魔族の眷属

「ルサッルカが殺された?」


 眼光鋭く男が応える。その右手には脚の形をはっきり残した肉塊を掴んでいた。


 相対して話すのは頭部に山羊の角を生やし、毛深い体毛に覆われた大柄の魔物である。魔物の顔には焦りの色が浮かんでおり、忙しなく自身の顎髭を触っている。魔物の所作を男は不愉快そうに見やりつつ、肉の端に齧り付いて勢いよく引き千切った。


「ああ。街の外れの古砦で殺されたらしい」

「らしい?なんだ、お前。自分で見てないのか」

「ぅ……悪い」

「噂ねぇ。冒険者どもの与太話じゃないのか?」

「多分、本当だと思う」


 という言葉に反応して男がジロリと睨む。魔物は慌てて言葉を繕う。


「え、えと。悪い、言い直す。本当だ、違いない。変装してオカバコの街に行った時に聞いたんだ。今じゃ街中、その噂で持ちきりだぜ。実際に砦に行った奴からも話を聞いた」


 わざわざ変装してまで町に潜入した魔物の言葉には自信の程がうかがえる。男は考える。は馬鹿だが、嘘つきではない。それに馬鹿なりに仕事をしている。噂話の域を出ないが、信頼しても良いだろうと考えた。


「続けろ」

「あ、ああ。あのさ、ルサッルカの奴が地下に貯めこんでたが見つかったせいなのか、大規模な討伐隊が組まれたんだ。聞いた奴からの話じゃ、砦にゃ入れ替わり立ち替わりで引っ切り無しに冒険者が入り込んでんだとさ。で、ゴブリンや赤帽子レッドキャップ供も全員討伐されちまったって話よ」

「チッ…あの野郎。下手打ちやがって」


 男は吐き捨てるように言い放つ。


「それよかヤベェぜ、十三ちゃん。俺たちの計画をお兄様方が勘付いたんじゃないかな?あのルサッルカを殺すなんて人間の仕業とは思えねぇぜ」

「兄貴たちにそんな暇はネェよ。親父の指示でにてんてこ舞いさ」

「だけどよ、一郎さん……あの”金剛羅刹“の一郎さんなら来るんじゃねぇか?」

「一兄が来る訳ねぇよ。あの人は勇者を探すのに夢中なんだ。俺たちの些細な努力にかかずらわるほど暇じゃねぇよ」


 十三と呼ばれた男の口中でクチャクチャと肉を咀嚼する音がする。魔物はその咀嚼音に不快な視線を向けるが、男に睨まれて目を逸らした。


 男は粉砕した肉を喉に流し込み、更に肉片に齧り付いた。魔物は少しでも不快音から気を紛らわそうと話を続ける。


「一郎さんはそうかも知れないけど……じゃ、じゃあ、次郎さんはどうなんだよ。あの”悟智“が刺客を寄越したんじゃないのか?」

「次郎兄か。あり得なくもない。でも、今回の件に関して言えば、あの”人“はむしろ、俺たちの考えに賛同してくれるはずだ」

「ず、随分信頼してるんだな。俺にはあの人がおっかねぇよ。底が知れないっていうか、何というか」

「あの人の底なんざ誰にも分からねぇよ。ただ分かることは全ての行動が“魔族のため”に向けられてるってことだけだ」


 魔物は怯えた目で十三を見つめる。男は魔物の弱気な視線が気に入らないのか強い視線で睨み返す。魔物はすぐに視線を逸らし、場を取り繕うかのように別の質問を投げ掛ける。


「次郎さんは俺たちの計画に勘付いていると思うか?」

「多分」

「た、多分って。じゃあ、やっぱり次郎さんの刺客じゃないのかよ!?」

「落ち着けよ。他の兄貴たちならいざ知らねぇが、次郎兄は俺たちの些細な企みなんて気にしてねぇよ。それに、もしこの件が次郎兄による物だとしても、やり方が雑すぎるんだよ」

「雑?」

「ああ。次郎兄ならば、自分が手を下した痕跡を残す。相手に脅しを掛けるためにな。それに、人間たちより先に俺が気づくようにする筈だ。次郎兄にしては段取りが悪すぎる」

「だったら、他のお兄様方かよ?」

「発想を変えろよ、サディ。俺はなぁ、どうも今回の件はに思えるんだ」

「に……人間が?バカ言うなよ。人間なんかに”脳吸い“ルサッルカが殺せるわけがねぇ」

「だから、発想を変えろって言ってるだろ?思い込みは肝心な所で足を掬われるぞ」

「わ、分かったよぅ」


 十三にたしなめられた“サディ”と呼ばれる魔物がうなだれる。


「人間にもそれなりの奴がいる。このフォレストダンジョンに来るような雑魚じゃなく、兄貴たちとタメ張れるような化け物じみた奴がな。英雄(チャンピオン)や上位の十クラスならルサッルカを葬ることも可能だろう」

「何だって!?人間にもそんな奴らがいるのか?」

「ったく。少しは学習しろよ。頭まで筋肉で詰まってんのか?」

「グッ……俺は難しいことを考えると、どうも頭が破裂しそうになっちゃんだよ」


 サディが自身のこめかみを押さえて呻く。その光景を見て、十三が軽く息を吐く。


「慣れだ慣れ。頭の使い方も慣れだ。いいか。人間どもは大半が雑魚だが、中にはヤベェ奴もに混じっている。ルサッルカの野郎は“現地調達”とか言って、道行く商人まで襲っていやがったからな。堪忍袋の緒が切れちまったが送り込んだ刺客にぶっ殺されたんじゃないかと俺は見るぜ」

「人間がかよ……信じられねぇ」


 サディは呆然と十三の話を聞いていた。その瞳には十三の着眼点に対する尊敬の念が込められていた。だが、当の十三の顔は晴れない。


「とは言ったがよ。俺の話も推論だ。で行動するのは間抜けのすることだ」

「十三ちゃん……」

「ルサッルカに任せていたゴブリン族の部隊育成は失敗しちまったが、フォレストダンジョンでの仕事は完遂させる。だが、人間どもの邪魔はさせねぇ。そのためにも、誰がルサッルカを殺ったか調べておく必要がある」

「そうか!ルサッルカの仇討ちだな!」

「そんなんするかよ」

「え!?じゃあ何で?」


 純粋に何でも考え無しに聞けるから馬鹿は羨ましい。十三はサディに呆れた顔を見せる。


 だが、サディにはキチンと自身の考えを述べる必要があると思料する。コミュニケーションは大事だ。いざ肝心の時に意思疎通のミスで失敗しくじることは避けたい。


 それに、十三にとってサディは大事な仲間だ。昔からコイツとは何かと気が合う。親友ダチに隠し事は無しだ。十三はサディに自分の考えを述べ始めた。


「ルサッルカの奴が証拠も消さずに死んじまっていたら、その足跡から俺たちとの繋がりと企みが人間どもにバレる可能性がある。そうなると、今度はが俺たちの前に立ちはだかるに違いない」

「な、何で?俺たち、商人たちを襲ってないよ?」

「冒険者は何人か殺しただろう。それに、俺たちのせいでフォレストダンジョンに異変が起きていると街で噂になっているとか、お前言っていたよな?」

「あ、ああ…で、でもそれが何で俺たちに関係あるんだよ?」

「ルサッルカが派手にやらかしたせいで、俺たちも危険な奴だと見なされかねん。まあ、実際に人間どもにとって、危険だがな」


 十三は苦笑する。その苦笑の意味を理解しているのか、していないのかサディも苦笑する。


「ルサッルカを殺した奴が同じく危険だと思われる俺たちを野放しにすると思うか?しなかったとしても、フォレストダンジョンの異変の対策に乗り込んでくるかも知れん。そんなヤベェ奴とマトモにやり合いたいか?」

「何言ってんだよ!十三ちゃんが負けるわけないよ!」

「本当にお前は考えてねぇな!無駄な消耗を避けたいんだ。誰がルサッルカを殺したか把握し、そいつの弱点、スキル、魔法、攻撃パターンを事前に把握して対策を練るんだ」

「た、対策?」

「ああ。そうだ。俺は親父から何ももらっていない。みんなから”名無しの十三“と呼ばれるのはもう真っ平だ。そのために認められてなくとも俺は自分の軍を持つ。たとえ、それが脆弱な魔物の軍団だろうとな。その一歩を邪魔する奴に足元を掬われたくない。勝てるために努力するのは、最善の手段だ」


 十三は目に闘志をみなぎらせて言い放つ。その瞳には赤い色が赤々と燃えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る