勇者の責務
オカバコの街に戻り、三人は宿に入った。あれからシャナンは落ち着いたが、泣き疲れたのか宿に入って直ぐに寝入ってしまった。
カタリナとトーマスはどうして良いか分からなかった。ただ、自分たちだけで考えても仕方がないと思い、セシルとルディが入院している治療院に赴き、二人に事の経緯を話した。
「シャナンが魔法を使えないことを気にしていたなんて……ごめんなさい。私、気づかなくて……」
「何を言う。魔法を使えなくともシャナンはシャナンだ」
トーマスが憮然とした面持ちでシャナンを擁護する。だが、話を聞いたセシルはトーマスとカタリナの考えは少し違うのではないかと思った。
そう考えてセシルは二人の言葉に挟む。
「そうかしら?魔法は気にしている事の一部にしか過ぎないんじゃないの?」
「なぜだ?シャナンは魔法が使えないことを悔しがっていたぞ。他に理由があるのか?」
「魔法が使えない点は一つのきっかけに過ぎないわ。どちらかと言うと、シャナンは自分が勇者としての責務を果たしていないことを気にしていたんじゃないの?」
「なに?勇者の責務?それは魔王を倒すことだろう?だからこそフォレストダンジョンでレベルアップをしているのだ。責務を果たす以前の問題だ」
トーマスの言い分はもっともである。確かに魔王に対抗するためにレベルアップしている段階であり、シャナンは本来の責務を気にするには早すぎる。
だが、トーマスの言い分は今回に限ってはズレている。セシルはトーマスの考えを正すべく話を続けた。
「トーマス。言い直すわ。勇者の責務と言ったけど、本当にシャナンが感じている気持ちはみんなへの引け目よ」
「引け目だと?それが分からん。むしろ、シャナンを度々守れなかった我々が感じるものでは無いのか?」
「まぁ、そうなんだけど。でもね。シャナンってまだ小さいし、自分自身でできないことが多いでしょ?それは仕方がないことだし、私たちも別にそれ自体を責めてはいないわよね?」
「いや。シャナンは素晴らしい。あの歳であそこまでの強さは通常ならば考えられない。さすが勇者だ」
トーマスがドンと胸を叩き、力強く応える。その自信に満ちた顔を見て、ルディが呆れたように話を繋ぐ。
「おいおい、トーマス。お前、シャナンに傾倒しすぎだぞ。確かにシャナンは歳の割には強い。でも、俺たちを引っ張っていく程の経験や知識はシャナンにはないだろ?セシルが言ってる引け目ってのはそれじゃないのか?」
「ッム……」
「そうよ。シャナンは“勇者”が皆を導く存在で誰にも負けないリーダーとしてあるべきと思っているのよ。でも、どちらかと言うと旅の行き先や指針を立ててるのはトーマス、あなたよね?」
「ッムム……」
「それ自体は別にいいわ。私たちもあなたの判断は間違ってないと思っているし、理に適っているから。でもね。シャナンはあなたの指示に甘えてしまっていると思っているのよ。自分が勇者なのに、そんな他人任せでいいのか、てね」
「ッムムム……!」
「それに、魔族を討伐隊に参加させてしまったことにも責任を感じているわ。あれはシャナンが悪いわけじゃなくて気づかなかった全員にも責任があるんだけど、最初のきっかけはシャナンだったわ。だから自分で決めたことで死者が出る結果になった点も大きく影響していると思うわ」
「ッムムムム!!!」
トーマスは思い当たるのか言葉を詰まらせ続ける。
トーマスは思い直す。
そう言えば、自分はシャナンに自発性を促すために少し過度な期待を持って接していなかったか?その反面、大きな決め事の時は、自分がしゃしゃり出て折角のシャナンの意見を潰してしまっていた気もする。
時折、シャナンが自分で物事を決めてくれた時、自分は感動で身が震える思いだった。しかし、シャナンが決めたことの大半は大したことでなく、大きな方針は自分で決めてなかっただろうか?
もしかして、自分の行動が良くなかったのだろうか。
「ッムムムムムムムムムムム!!!」
トーマスは腕を組み頭をひねって考え始めた。
その態度を見て、やっとトーマスが理解してくれたと思い、セシルが次の話を続ける。
「勇者としての責務は簡単には果たせないにしても、まずは魔法が使えないことが問題だと思うわ」
「魔法か?それならば私も使えないぞ」
「あなたは魔法の修練を積んでないからよ。普通ならば魔法を学べば遅かれ早かれ魔法が使えるようになるわ」
「では、シャナンは魔法を学んでいないのか?」
トーマスが当然の疑問を挟む。だが、その疑問に今度はカタリナが答える。
「いえ。シャナンはマーカス殿から指導を受けており、魔法の指導も受けているはずです」
「では、何故魔法を使えないのだ?さっきセシルが言ったようにまだ早いのか?」
「うーん……それは少し考えずらいです。フォレストダンジョンに戻る際に分析(アナライズ)で確認してみました。レベルは12ですが、シャナンは魔力が90を超えています。通常ならば考えられない能力値です」
「90……!って高いのか?」
魔法の知識に乏しいトーマスがカタリナに疑問を投げる。
「トーマスさんも今レベル12ですよね?筋力は……」
「45だ。ダンジョンに入る前は25だったから、なかなか上がったな」
「魔力を筋力と置き換えて見てください。レベル12で筋力が90もあればかなりすごいですよね?」
「…そうだな。そう考えると魔力90とは凄いな」
「魔法は世界の理からの声に従い使えるようになります。使えるタイミングは魔力の値と魔法への知識量に相関しています」
「そう考えると、魔法の指導も受けた上に魔力が90もあるシャナンが全く魔法を使えないというのは妙だな」
トーマスが状況を理解し、真剣な顔になる。所々シャナンを思うばかりに抜けた態度を見せるが、事実に向き合い、対処を考える場合、トーマスは非常に理性的な思考で物事を進めることができた。
しばし考えた後、トーマスが皆に言葉を発する。
「……フォレストダンジョンでのレベルアップはこれまでにしよう。悔しいが、我々ではシャナンの悩みを解決できない。別の手立てを考えよう」
「手立てねぇ、具体的にどうすんだ?」
ルディがトーマスの意見に質問する。トーマスはルディに顔を向けて自身の意見を発する。
「シャナンが勇者の責務を感じていることを解決することは難しいが、魔法ならば今すぐにでも解決できるだろう。まずは魔法を習得してもらうことを第一義にしよう」
「魔法……じゃぁ、レベル上げて魔力を高めりゃいいんじゃないのか?」
「いや、ダメだ。カタリナも言ったように魔力が90もあるのに魔法が使えない状況は何かおかしい。もし更にレベルアップしても魔法が使えない状況が続いたらどうなる?シャナンの心は更にへし折られてしまう」
「うーん。じゃぁ、どうすんだ?」
ルディは当然な疑問を持つ。トーマスは他の面々を見渡すと同様な疑問を持っていると見て取れた。
「魔法を覚えるために、新しい師が必要だ」
「師……?ってカイン隊長やマーカス殿か?」
ルディがトーマスの言葉に疑問を投げかける。トーマスはその答えに首を振り、話を続ける。
「いや。あの方々は確かに優れた方だが、今のシャナンの悩みの一つである魔法習得の解決には向かないだろう。魔法の専門家が必要だ」
「魔法の専門家かぁ。でも専門家でも分かるのか?ただ魔法が得意だけじゃぁダメだと思うぜ」
「案ずるな。心当たりがある。カロイの街にブージュルク家の元
「ブージュルク……ですか」
カタリナは少し不服そうに呟いた。トーマスは何か気になる点があったのだろうかとカタリナに話しかける。
「ブージュルク家と言えば多数の魔法使いを有する有力な家だ。そこの元家宰が開いた私塾ならば、魔法の修練には最適ではないのか?」
「そうかもしれません。ですが、ブージュルク家はどこの国にも属していない、いわゆる軍閥です。武力と抜け目のなさは侮れません。元とは言え、その家の家宰に教えを請うても良いのでしょうか?」
「……シャナンの正体がバレることを気にしているのか?」
「はい。シャナンが勇者と分かれば、ブージュルク家も何か手を出さないかと思いまして……」
「元家宰だ。それにもし背後にブージュルク家があるならば、また別の師を探せば良いだろう」
「……分かりました。シャナンのためですものね」
カタリナはまだ少し不服があるようだったが、それ以上の言葉を続けなかった。セシルはカタリナの態度が少し気になったが、それよりも気になることがあった。
「それよりもトーマス。なんでアンタがそんな私塾を知ってるのよ?アンタ?」
「ウッ……」
「もしかして、魔法を使えないことを気にしてたとか?」
「ウウッ……!」
「機会があれば、私塾で魔法覚えようとしてたとか?」
「ウウウッ……!」
図星である。セシルはトーマスに向けてニヤリと笑った。
「じゃあ、仕方がないわね。シャナンとトーマスのためにもカロイの街に向かいましょうか」
セシルに図星を突かれたトーマスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
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