活気付いた人々で溢れている。以前、冒険者組合の長であるダグダに言われた人攫いかと訝しがる。だが、私塾は街頭に面しているため、人の目が多い。おまけに正午と言う時間帯のため、人の行き来が多い。たとえ子供とは言え、拐かすには条件が悪すぎる。
シャナンは気のせいかと思い、アチャンポンたちを追って私塾に入っていった。
………しかし、シャナンの背後を、人混みに紛れて数人の男女が
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