少女とハンマー

「シャナン!後ろに敵がいます!カタリナを防御してください!」

「分かったわ!エイ!」


 シャナンが放ったハンマーが飛んできたフォレストローチに命中する。グチャといった音と共に体液を飛び散らせてフォレストローチが地面に落ちた。それと同時に飛び散った体液がマントに付着し、シャナンは少し嫌な顔をする。


 だが、体液を気にする暇もなく別のフォレストローチが群がってくる。チラと前を見るとトーマスもフォレストローチの群に苦戦している。


 シャナンはトーマスに助けを求める訳にはいかないと考える。敵と相対して寄ってくるフォレストローチを数える。相手は3匹程度だ。倒せない相手では無いが、どうにも気持ちが悪い。


 攻撃を躊躇しているとカタリナがシャナンに告げる。


「3匹だけではありません。奥からまだ来ます!シャナン。もう少し時間を稼いでください。魔法で一気にカタをつけます」


 3匹以外は視界に入らないが、魔法で探知したのだろう。以前は使えなかった魔法をいつの間に覚えたのだろうかとシャナンは羨望の念を隠せないでいた。


 分かっているはずなのに、シャナンは敢えて聞いてみる。


「カタリナ。私には何も見えないわ」

「ええ。最近、私も看破(ペネトレーション)が使える様になったのです。間違いありません。背後にあと8体ほど潜んでいます。お気をつけ下さい!」

「わ、分かったわ。任せて」


 シャナンは自分が嫌になる。自身が魔法を使えないからといって新しく魔法を覚えたカタリナに嫌味の様に尋ねてしまった。


 だからと言って、戦闘中である。自己嫌悪に襲われる気持ちを振り払い、シャナンは魔物を迎え撃つ。


「エイ!エイ!この……この!!」


 目の前にいる3匹をハンマーで薙ぎ払い、一掃する。扱いに慣れないハンマーだろうと、今のシャナンのレベルならばフォレストローチ3匹程度は大した相手では無い。

 3匹目を叩き潰した後、奥の方からガサガサと動く音がする。カタリナが言っていた隠れていたフォレストローチだろうと気づく。8匹もいると流石に分が悪いとシャナンは少し後ずさる。


 茂みから続々とフォレストローチが這い出してくる。シャナンは少し深入りすぎたためにフォレストローチとの距離が詰まっている。フォレストローチは目の前の獲物が一人と見て、好機とばかりに一斉に飛び掛った。


「くっ……!」


 シャナンがマントを大きく横に振り、フォレストローチたちを振り払う。フォレストローチたちはマントに邪魔されて、地面に落ちた。だが、ダメージは皆無だ。次こそはと羽音を鳴らして再度襲い掛かろうと身構えていた。


「シャナン!下がってください!世界の理に掛けて……火焔(ファイア)!」


 魔法の詠唱を終えたカタリナから声が掛かる。シャナンは声に従い、急いでその場から駆け出す。

 そして、声と同時にカタリナは雑嚢ウェストポーチから取り出した魔法触媒をフォレストローチの群れに投げ込んだ。魔法触媒は空間をクルクルと回転し、フォレストローチの群れに到着すると同時に大きな音を立てて爆発した。


「ギョー!」


 フォレストローチたちは絶命の鳴声をあげて燃え盛った。その光景を見て、シャナンは軽くため息を吐いた。その後にカタリナに向き直って声を掛ける。


「カタリナ。ありがとう。助かったわ」

「いえいえ、どういたしまして。シャナンが敵を引きつけてくれたお陰で魔法を唱えることができました。ありがとうございます」

「……そんな。私は何もしてないよ」

「そんなことはありません。シャナンがいなければ魔法も唱えることができませんでした。非力な私を守ってくれてありがとうございます」

「……そう言ってくれて嬉しいよカタリナ……」


 シャナンは自分を恥じた。カタリナはこんなに素直なのに自分は捻くれている。いや、活躍するカタリナが羨ましいのだ。


 自分も活躍してないのでは無い。だが、勇者としての期待と比較すると、思った以上の活躍ではない。


 力ならばトーマス、魔法ならばカタリナ、回復や器用な戦闘ならばルディ、戦闘の洞察ならばセシル……自分はどれも重要な役目では無い。


 自分がお荷物の様な気になり、シャナンはドンドン暗い気持ちに襲われる。俯き加減でいるとカタリナが心配そうに声を掛けてきた。


「シャナン……どうしたのですか?朝から調子が悪そうでしたし…どこか痛いのですか?」

「違うの。カタリナ……違うの…」

「違う?では、どうしたのですか?」


 カタリナは責めるつもりはなかったのだろう。だが、言葉に出したく無い自己の存在意義を“喋れ”と言われている様で、シャナンは段々と悲しい気持ちになった。


「ううん。違うの。……あの…あの……」


 シャナンはモジモジしながら次に続く言葉を紡げないでいた。その光景を静かに見つめるカタリナはどこかシャナンを追い詰める雰囲気が出ていた。実際には、カタリナは勇者であるシャナンの言葉を聞き漏らさないために真剣に耳を傾けていたのだが、言葉を発するシャナンには通じない。


「あのね……あの…ぅ……ぅ…グス。違うの。違うの、カタリナ…あの。あのね…」

「シャ、シャナン!ど、どうしたのですか?やはりどこか怪我を!トーマスさん!大変です。シャナンが!」


 カタリナが大声でトーマスを呼ぶ。シャナンは自身の恥ずかしい姿を見られたくなかったが、“トーマスを呼ばないで”という言葉が出ない。


 カタリナの呼び掛けにトーマスがボロボロの体を押して駆けてくる。


「さ、さすがに一人で20体はしんどいな……。カタリナ。どうかしたのか?」

「いえ、シャナンが……」


 カタリナが話を始める前に涙を袖で拭っている少女を見てトーマスは驚愕の顔を見せる。


「シャシャシャシャ、シャナン!どうしたのですか!」


 トーマスが全てを捨ててシャナンに近づく。カタリナも心配そうにシャナンを見ている。


「ち、違うの。やめて、トーマス、カタリナ。みんなは悪く無いの。悪いのは私なの。ゥウウウゥ……ウワーン!!」


 シャナンが大声で泣き叫ぶ。カタリナはやっとのことで自分の過ちに気づいた。自分の何気ない質問がシャナンの自信を傷つけていたのだ。責めるつもりは全くなかった。しかし、シャナンの意図を間違えまいと傾注する姿勢が、シャナンの心を追い詰める結果になるとは皮肉な物である。


 カタリナはシャナンを励まそうと声を掛ける。だが、シャナンの泣き声は大きさを増すばかりだ。


「シャ、シャナン。落ち着いてください。ご、ごめんなさい。シャナン。私が気づかなくて……」

「な、なんだ?何を言っている?」

「シャナン。大丈夫ですよ。私は責めていませんよ。落ち着いて。皆、あなたの味方ですよ」


 一方のトーマスは話に付いて行けず、呆然としている。カタリナは困った顔をしてシャナンを宥めている。トーマスはよく分からないながらも話を合わせることにした。


「お、おう。シャナン。私たちを信頼してください。大丈夫ですよ!」


 だが、シャナンは泣き止まない。二人はどうして良いか分からず、顔を見合わせて閉口した。

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