キョウコとの邂逅

 少女は夢を見る。


 この夢はどんな夢だろうか。


 ──楽しい夢

 ──面白い夢

 ──怖い夢

 ──そして……


 悲しい夢


 夢の中では誰もいない。薄もやの中でシャナンは一人佇んでいた。周りを見渡しても誰もいない。心細くなったのかシャナンはトボトボと辺りを歩き、他に人がいないか確かめる。


「だれか……いないの?」


 返事はない。寂寥とした雰囲気にシャナンの更に孤独感が増してゆく。


「ねぇ!……誰か!いないの!?」


 シャナンは大声で叫んだ。しかし、返事はなしのつぶてである。シャナンは寂しさから涙がうっすらと浮かんできた。


「シャナン」


 声がしてハッと振り返る。先ほどまで誰もいなかったはずの空間に女の子が立っている。長い髪に大きな目、細身だが痩せすぎではない。来ている服装はチュニックに細身のジーンズと現代の日本でよく見る服であった。


「あ、あなた…誰?」


 シャナンは恐る恐る尋ねる。


「僕?僕は“キョウコ”。君の中の十二人の一人さ」

「わ、私の中の……十二人?」


 シャナンは意味が分からなかった。私は私である。自分の中には誰もいない。困惑気味のシャナンを置いて、“キョウコ”が話し始める。


「あの変態魔族にやられる間際にちょっと心の端に僕を置いてきたのさ」

「置く?」

「そう。置いちゃった。いや、それがね。この置いたことがバレちゃって“ヤスミン“にめっちゃ怒られてさぁ」

「”ヤスミン“……?誰?」

「”ヤスミン“は十二人の一人でお固いやつだよ。僕の態度が"勇者“に相応しくないとか。不真面目な態度を神が見てるとかなんとか…」


 ”キョウコ“はブツクサと不平を述べる。

 シャナンは少女の言っている意味が皆目分からない。しかし、細かな事情はわからないが、見るからに不真面目そうな”キョウコ“の話を聞いて自業自得ではないかと感じた。


 その時、シャナンはハッと思いつく。先ほどの”キョウコ“の言葉の中に一点だけ気になる言葉があったからだ。


 ──神──


 シャナンは不思議に思っていた。この世界とは一体なんなのだろうかと。


 ”魔法“……”スキル“……”レベルアップ“……自分がいた日本では考えられないことばかりだ。未だに現実味を帯びてない気がしているシャナンにとって”神“という一言は全てを氷解する言葉に感じられた。


 ──”神“が世界を創りたもう──


 そんな言葉を聞いたことがある。シャナンはこの妙な世界も”神“が創ったのではないかと考えた。


 ならば、この空想のような世界も納得できる。いや、自身を納得させられる。

 シャナンはおずおずと”キョウコ“に尋ねた。


「あ、あの…」

「ん?何?」

「この世界って……神様が創ったのですか?」

「…………はぁ?」


 キョウコがといった顔をシャナンに向ける。対してシャナンは想定外の返事に戸惑いを禁じ得なかった。


 ”神“が創ったから”魔法“や“スキル”があるのではないか?

“神”が在わすから“レベル”や“世界の理”からの声が聞こえるのではないか?


 分からない。シャナンは頭を抱える。それを見て“キョウコ”が言葉を続ける。


「“神”なんているわけ無いじゃん」

「え?」


 更に予想外の反応にシャナンの戸惑いは加速する。


「あのさ。大体、“神”とか“仏”とか形而上的な宗教上の存在に過ぎない概念が何か出来ると思うの?空想上の存在がどうして物質世界に干渉できると思ったわけ?」


 ……?難しい言葉を使われ、シャナンの混乱に拍車が掛ける。

 だが、“空想”という言葉はわかる。


 ──神が空想上の存在──


 小さなシャナンでも薄々は気づいている。神様という存在は実際にはと。


 シャナンは子供ながら思う。


 年の暮、両親から“いい子にしてないとサンタさんからプレゼントをもらえないよ”と言われた。自分のわがままで泣いていたので、両親に言われたセリフにと思った。今言っているわがままはサンタさんとは関係ない。何故、サンタクロースは家庭の事情に首を突っ込むのか。

 食事の時、嫌いな人参を残した時、両親から“バチがあたるよ”と言われた。その直後、遊びに行った公園で膝小僧を擦り剥いて泣いた覚えがある。“ほら見なさい”と言われたが、怪我をした原因は自分である。


 神仏を使った他罰的な物言いにシャナンは少し反感も覚えた。両親に言いたかった。”そんなこと、パパやママを通さずに、神様が直接言えば良いのに!“と。


 だが、賢明な人は大概理解している。シャナンの両親が言った言葉は道徳的な教義に神仏を使ったに過ぎないことを。幼き子供相手に論理を振りかざしても理解されない場合が多い。ならば、人智を超えた超常的な存在を元に躾けることが楽なのだ。


 その様に普段は疑わしい存在である“神様”を今回ばかりは頼った。今の現状は超常の存在なくしては理解できない。”魔法“や”スキル“など現実では考えられない。


 それが、疑いを持つ神仏だろうとも。


 残念ながら、”キョウコ“は無慈悲だった。直線的な経路を通ってシャナンの心のよすがを断ち切る。


「神様やら仏様ってのはいないのさ。バカじゃないの?アイツらが何かしてくれたことあったの?あの男に捕まった時、祈っても何もなかったよね?まったく、なんでそんなこと言い出すかねぇ……あ。さっきの“ヤスミン”のセリフか」


 ポロッと”キョウコ“が言葉を漏らす。シャナンはその言葉を拠り所に反論した。


「そ、そう。その“ヤスミン”さんが“神様が見ている”って言ってたんだよね?じゃぁ“神様”がいるんじゃないの?」

「だからいないって。“ヤスミン”が言っている“神”は地球の宗教の神様のことだよ。この世界はそんなありもしない存在が創ったんじゃないのよ」

「ち、地球のシュウキョウ?」

「ま、宗教ではよくあるよね。そもそもの宗教の入りは大概は哲学的な問答から入るからね。”人とはどうあるべきか?“なんてね」

「で、でも。でもでも。でもね…」


 言葉が出てこない。宗教やら哲学やら言われても当のシャナンには難しすぎてよく分からない。言いたい内容はあれど言葉にする行為は難しいのだ。頭のモヤモヤを口に出せないシャナンは薄っすらと瞳に涙を浮かべ始めた。


「あ〜あ。まぁたそうやって泣く。泣けばいいってもんじゃないんだけどなぁ」

「な、泣いてないもん!」


“キョウコ”の売り言葉にシャナンは瞳を拭って反論する。別に“キョウコ”が悪いのではないのだが、縋りたい願望を頭ごなしに否定されてシャナンは悲しみよりも怒りが湧いてきた。


 シャナンが強い瞳で“キョウコ”を見据える。だが、“キョウコ”はあっけらかんとした感じでシャナンを無視していた。


 その時、薄もやの中に段々とこちらに歩んでくる人の姿が見えた。その姿は”キョウコ“の後ろに立ち、凛とした声で言葉を発した。


「キョウコ……」

「ゲ……」


 その言葉にハッとして“キョウコ”が振り返る。そこには長い髪を布で覆った目鼻立ちがはっきりした女の子が立っていた。


「この子をいじめましたね?」

「ヤ、ヤ、ヤスミン……ち、違う。これには訳が……」

「問答無用です」


“ヤスミン”と呼ばれる女の子が“キョウコ”の耳を釣り上げた。


「イテテテテ。ご、ごめんごめん。ごめんなさい。もうしません!」

「キョウコ……あなたは直接的に物事を言い過ぎです。少しは相手の感情を考えてください」

「だ、だって。僕の権能は“道理”なんだ。婉曲な物言いよりズバッと言った方がいいだろ!」

「……反省してませんね…戻ったらお仕置きです」


“ヤスミン”が“キョウコ”の耳を引っ張ったまま立ち去ろうとした。“キョウコ”は謝罪を繰り返すが、シャナンには薄っぺらな言葉にしか聞こえなかった。


 ピタリ。


“ヤスミン”が急に立ち止まってシャナンに振り返る。そして、綺麗な声音で語りかけてきた。


「シャナンさん。いえ…………さん。アナタは私たちの希望です。私たちの肉体はもう存在しませんが、アナタには存在します。諦めないで。いつでも私たちを感じてください」


 ”ヤスミン“の言葉にシャナンは戸惑いを覚えた。


「か、感じてって言われても、分かんないよ……」

「あら。そうですね。では言い直します。“明日への希望”を持ってください。絶望ばかりが私たちを感じる術ではありません」


 ”明日への希望“──サラから教えてもらった自分のスキルだ。シャナンは”ヤスミン“に自身の考えが当たっているのか聞いてみる。


「それって、私のスキルの…?」

「そうです。負の感情になる程、強い力が出ます。しかし、キョウコこの子の様に調子に乗る子も出てきます。落ち着いて。希望だけでも生きてはいけます」


“キョウコ”……嫌な子だった。

 結局、事態はよく分からないが、あの子にはあまり会いたくないとシャナンは思った。理解できないながらもシャナンは“ヤスミン”に応える。


「ヤスミンさんの言っていることは、よく分んない……でも、希望を持てばいいのね?」

「はい、今はそれで十分です。……そうだ、キョウコのしたことのお詫びにシャナンさんへ私なりの贈り物をお渡しします」

「贈り物……?」

「右手をご覧ください」

「?あれ?」


 右手に薄っすらと痣が浮かび上がる。


「何、これ?」

「一度だけ、私の超越魔法“生への帰還(モルグ)”を使えます。あなたの大事な人がいなくなる時、この魔法を使ってください」

「大事な……人?」

「あなたが望む結末にはなりませんが、最後の時を過ごすには十分です」


 ─最後の時─


 その言葉が意味する内容をシャナンは全く理解できない。ただ、何やら物悲しい魔法であるとだけ感じた。


「最後の時……よく分かんない。それに、どうやって使えばいいの?」

「心の中で私を呼んでください。後は私が力を解き放ちます」


 ヤスミンの答えを聞き、シャナンは安堵する。間違っても自分の言い間違いで発動する危険性が無いと分かったからだ。


「あ、じゃあ、僕も。僕があげる超越魔法はね、ミー……むぃいいてててて」


 ヤスミンが今度はキョウコの髪を上に捻りあげる。


「ふふふ、キョウコ……でしゃばりは良くありませんよ」

「ヤ、ヤスミン!ご、ごめんごめん!僕が悪かった!痛い痛い!」


 キョウコが泣きわめく。

 シャナンは“いい気味だ”と思った。この娘にはお仕置きが必要なのだ。


 キョウコを引き摺り、ヤスミンが別れの言葉を告げる。


「シャナンさん。では、御機嫌よう」

「うん。御機嫌よう……」


 ─

 ──

 ───

 眼が覚めると宿屋の天井が見えた。先程の薄もやは感じられない。


「夢?」


 シャナンは一人呟く。


「シャナン、起きましたか?」

「う、うん」


 寝間着から着替えを終えたカタリナが話しかけてきた。


「では、朝ご飯を食べに行きませんか?今日はトーマスさんやセシルさんと買い出しですよね。皆起きて準備をしています。早く準備しないと遅れてしまいますよ」

「……うん。わかったわ」


 先ほど見た夢のモヤモヤを理解できないまま、シャナンは着替えを始めた。

 寝間着を脱いだ時、ふと右手を見ると、妙な痣があった。


「夢……じゃなかったの?」

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