道理の勇者

 嫌だ嫌だ嫌だ……魔族と結婚するなんて絶対嫌だ……


 シャナンは必死で抗うが、縛られた手足は自由にはならない。バタバタと暴れるが、相手は離してくれない。


 魔族の男“十三”は苛立ちのため、声を荒げる。


「ガキが……静かにしろ!暴れるな!」


 だが、シャナンは声を無視して抵抗を続け、男は更に焦立ちを募らせる。


「くそ!黙れって言っているんだ!」


 男は立ち止まり、シャナンの髪を強く掴みあげる。そのまま平手で数度頬を打った。頬に痺れが残る。シャナンは悔しくて情けなくて涙が出てきた。


 自分がしっかりしていれば、もう少し強ければ、こんなことにはならなかったのに……今更後悔しても遅いのだが、不甲斐なさが悲しみに拍車を掛ける。


「お、おい……何だよ。泣く程じゃないだろ?悪かった」


 男が不意に語気を緩めてなだめる様にシャナンに詫びを入れる。その顔には先ほどの苛立ちに塗れた感情とは異なり、申し訳なさそうな許しを乞う表情が浮かんでいた。


 ──ああ……こう言う点を私は勘違いしたのだ。


 この男は存外に優しい。


 カシムに怒鳴られた時にも庇ってくれた。口は悪く態度も横柄だが、その不躾な所作とは異なる優しさを時折見せる。


 しかし、この男の優しさは自己の暴力的な面を隠す見せ掛けでしかない。根っ子の所は自分のことしか考えておらず、この優しさは他人のためでなく自己保身のための傲慢な優しさなのだ。自分はこの一瞬のの優しさに勘違いしてしまっていた。


 現にホラ、我が身の可愛さのために、この男は自分をさらっている。この行為を受けて、どうして優しいと思えるのだ?


 そう、こいつはの様に内面に押し込んだ凶悪さを隠し持っている。……断じて赦してははいけない──


 シャナンはハッとした。今一瞬、頭に浮かんだ考えは何だろうか。自分の言葉ではない様な錯覚を覚える。


 "──れ"


 この感覚は砦で赤帽子(レッドキャップ)に襲われた時に湧き起こった感情に似ている。


 "早く──れ"


 暗い残忍なそのが心の奥底から自分を喚ぶ声が聞こえる。


 “早く変われ”


 いけない──このに身を委ねては良くないことが起きるとシャナンは理解している。


 "こんな奴、私が殺してやる。だから、早く変われ"


 だが、少女の気持ちはに負けて侵食されていく。


 ─

 ──

 ───

 急に押し黙ったシャナンを見て、十三は遂に観念したかと少し安堵する。


 十三は振り返って後ろを見る。追っ手は来ていない。サディが足止めしてくれているおかげだろう。


 あのカインという男は相当できる。周りの赤い鎧の兵士たちも他の兵士よりも遥かに格上だ。状況から見るに、おそらくサディは助からない。


 心の中でサディに“すまない“と謝る。書類の件も気に掛かるが、今はサディの犠牲を無駄にしてはいけないと十三は考えた。


 その時……


 低く静かな声が聞こえた。


 ”え?“と思い、周りを見渡す。追っ手が来たのかと最初は思っていたが、気配がない。気のせいかと十三は再び足を前に出すが、また声が聞こえる。


 気のせいではない。その声は、。いつの間にか猿轡が外れ、少女の口は自由になっていた。低く、そしてあざ笑うかの様に”クスクス“と笑い声が少女を中心に響き渡る。


 その不気味さに十三は一瞬たじろぐ。このガキ……様子がおかしい。そう考えると、今の今になって何でこんな少女が討伐隊に参加したのか疑問が湧いてくる。

 もしかして自分は思い違いをしていたのではないか。この少女はタダのガキではない。何かとんでもないナニカなのではないか。


 十三は考えを裏付けるために分析(アナライズ)の魔法を使ってみる。しかし、魔法を発動する瞬間、脳裏で拒否される。魔法を唱えたくとも唱えられない。声が出ないのだ。


 十三は驚きを隠せなかった。あと一言が出てこない。何だこれは?“魔法を防御“されたのでなく、”使用を拒否”されている?このガキ、何をしたのだ?


 十三が少女の髪を掴みあげ、詰問しようとした矢先……


 少女は強引に手足の拘束を引き千切り、十三の横腹に蹴りをかます。十三は咄嗟に肘で防御して攻撃を防いだ。だが、十三は肘に残る痺れから、蹴りの威力が子供のではないと直感した。


 少女は尚もクスクスと笑い声を漏らし、バックステップで十三から距離を取る。止まない笑いにはどこか恐怖を感じさせる。


 十三が警戒を募らせる中、不快な笑い声がピタリと止む。暫しの間の後、少女が静かに十三へ語りかけてくる。


「……キミ、ダメでしょ?こんな幼気いたいけな女の子をイジメて」


 十三は確信する。やはりこの少女は見た目と違い普通ではなかった。ただのガキと勝手に判断してさらってしまった自分の迂闊さに腹が立ってきた。


 歯噛みする十三を放置して少女は更に話を続ける。


「さて。自己紹介が遅れたよね。ボクは“キョウコ”。彼女の中の十二人の一人だよ。と、言ってもわかんないか」

「”キョウコ“?お前、確か“シャナン”とか……」

「それは別のボク。ボクは“キョウコ”であの子は“シャナン”……は仮の名前か。まあいいや。ボクとあの子は別モノだよ」


 少女の言葉を受けて十三は思考を巡らす。


 この能力、おそらく喚者(インヴォーカー)と呼ばれるクラスが持つ“精神召喚”の魔法だろうと十三は推察する。”精神召喚“は術者の身体を依り代にし、強固な精神を持った存在を内に宿して自身を強化する魔法である。


 なるほど。この少女は喚者インヴォーカーか、と十三は納得する。


 少女の体格からすると戦闘系のクラスではないことは明らかであった。だが、魔法系のクラスならば体格は関係ない。むしろ、生まれ持った才能が大きく影響する。子供でも上位クラスに名を連ねる者も少なからず存在する。少女が魔法系の上位クラスならば、討伐隊に参加していてもおかしくはない。


 次に、十三は少女が呼び出したこの精神体はどの様な特性があるのか観察する。


 呼び出された精神体が“魔法”強化型なのか”攻撃“強化型なのか。蹴りの威力を見ると攻撃強化型の様に感じるが、両方の特性を持つ可能性も否定できない。


 だが、どちらにしても、精神召喚の魔法だと分かれば、対処方法は幾らでもある。十三は注意深く観察し、少女の正体と対策を頭で練り上げる。おおよそのプランが立てば、あとは実践するだけだ……そう思っていた十三に、突然冷や水が浴びせるかの様な言葉がぶつけられる。


「言っておくけど、ボクは精神召喚された訳じゃないからね。ボクは最初からこの娘と一緒だったんだから。キミは魔法解除ディスペルマジックを使おうとするけど、既に禁止しているからムダだよ」


 十三は心臓が飛び出る思いをした。何故だかわからないが、十三が考えていた作戦を少女が唐突に口にしたからである。


 少女は更に話を続ける。


「ボクは怒れる十二人の一人、”キョウコ“。世界の理を捻じ曲げて“道理”を操作する権能を司っているんだ」


 何を言っている?”世界の理“を捻じ曲げる?“道理を操作”だと?十三が少女の言葉に混乱する。少女は尚もクスクスと笑いながら十三に言葉を投げる。


「世界の理自体を操作することはの生き物には決して出来ないのさ。ただ一つの例外”勇者“を除いては、ね」

「なに!?」


 十三が”勇者“の一言に反応する。今、この少女は何と言った?


「どうしたの?あ!そうか。ボクが勇者って言ってなかったっけ?」

「お、お前が…勇者?嘘をつけ!まだガ」

「お前は“まだガキじゃないか。ふざけるな!”と言う」

「まだガキじゃないか。ふざけるな!……ハッ!?」

「イエーイ。成功。一度やってみたかったんだよね」


 言葉を先取りされた。なんと言うことだと十三は愕然とする。この“勇者”と名乗る少女は自分の思考を完全に読んでいる。しかも、自分の考えるより先に!


 魔法による念話テレパシーの応用なのか?それに忍者(ダークストーカー)が使う相手の行動を先読みする“察気術”も組み合わせているのか?

 どちらにしてもタダのガキの能力ではない。十三は焦りから不用意に言葉を発する。


「ぐ…ま、まさか……ほ」

「“本当に勇者なのか?”と言う」

「本当に勇者なのか?……ハッ!?」


 相手に精神的に優位に立たれることは危険だ。何もしていないにも関わらず、精神的疲労が激しい。相手のペースに乗ってはいけない。先手必勝と十三は魔法を唱える。


「世界の理に掛けて……」

「”電撃魔法を使う“。すごいなぁ。思った通りに動くね!」


 読まれている。だが、自分には切り札がある。ただの電撃魔法と思っていれば“勇者キョウコ”に目に物見せてやれる、と十三は構わず続ける。


「誘雷魔法も使わず電撃魔法を当てようなんて……笑っちゃうなぁ、キミ」


 言葉を無視して詠唱を続ける。“キョウコ”はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見ている。明らかに十三を馬鹿にしていた。

 構うものかと魔法の詠唱が終わり、両手を“キョウコ”に突き出す。


 ──くらえ!──


雷撃サンダーボルト!」

「やれやれ。そんなの当たらないって」


“キョウコ”が軽く息を吐き、バカにした顔を見せる。だが、思惑とは異なり、十三の放った雷撃は“キョウコ”目掛けて真っ直ぐにほとばしった。


「……あれれ?ちょっと……!キャァアアアァァ!!」

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