生への帰還

「く……なんだ、くそ…体が怠い」


 ルディは気怠そうに身体を起こそうとするが、何かが頬に貼り付き、起きようとする力に反発する。


 ペリペリと強引に引き剥がし、自分の胸甲鎧が大きく割れているところを見て、やっとの事で気づく。脳吸いの魔法でトーマスと同士討ちしてしまい、自分たちは倒れていたのだ、と。


 だが、自身の胸を見ても何も傷口がない。何が起きたのだろうかと訝しがる。


「ルディ、気づいたか」


 斧を傍らに起き、座っていたトーマスが話し掛ける。彼にも自身がつけた筈の肩の傷が見当たらなかった。


「トーマス、何が起きたんだ?」

「俺が分かる訳がない。気づいたら全ての傷が塞がって、床に倒れていたんだ」

「はッ……脳吸いの野郎はどこだ!?」

「知らない。俺たちを置いてどこかに行ったようだ」

「……助かったのか?」

「助かったものか!」


 トーマスが床を強く叩く。普段の温厚な態度とは裏腹な行為にルディは戸惑いを覚える。


「お、おい。トーマス。何をそんなに怒ってるんだ?」

「自分の不甲斐なさにだ!私は……私は……シャナンを守れなかった……」

「お、おい……早合点するなよ。シャナンはうまく逃げられたかもしれないだろ?」

「お前は気を失っていたようだな。私は見てしまった。地上に逃げた筈のシャナンが何故か地下に戻って来て、脳吸いに追われている姿を……。今のシャナンでは脳吸いには勝てるはずもない。だからと言って、奥に逃げたら逃げ場もない。殺されたか……あるいは勇者とバレて魔族に引き渡されたか…」

「な、何行ってるんだよ。もしかしたら、ジェガンたちを引き連れてきたから、地下に戻ったかもしれないだろ?」

「……お前のように考えなく希望を持てたら、私も幸せだったろうにな……」

「な、何だよ。バカにしてるのか?」

「馬鹿になどしていない。いや、馬鹿は私だ。私が判断を誤ったのだ!ああ、シャナン!シャナン!!」


 トーマスが床に頭を打ち付け始めた。呆気にとられたルディがその光景を見つめていた。


「シャナン!シャナン!!勇者シャナン!!愚かな従者の私を許してくれ!!」


 ガンガンと打ち付ける額には血が流れ始めてきた。ハッと我に帰ったルディがトーマスを後ろから羽交い締めにして叩頭を止めさせる。


「ば、馬鹿!何やってんだよ!」

「止めるな!ルディ!間抜けな私は自身の頭を砕いてシャナンに詫びなくてはならない!そうでなければ!!」

「トーマス…あんた何やってるの?」


 目の前から女性の声が聞こえる。そこには、呆れた顔した二人の女性……セシルとカタリナが立っていた。


「セシル!私のせいだ!私のせいでシャナンが!シャナンが!シャナシャナシャナシャナンがアアアァァ!!」


 号泣して鼻水を垂らしながら絶叫するトーマス。その悲哀の戦士にセシルが冷や水をぶっかける。


「シャナンなら、私の背中で寝てるわよ。よく分からないけど、脳吸いもバラバラになって死んでたわ」

「……は?」


 トーマスがピタリと止まる。


「私たちが脳吸いの魔法でやられて動けなくなった後、得体の知れない何かが脳水を追い詰めていたようなの。目では追えなかったけど、脳吸いが必死に命乞いしていたわ」

「あの脳吸いが……命乞い?」

「正直なところ、私たちもそのに殺されるかも、と思ったわ。でも、一瞬でそいつは何処かに消えてしまったようなの」

「“何か”って何だよ?」

「知らないわよ。でも、そいつが居なくなって暫くしたら、シャナンが階段を降りてきたの。そしたら急に体が自由になったのよ」

「おい、トーマス。さっきシャナンが奥に逃げたって言ってなかったか?」

「言ってない」

「おい……」


 急に真顔になり、いつもの落ち着きを取り戻したトーマスがルディの疑いを無下に否定する。トーマスが少しまともになったと感じ、セシルは安心して話を続けた。


「シャナンは“疲れた。少し眠る”って言って、バタンキューって倒れこんじゃって……一体何が何やら…?」

「分かった。だが、シャナンが無事ならば、問題はない。サラさんはどこだ?また何かあるといけない。早々に引揚げよう」

「…………」


 先ほどの取り乱し様から今の冷静沈着な態度への変貌にルディが呆れてため息を漏らす。


 五人がサラが倒れている先に向かうと既に彼女は起き上がっており、腕を組み何やら思案顔をしていた。サラはつけていた指輪を外しており、普段とは少し雰囲気が異なっていた。


「サラさん。よかった。あなたも無事だったのですか?」

「ええ。あなた達もね。しかし、妙ね。脳吸いから感じられた魔法の気配が無いわ。どうしたのかしら?」

「サ、サラ?随分と口調が変わったな…?」

「それは後で話すとして、あなた達、何か知らない?」

「あ、あっとその。脳吸いは死んでいました。何者かに殺された様です……サラさんではないのですか……?」


 カタリナが皆が思っている疑問をぶつける。サラの実力の程は定かでは無いが、感じられる雰囲気から、只者ではない強さが察せられる。


「私じゃないわ。知らないうちに体が動くようになったから、指輪を外して警戒していたのだけれど……」


 サラはシャナンを一瞥する。セシルの背中で寝息を立てている少女は、純粋で天使のような寝顔を見せている。


 だが、本当の裏の顔はどうなのだろうか?


 サラが分析アナライズで調べた限りでは、まだまだ得体の知れないスキルや能力を隠し持っている感じがした。ジェガンが“勇者ではないか“と言っていたことが想起される。そう考えると、合点がゆく。脳吸いはシャナンの隠れた勇者の力を不用意に引き出し、そして殺された、と考えるべきなのかもしれない。


 ”まさか“とは思うまい。現場を見る限り、脳吸いにあたう者はサラを除き誰もいない。無垢なる眠りに着く少女のみが己が力を秘し、黙して語っていないのである。


 名も無き英雄チャンピオンが英雄然として助けてくれた……などとのたまうのは、子供の戯言ざれごとに等しい。胡散の香りがするが、この謎の少女が事態を打開したと考える方が、まだ信憑性はある。


 サラは指輪を嵌め直して全員に語り掛ける。


「多分……大丈夫……ディーク……達を……探して…戻りましょう……」

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