油断大敵

 バチバチと音がして少女に電撃がほとばしる。まばゆい雷光が収まり、少女がその場にドスンと倒れる。


「……当たった」


 それも呆気なく。もしかして……勝ったのか?


 先程まで感じていた不気味な感覚が薄れていく。十三は天を仰ぐ。安堵のためか自然と笑みが溢れてくる。


 勇者に勝った、勝ったのだ。これが笑わずにはいられまい。十三は次第に大きくなる哄笑を抑えられなくなっていた。ひとしきり笑った後、十三は冷静さを取り戻し、状況を考える。


 十三は手の平に隠し持った道具をチラと見る。この道具──“誘雷灯”──のおかげで十三は電撃魔法を少女に命中させることができたのである。


 十三は生まれ持った体質から、電撃魔法を非常に効率よく発動することができた。だが、如何に電撃魔法の才があろうとも、空気中を通って相手に命中させることは困難である。いや、空気中に放電させること自体も本来ならば出来るものではない。水や金属ならいざ知らず、空気は絶縁体であり、電気が空気中を通って進むためには一定の条件がある。


 そもそも、雷とはどの様なものなのか。

 

 雷は積乱雲の様な積層型の雲中で、断熱変化により生成された雹や氷が擦れ合うことで発生する静電気が主原因である。この静電気で発生した負の電荷が地上の正電荷に引き寄せられ、地面に向かい落ちて行く。負の電荷が落ちて行く際、大気中の原子にぶつかり合い、正と負両方の電荷が存在するプラズマが発生する。このプラズマ中の正電荷に引き寄せられ更に雲中から負の電荷が落ちていき、どんどんプラズマを発生させながら電気の通り道を作り、遂には地面に到達する。


 これが雷の原理である。


 現在の“地球“の科学では、プラズマが発生する流れに法則性は見出せず、落雷の到着点を予測することは非常に困難である。

 だが、人工的にプラズマの道を発生させ、雷を誘導する技術はある。その技術とは、赤外線レーザー照射によるプラズマ発生技術である。

 赤外線レーザーにより、大気中にあらかじめ人工的なプラズマの道を発生させ、その道に従って雷を誘導させることで指定した場所に雷を落とす。

 これが”誘雷“技術であり、誘雷魔法の原理でもある。


 誘雷灯は誘雷魔法と同じく赤外線照射によりプラズマを発生させる道具である。十三はこの道具を“誘雷魔法”を警戒する相手に、誘雷魔法を使う素振りを見せずに不意打ちで“電撃魔法”を命中させる場合に使用していた。


 意図していた通りの効果を発揮し、十三は満足と同時にある疑問が生じていた。


 この少女……本当に“勇者”だったのか?


 どういうか分からないが、少女は十三の魔法に制限を掛けていた。魔法自体を制限する“制限魔法”は幾つか存在する。魔法発動に必要な詠唱自体を搔き消す沈黙(サイレンス)や魔法を忘れてしまう忘失(フォーグ)など精神面に作用する魔法がそれである。


 だが、少女の使った方法はそれとも違っていた。その時の感覚は魔法自体をと心の奥底で躊躇ためらわせる不気味なモノであった。

 それは制限魔法の類では決してない。けど決して……してしまったら自分は終わりだと言う得体の知れない恐怖感が魔法の詠唱を途絶えさせた。


 如何に恐怖への耐性を上げても、あの時の恐怖は別物だ。決して抗うことはできないだろう。

 いや、あの感覚は本当に“恐怖”だったのだろうか。十三は“恐怖”という言葉以外の表現を探してみるが、見当たらなかった。

 強いて言うなら、魔族の根源を脅かすおぞましいナニカ──そのが十三を制限していたとしか言えなかった。


 また、魔法の制限以外にも不可解な点がある。少女は十三の考えを読んでいた。いや、いたというよりいたというべきか。


 ──”電撃魔法を使う“。すごいなぁ。思った通りに動くね!──


 少女が十三に言い放った言葉が思い出される。少女は十三が“雷撃魔法を使う”と読んでいた。自分の考えを読まれていたのかと十三は考えたが、”思った通りに“とはどう言う意味だろうか。


 この言葉は思考を読むとは別の意味だ。何かしら相手を操る時に使う言葉だろう。しかし、十三は魔法で精神的な支配を受けてはいなかった。

 今となってはわからないが、少女のスキルは十三の理解を超えた何か得体の知れないだったのかも知れない。


 それに、この様な小細工が何故少女に通用したのか十三は理解できなかった。少女が自分を操作しているならば、誘雷灯の使用を許可するとは思えない。


 ……油断か?まさか、そんなはずは……だとすると、幾ら何でも間抜けすぎる。何か要因があったのだろうかと十三は訝しがる。しかし、どんなに考えても答えは出ない。


 その時……


 ”ピクリ“


 少女の手がかすかに動いた。


 ──生きている!──


 まさか命中するとは思えなかっただけに十三は魔法の威力を抑える気は全くなく、殺すつもりで魔法を放ったのだ。高出力の電撃を浴びて生きているのは奇跡に近い。

 自身の嫁にしようとした相手が生きていることに十三は安堵の表情を浮かべた。


 それに、この少女……もし本当に勇者ならば、自分の立場を上げるために非常に有用だ。あの“勇者”を倒し、且つ自分の嫁にしたのであれば、鼻持ちならない兄貴たちも自分を見直すだろう。

 意識を取り戻しても再度両手両足を縛り、更に魔法で拘束を強化すれば、勇者であろうと抵抗はできまい。そうすれば、このは自分の物──十三は暗い笑みを浮べ、倒れた少女に手を伸ばす


 ……その瞬間……


 ガバッと少女が起き上がる。その顔には雷撃で生じた傷か怒りによる赤面か顔面が紅色で溢れている。


「“キョウコ”の奴……自分の能力を過信して油断してんじゃないわよ!危うく死ぬところだったわ!」


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