少女の願いと大人の都合

「お前ら、いいなぁ。俺も面倒な仕事を放り出してどこかに行きたいぜ」


 出発当日、出迎えにきてくれた王国騎馬隊長のカインがぼやいた。


 フォレストダンジョンの魔族騒動以来、オカバコの街に滞在しているカインは事後処理に追われていた。忙しいのか、目の下に隈を作っている。


「カインもたまには休みがあると良いのにね」


 シャナンは朗らかに笑った。


 あの宿屋の一件以来、心の中にあった異物が取り除かれたのか、シャナンは少し晴れ晴れとした気持ちになっていた。

 一時あった異様な感情は“キョウコ”に拠るものだったのだろう。シャナンは嫌いなあの子がいなくなって清々したと思っていた。


「ああ。そうだな。まったくよ、うちの連中も仕事熱心でな。朝から晩まで捕らえた魔物相手に尋問続きでよ。魔物の悲鳴で寝不足気味だぜ」

「魔物……?悲鳴……?」


 不穏な言葉にシャナンが反応する。


 討伐隊は魔族自体は逃したが、魔物である“サディ”を捉えていた。カインは捉えたサディに計画の内容と背後に何がいるのか、行方不明の魔族は何者なのか尋問して情報を引き出そうとしていた。


 なお、カインは尋問と言ったが、内実は拷問である。

 彼らは“魔族”でなく、“魔物”ならば復讐されないと考え、苛烈な責め苦をサディに与えていた。


「カ、カイン。あの“人”は魔物だけど、あまり責めないであげて。良い“人”なんだよ」

「……“”?」


 シャナンの言葉にカインが眉をひそめる。


「そうだよ。私がカシムに怒られている時、庇ってくれたんだよ。オカバコの街で会った時も優しかったし。あの”人“は良い人だよ」


 シャナンの説得を聞いてカインが笑みを浮かべる。


「ああ。そうだな。お前がそう言うならば、そうだろうな。ま、俺に任せな」


 シャナンはカインの言葉を聞いてパッと明るい表情を見せた。


「ありがとうカイン!やっぱりカインは優しいね!大好き!」


 シャナンがカインの首に両手を回す。


「おいおい、シャナン。はしゃぎすぎだぜ。何か良いことあったのかよ」

「え?……うーん。それはナイショ!」


 ”キョウコ“という心の澱がいなくなり、シャナンは若干はしゃぎすぎていた。シャナンは”いけない、いけない“と己をたしなめる。


「まったく。俺たちのお姫様はお転婆だな。アスラン様にお前の近況を伝えれば喜ぶかもな」

「えへへへ」


 シャナンは鼻を擦って照れてみせる。


「おーい、シャナン。そろそろ出ないとまずいぜ」


 ルディがシャナンに歩み寄って言葉を掛ける。その姿を見て、カインが言葉を掛ける。


「おう、ルディか。シャナンを頼むぞ」

「お……いや、ハイ!ルディことルーデウス=フォン=ハインリヒは……」

「固い固い。”おう“でいいぜ」

「お、おう……カイン隊長。わかりました」


 ルディが歪な笑みを浮かべてカインに敬礼を交わす。同じくカインが敬礼を交わして儀礼的な挨拶は終了した。


 幼きシャナンも、取り敢えず同様の挨拶を”儀式的“に交わす。


「じゃ、任せたぜ。くれぐれもヘマすんなよ!」

「はい!」


 ルディがシャナンの手を取り駆け足でその場を立去る。シャナンは引かれた手とはべつの手でカインに”バイバイ“と合図する。


 カインも笑みを浮かべて手を振った。


 ─

 ──

 ───


「カイン隊長。勇者シャナン様はあの様におっしゃっておりましたが、どうなさいますか?」


 副長のアレンがカインに疑問を投げかける。


 オカバコの街の領主から駐屯地として接収した兵舎内に王国騎馬隊は駐在している。兵舎はオカバコの領主の私設兵が駐在していたが、王国兵たちが滞在するために彼らを追い出していた。

 カインとアレンは私設兵の団長が執務室としていた部屋にて、密談を交わしている。部屋はあまり使われていなかったのか、書物にホコリが蓄積していた。


 カインは黒檀でできた机に肩肘で頬杖をつき、アレンに答える。


「……それよりも、あの魔物から聞きだせることはもう無いのか?」

「ありません」


 アレンはキッパリと答える。


「あの魔物は大した情報を持ってない様です。我々のにも”知らない“”分からない“の一点張りです」


 アレンの言う尋問の意味は先に述べた。フォレストダンジョンの魔族討伐から数十日も経過している点を考えると、彼らの言う尋問は長期に渡っていると考えられた。


 しかし、長期間の尋問にも関わらず、魔物から肝心の情報が出てこない。これ以上は無駄なのではないかと兵士たちの間でも倦厭感が募ってきている。


 カインはアレンの答えを聞き、ため息をついた。


「そうか。ならばもう用は無い。首を刎ねろ」

「……よろしいのですか?」


 アレンはカインに尋ねる。


「何か問題でもあるのか?」

「……勇者様との約束は如何致しますか?」

「誰が真実を語るのだ?」


 カインの冷徹な物言いにアレンは苦笑する。そして、アレンはカインの心情が分かっているのか、至極当然といった言葉で返す。


「ごもっともです」

「理解したならば準備を進めろ。奴は兵士たちを何人も殺した。アスラン殿下からも許す道理はないと言われている」

「……」


 アレンの顔は無表情だが、内面では魔物への怒りが燃えている。無理もない。同じ釜の飯を食った仲間達を何人も殺されたのだ。できるならば、自分の手で殺してやりたいとさえ思っている。


「それに、王国の現状が気になるので、早く戻らねばならん。雑務は今日で終わりだ」

「分かりました」


 ……魔物とはいえ、生命の終わりをカインは雑務と言い放つ。そして、アレンにしても魔物の命などどうでも良い些事に過ぎない。人間以外の生命体の生死など彼らにとって瑣末な問題にすぎなかった。


 部屋を退室して牢に向かうアレンは後ろに斧を持った処刑人を引き連れる。牢屋番に魔物の出獄を命じた。


 暗闇の奥から、兵士達に連れられて巨体が歩み出る。

 手足を重厚な鎖で繋がれ、身体中に切り傷を負った魔物は息も絶え絶えに話し掛けてきた。


「いいのかい……俺を牢屋から出して……」

「構わん。今日で終わりだ」


”と言う言葉を聞いて魔物のサディは理解した。


 ──今日が自分の死ぬ日だと──


「へ、へへへ。そうか。今日なんだ……」

「…………」


 アレンは黙して語らない。


 兵士達がサディを更に奥に連れて行く。その先には窪んだ排水口がある石畳と人の首が入りそうなカゴがあった。


「座れ」

「…………」


 カゴの前に座る様に促されるが、サディは足が進まない。流石に恐怖感が湧き上がってきた。


 だが、兵士達にとってサディの感情など仕事の邪魔をするものでしかない。兵士はサディの脛を棒で強打し、強引に窪みの前にひざまづかす。その後、複数の兵士達が哀れな魔物に首枷を取り付ける。


 身動きできないサディは、視線を上に向けると斧を持った処刑人が立っていた。


「世界の理に則り、悪を処罰する」


 処刑人が自身の職務に罪を感じているのか独り言をつぶやく。サディは理解する。


 ──これで終わり──


 恐怖から涙が出てくる。失禁こそしないが足元がフワフワしておぼつかない。


「じゅ、十三ちゃん。お、俺、俺、怖いよ。で、でも。俺は十三ちゃんを売らなかったよ」


 涙と鼻水を混じらせ、魔物は一人つぶやく。


「ご、ごめんよ。十三ちゃん。俺はここまでだ。もし生きてたら俺の家族や仲間達によろし……」


 ゴトリ


 処刑人が振るう斧が振り下ろされ、カゴに首が落ちる。魔物の最期の言葉はこの世には伝えられなかった。もっとも、処刑人達は伝える術も義理もないのである。


 ─

 ──

 ───


「隊長。終わりました」

「そうか。ご苦労」


 アレンとカインは淡々と事務的な会話を交わす。


「首はどう致しましょう?」

「塩漬けにして魔王宛に送ってやれ。その際には奴らの計画書とこちらの言い分を書き記した手紙を付けて送りつけろ。魔族どもが間違っても復讐を企てない様に奴らの責任であるとする文章を書けよ」

「かしこまりました」


 アレンが下がる。カインはアレンが部屋から退室し、視界から無くなると軽くため息をついた。


「あーあ。ったく、戻ったらやることが多くて嫌になるぜ。それにしてもラインハルトのやつ、どこまで軍に入り込んでやがるかなぁ。アベルならば手堅くやるだろうけど、ラインハルトは出来る男だからなぁ。それなりに食い込んでやがるだろうな。くそ、疲れるばっかりだ」


 カインは先ほど首を刎ねた魔物ことなど微塵も考えていない。あるのは王国に戻った後の面倒ごとだけであった。


 ─

 ──

 ───


「シャナン。今日は調子が良さそうですね」


 馬上からトーマスが話し掛ける。


「へへへ。そう思う?」

「ええ!そうですとも」


 トーマスが力強く答える。


「カインに約束したんだ。どんな人でも簡単に良くないことをしないでね、てね」

「おお。よく分かりませんが、さすがシャナン。敵味方問わず慈悲を与えるなんて、流石です!」


 トーマスがシャナンを褒めそやす。傍にいるルディ、セシルにカタリナは二人の会話を微笑ましい面持ちで聞いていた。つい最近まで落ち込んでいたシャナンが元気になったのだ。トーマスに限らず、全員が全員、気分が良かった。


「喧嘩した相手でも許してあげなくちゃね。そうでしょ?トーマス」

「さすがシャナン。慈愛に満ちた考えです!」


 シャナンとトーマスは呑気に話をし続ける。


 だが、現実は甘くない。

 許しを願った相手は既に首桶に収められ塩漬けにされている。


 所詮は少女の儚い願い。王国の趣旨に反するの思いが通る道理がなかった。

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