眠れる少女

 オカバコの街に戻って三日が経った。シャナンはあれ以来、懇々と眠り続けている。


 傍には食事も取らず痩せこけ、無精髭を生やしたトーマスが俯き加減で見守っていた。その姿を見たルディが街で買った果物を食べながら、一言告げる。


「おい、トーマス。少しは飯くらい食えよ。街の治療術師ヒーラーは体に異常はないって診断したんだから」


 虚ろな瞳でルディを見つめるトーマスはまるで幽鬼のようであった。


「ルディ……シャナンが食事を摂らない限り俺も摂るつもりは無い。シャナンが苦しんでいるんだ。同じ苦しみを共有するのは従者として当然だ」

「まあ、三日間は流石に寝すぎだと思うがな。シャナンがそれを喜ぶと思うかねぇ?それにシャナンだって眠りながらでも砂糖水くらい飲んでるだろ?」

「知らん。だが、それが従者たる役目だ。お前たちも自覚しろ」


 ルディはヤレヤレと呆れた顔をした。トーマスは置いておいて、シャナンをチラリと見やると何も不安がなさそうに純粋な寝顔を見せている。時折、寝言を言っているのかムニャムニャ何かを呟いている。どこが苦しんでいるのか、ルディはトーマスを見て嘆息する。


 自分たちが何故助かったのかは、結局わからないままだった。


 冒険者組合は古砦を調査しているようだが、脳吸いを倒した者は誰なのか、その痕跡はなかった。分かっていることは圧倒的な暴力で、あの魔物が破壊されたことのみである。


 ルディは深いため息をつき、椅子をトーマスの横に寄越しドカッと座った。


「なぁ、聞いてもいいか?トーマス」

「なんだ?飯なら食わんぞ」

「そうじゃねぇよ。あの脳吸いを殺した相手のことだよ」

「…………」


 トーマスは黙して語らない。その瞳はただシャナンを見つめている。だが、耳だけは話を聞こうとしているのか、“脳吸い”の言葉にピクリと体が反応していた。


「シャナンは俺たちも知らないエクストラスキルがあるんだろ?そのスキルが発動したんじゃないのか?」

「……かもな」

「少しは反応したな。お前、シャナンが奥に逃げたって言ってたよな。あれからディークにも聞いたんだが、シャナンがディークたちのいる部屋に逃げてきたってな。他の連中にも聞いたから間違いない」


 奥に逃げたはずのシャナンがどうなったのか。その状況を知るのはにいた人間だけである。部屋の中は出口もなく、追い詰められたシャナンが逃げ果せる術はなかったはずであった。


「ディークも体が動かなかったからその光景を見た訳じゃないらしいが、シャナンはアッサリ捕まったらしい」

「アッサリだと?では、それからどうなったのだ?」

「やっと乗り気になったな」

「いいから続けてくれ」

「ああ。ここからが妙なんだ。脳吸いがシャナンを捕まえた後、しばらくするとディークがトンデモなく恐ろしいモノを感じたらしいんだ」

「恐ろしいモノ?……セシルたちが言っていた奴か?」

「ああ、おそらく。そいつが脳吸いとやり合ってたらしいんだ。でな、脳吸いはそいつに全然敵わなかったのか、急いで逃げたらしい」

「脳吸いが出て行く姿は見えていたのか?ならば、が出て行く姿も見えていたのではないか?」


 トーマスが当然の疑問を投げ掛ける。しかし、その答えにルディが首を横に振る。


「ここからが更に変なんだ。は凄い勢いで扉を吹き飛ばして部屋から出てったんだ。あんまり速すぎてディークも全く目で追えなかったとよ」

「想像がつかんな。走って扉を蹴破ったのか?」

「そんなレベルじゃねぇってさ。爆風が突っ込んだみたいな感じがしたってよ」

「益々分からん」


 ルディの表現が悪いのか他に形容する言葉がないのかトーマスは全く状況が理解できなかった。だが、話を総合するに脳吸いを殺した相手は間違いなくだと確信できた。そして、ルディはがシャナンだと言っている。


 トーマスは傍に眠る少女の顔を見る。勇者であれば、自分たちの想像を超えた能力を隠し持っていても不思議でない。だが、レベル10にも満たないシャナンが本当に脳吸いを圧倒出来たのだろうか。


 考えられることは、喚者インヴォーカーのような召喚スキルである。本人に力が無くとも凶悪なを喚び出せば脳吸いを倒すことも可能だろう。爆風のようなモノが扉を破壊したという点からもトーマスはそう結論づけた。


「シャナンが三日も眠っているのは、そのスキルのせいだろうか。だとすると、あまり多用はさせたくないものだな」

「ああ。反動が大きすぎる。だとしても、勇者であるならばそのスキルも使いこなす必要があるだろうな。難儀な話だな」


 ルディが背もたれに腕を掛け、大きく嘆息する。トーマスも少しだけ気が紛れたのか前を向いている。ルディが果物を差し出し“食うか?”と尋ねる。トーマスが無言で受け取り口に運んだ。


 黙々と果物を食べる二人の背後からカチャリと扉が開く音がする。そこから快活な声と落ち着いた声が相互に聞こえてきた。


「ルディも来てたの?トーマス、ご飯食べた?」

「あ、トーマスさんが果物食べてますよ。よかった」

「いや、食べてない」


 食べ掛けの果物をルディに押しやり、トーマスが強情を貼る。ルディは疲れたようなため息を吐いた。

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