カロイの街の大賢者

「なんだぁ?カロイの街に行くだと?」


 冒険者組合の長であるジェガンは残念そうに言葉を発した。それを受けてトーマスが言葉を返す。


「ええ。カロイの街で最近有名な私塾があると聞きまして……」

「ああ。ブージュルクの元家宰がやっていると言う私塾か」

「そうなのです。シャナンにも魔法を覚えてもらいたくて、有名な指導者に教わろうかと思いまして……」

「と言って、お前が魔法を覚えたいんじゃないのか?トーマス?」

「ムグッ……」


 図星だったためにかトーマスが言葉を詰まらせる。対して、ジェガンは“やはりな”としたり顔をして話を続ける。


「まあ、仕方がねぇ。オカバコはトーシロには向いているが、その先を行く奴らには合ってねぇ。お前たちの今後を祈ってやるぜ」

「ありがとうございます。ジェガン組合長」

「よせやい。照れるぜ。ま、とは言え、お前たちには結構世話になったからな。カロイの街にある冒険者組合に紹介状を書いてやるぜ」


 ジェガンはサラサラと紙に文字を書き、トーマスにドンと押し付ける。“ウッ”と声を詰まらせながら、トーマスが紙を受け取る。


「カロイまで馬でも十日以上掛かる。道中気をつけろよ!」

「あ、ありがとうございます、ジェガン殿」


 トーマスが息を詰まらせながら、ジェガンに感謝の意を述べた。


 ─

 ──

 ───


 出発を翌日に控えた夕方、冒険者組合のサラが宿屋を訪れた。サラは冒険者組合に所属する魔法使いであり、古砦ではシャナンたちのゴブリン族討伐を支援してくれた人物である。


 宿屋にはルディとカタリナしかおらず、シャナンやトーマス、セシルは買い出しに出かけて不在であった。宿屋の受付には腰を掛ける椅子もないため、三人は併設されたパブに移動することにした。


 席に腰を下ろし、三人は軽い飲み物を注文した。しばらくして到着した飲み物は乾燥した植物の葉を煮出した飲み物で、甘い香りがした。


 サラは飲み物に一口つけて話を始める。


「出…発は明日…なの?」

「はい。オカバコの街で準備を整えて明日には出ようと思います」

「そう……」


 サラは少し寂しそうに笑った。


「サラさん。お世話になりました。またオカバコの街を訪れる際はよろしくお願いします」

「ええ……こちらこを……世話になったわ……」

「いやいや。世話になったのはこっちだぜ。ホント感謝してるぜ」


 ルディが頭を掻いてハニカミながら言葉を返す。サラは“フフ”と微笑して話を続ける。


「……ルディ…怪我は……大丈夫そうね」

「ああ。おかげさまでピンピンしてるぜ」

「そう……よかったわね……」


 シャナンたちが帰ってこないかと、サラはチラと宿屋の入り口を見た。だが、帰ってくる様子は無い。サラは軽く息を吐いて二人に話を続ける。


「シャナンに……挨拶……したかったけど……戻って……来そうにないわね…」

「申し訳ありません。もう少しすれば、戻って来るかと思いますが……」

「そこまで……時間が……ないの。事前に……連絡して……無かった…から……仕方ないわ……代わりに……あなたたちに……伝えるわ……」

「ご伝言ですか?一体…」

「カロンの街…の…私塾に…ついて…よ」

「何かご存知なのですか?」

「あそこの塾長は………私の……師匠…よ」

「え?」

「なんだって?」


 カタリナとルディが驚いて声を上げる。サラは二人の驚きをよそに淡々と言葉を続ける。


「塾長のカトンゴは…私が……ブージュルク家の…食客として…身を寄せて…いる時に…知り合ったの…」

「サ、サラさん。ブージュルク家にいたんですか?」

「魔法の……修行を…している…時に…一年ほど…ね…」

「ブージュルクのやつ、食客なんて集めてるのか?なんでだ?」

「ブージュルク家は…どこの国にも……所属しない…軍閥…よ。各国に…取り込まれ…ないように……能力が…ある人を…集めているの…」

「それでサラもブージュルク家の食客だったんだな。……ん?ブージュルク家の家宰が師匠って、なんか変じゃないか?」

「…そうでも…ないわ。…ブージュルク家の家宰、カトンゴは…優秀な…賢者(セイジ)でも…あるの…」

賢者セイジですか。凄いですね。引退後も私塾を開いている理由がわかりますね」

「でもよ、賢者セイジだとしても、カトンゴって人は家宰だったんだろ?魔法の先生ってのは違和感がないか?」


 ルディが素直な疑問をサラにぶつける。その言葉を聞き、カタリナも“そうですね”とうなづく。対してサラは二人の疑問に言葉を返すでなく、無言で指輪を外し始めた。


 指輪を机に置くと“ゴトリ”という鈍い音がした。見かけによらず重量があるのだなとルディは考えていた。しかし、カタリナは指輪の予想外の重さに別の意味を捉えた。


「サラさん。もしかしてこの指輪…」

「そうよ。魔封の指輪よ。私は普段、自分の魔力をこの指輪を使って抑えているのよ」

「ゲ……サラが流暢に喋り始めた」

「ふふ。そうね。普段の喋りが辿々たどたどしいのも、指輪の効果に引きずられてるからよ」


 ルディがサラの口調の変化に驚きを隠せなかった。サラはルディの驚きに軽く笑みで応えて話を続ける。


「カトンゴは人材マニアで教えたがりよ。家宰という立場を使って人を集めると同時に優秀な人に自分が持つ魔法の知識を教え込むのが趣味の変わった爺さんよ。理知者(ワンダラー)である私より理知者ワンダラーの魔法への造詣が深くて驚いたわ」


 さり気なくカミングアウトしたサラの言葉に二人は更に驚きを隠せなかった。驚愕した二人は自然と言葉が漏れてしまう。


「わ、理知者ワンダラー……。サラさん、理知者ワンダラーだったのですか?」

「やっぱり脳吸いを倒したのってサラじゃねぇのか?」

「いいえ。脳吸いをボコボコに殴り飛ばしてやったけど、あと一歩でやられてしまったわ。私もまだまだね」

「ボ…ボコボコに殴り飛ばす?」


 魔法使いに似つかわしくない言葉で、脳吸いとの戦いを表現したサラに、ルディから妙な声が漏れた。サラはルディの疑問を無視して次の言葉をつなげる。


「私の話はどうでもいいの。話は私塾の塾長、カトンゴについてよ」

「はい、是非教えてください」

「カトンゴは教えたがりだけど、私塾の生徒はたくさんいるわ。ただ会いに行っても、カトンゴに直接会える可能性は高くないわ」

「え……?そうなのですか?」

「ええ。そうよ。生徒が多過ぎるため、カトンゴは自分の高弟に指導の大半を任せてるのよ。カトンゴが直接指導する者は私塾で認められた一部の人だけなのよ」


 サラの話を聞き、カトンゴに教えを乞うハードルが高そうだと感じる。そのハードルの高さが如何程か気になり、ルディはサラに尋ねてみた。


「なぁ、認められるって……どうすんだ?」

「通常ならば、私塾の授業を受けて魔法の才を徐々に周りに示していく必要があるわ。でも、今回はシャナンの魔法習得のために行くのよね?未だに魔法が使えないシャナンでは、この方法は難しいわ」

「……魔法を使えないシャナンでは、たとえ魔力が高くとも才能を認められない…とおっしゃるのですか?」

「そうよ。多くの生徒を見る高弟たちが魔法の使えないシャナン一人にかかずらわるとは思えないわ」


 ルディとサラは顔を見合わせる。せっかくシャナンのためにカロイの街まで出向こうとした矢先に、こんな問題があるとは思ってもみなかったからだ。


 対処に困った二人は腕を組んで頭を悩ませる。その光景を見てサラが言葉を投げかける。


「この指輪を持って行きなさい」

「え?指輪?何に使うのですか?」

「この指輪を高弟に渡せば、カトンゴも会ってくれると思うわ。この指輪は私がブージュルク家を発つ際に、カトンゴから預かったものよ。私の知り合いだと分かれば、カトンゴも無碍には扱わないはずよ」

「そ、そんな大事な物を私たちに?」

「ええ。どうせカトンゴとの約束で近いうちにこの指輪を届ける予定だったのよ。アナタ達の立場の証明にもなるし、私としても手間が省けて助かるわ」


 カトンゴとの約束…ルディとカタリナはサラとカトンゴの間に何やら事情があるのだとわかった。だが、その事情を聞くことをサラの強い視線が遮る。二人は言葉に詰まり、黙って指輪を手に取った。


 カタリナが指輪を布で包み、自身の雑嚢ウエストポーチに仕舞い込んだ。ルディはカタリナの所作を見つめた後、サラに向き直って言葉を告げる。


「ありがとよ、サラ。恩にきるぜ。どうなるか分からねぇが、この指輪があれば何とかなりそうだぜ」

「そうね。カトンゴに会ったら、サラが宜しくと言っておいてちょうだい」


 サラが静かに微笑んだ。


 だが、サラは次に語るべき内容に備えてか、急に険しい顔になった。サラの態度の急変にルディとカタリナが姿勢を正した。


「最後にひとつ。カトンゴ自身はもうブージュルク家とは関係ないと考えているだろうけど、ブージュルク家はそうは思っていないわ。シャナンのこと、ブージュルク家が感づくと少々マズイことになるわよ」

「シャ…シャナンのことを感づいて何かマズイのか?は、ははは」

「ルディ、嘘が下手ね。シャナン……彼女は“勇者”じゃないのかしら?」

「……」


 二人とも無言で応える。だが、二人の無言はシャナンが“勇者”であることを認めた様なものであった。


「こういった時に黙っているとよくないわよ」

「……サラ…あ、あのな……」


 ルディが何か言おうと口を開く。だが、サラはルディの言葉を遮るように話を続ける。


「今は正直に語らなくても別にいいわ。いつか明らかになるもの」

「い、いいのかよ……」

「それよりも、もし本当にシャナンが“勇者”ならば、気をつけなさい。ブージュルク家にいる七賢人は抜け目がない連中よ」

「七賢人…ですか……」

「カタリナ。魔法使いであるアナタならば知っているはずよ」

「ええ。七賢人……ブージュルク家を構成する各一家の長の通称ですよね。非常に魔法に精通した者たちという……」

「そう。連中よ。彼らは魔法に掛けては誰にも負けないと自負しているの。こと魔法に関しては貪欲に知識を求めてくるわ」

「はい。そう伺っています。でも、シャナンが勇者であると分かると何かマズイのでしょうか?」

「彼らも各国が行っている“勇者召喚の儀式”を何度も試していると聞いているわ。でも、成功したとは聞いてないの。もしシャナンが勇者であると勘付いたら、攫って”勇者“について調べようとするに違いないわ」

「ッな……シャナンを攫う!?」


 ルディが素っ頓狂な声を上げた。


「で、でもよ。シャナンが”勇者“じゃなかったら意味ないんじゃないのか?」

「そうでもないわ。別の使い道もあるのよ」

「べ、別の使い道?」


 ルディがサラの言葉の意味がわからず、質問を投げかける。その質問に対して、サラは眉根を寄せて答える。


「噂では彼らは優秀な子供を拐かす裏稼業を営んでいると聞いているわ。誘拐された子供は地下で麻薬と魔法で洗脳され、ブージュルク家お抱えの魔法戦士にされてしまうらしいの。シャナンが勇者でなかろうとも魔力の高さは事実だわ。魔力目当てにブージュルク家が目をつける可能性もゼロではないわ」

「また誘拐かよ……シャナン。変な奴らに目をつけられやすいのか?」

「私がブージュルク家を離れた理由もその裏稼業にあるわ。ブージュルク家は闇の深い一家よ。気をつけなさい」


 サラが話を終えて胸ポケットから指輪を取り出して嵌めた。


「でも……カトンゴは……信頼…できるわ……。安心……して」

「指輪、一つだけじゃなかったのかよ……」


 指輪をはめた途端に口調が戻ったサラを見て、ルディが呆れた顔見せる。だが、傍には七賢人の恐ろしさを知っていたのかカタリナが暗い顔で俯いていた。

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