蠢くもの

「トーマス…ここは…私が責任をとるわ…ディークたちは……組合にとっても……大事な人材…それに……何か起きても……私がみんなを…守るわ…その代わり…私の指示に従って…」


 サラが話に割って入った。


「しかし!……」


 尚も撤退を主張するトーマスにシャナンがポツリと口を継いだ。


「私…ディークたちを置いて行きたくないわ。トーマスの言う通り危険かもしれないけど……でも、ディークたちを置いていくのは可哀相よ。……ごめんね、トーマス。わがまま言って…」


 シャナンが微かに見せた自分の意思にトーマスは驚きで目を見開く。今までは弱気で皆の意見に付き従うだけの少女であったシャナンが、今は自分の考えを述べている。シャナンの僅かながらの自主性の芽生えにトーマスは嬉しかった。


「フゥ、分かりました。では、あの声の聞こえるところまでですよ、シャナン」


 トーマスは嬉しさを隠しきれなかったのか、僅かながらの笑みを噛み殺す。


「サラさん、この先の指示はお任せします。では参りましょう!」


 トーマスは一歩前に歩き出す。シャナンの成長を見た彼の足取りは軽い。だが、この少女の思いは自分の意思に依る思いなのか、それとも考え無しのただの憐憫による思いなのか、それは誰にも分からなかった。


 ───

 ──

 ─

 皆が声のする方向へ歩みを進める。


 どれ程は歩いただろうか。うめき声はより大きな音となって地下にこだまする。次第にはっきりと聞こえ始めるうめき声には、苦しみに満ちている。しかし、そのうめき声には確かに助けを求める声も含まれていた。


 恐ろしさのためかシャナンはサラの服の袖を掴む。もしかすると自分は間違った判断をしているのでは無いかと不安に感じ始めた。


「シャナン……落ち……ついて……」

「うん。サラ……本当にこのまま行っても大丈夫かな……?」

「心配……しないで……私が……ついているわ……」

「そうだぜ!シャナン。サラ以外に俺たちもいるからよ。安心しなよ」


 サラとルディの励ましにシャナンは少しばかり安堵の色を浮かべる。その時、皆の声にはっきりとした声が聞こえてきた。


「ぅぅ……た、助け……」


 悲痛な声を耳にした面々はそれぞれの持つ武器に手を伸ばし、警戒を強くする。この先にいるのはディークたちだけなのか、それとも敵も一緒なのか。


 カンテラが足元を照らし、更にその先を映し出す。薄ぼんやりとした暗闇の中、地面に這いつくばる人影が見えた。


「「!あれ!ユミルじゃない?」


 その人影は冒険者組合でディークたちと共にいた斧戦士アクスファイターのユミルであった。屈強な戦士とは思えない痛々しいさまはまだ見ぬ敵の強力さをシャナンに想起させる。


 だが、他のメンバーは敵の存在以上にユミルの怪我の具合に注意が行った。


「大変、怪我してるみたい。急いで治療しなきゃ!ルディ、回復魔法を!」

「おう!ユミル大丈夫か!」


 ルディとセシルが駆け寄ろうとした時、強い口調で制止された。


「待って!………罠よ……これは……」


 サラであった。その言葉に二人は振り向き、何か言おうとした。それもそのはず、二人が向かった先にはユミルしかいなかった。また、周りを見渡しても罠らしい仕掛けがある場所とは思えないただの地下道に過ぎなかったからだ。


 しかし、皆の疑問を余所にサラが何もない空間に小石を思い切り放り投げた。


 何をしているのだろうか。皆がそう思っていたところで異変が起きた。小石は地面に落ちると思った皆の予想は外れ、何か強い力に弾かれあらぬ方向に飛んで行ったからだ。


 それと同時に何もないはずの暗闇から甲高い男性の声がこだまする。


「あらやだ。バレちゃったわ」


 その声質と口調から一瞬女性ではないか、と皆が思った。しかし、僅かに響く男臭さがその声への違和感を感じさせていた。


「…不可視インビジブルを使っても……その血の匂いは……誤魔化せないわ…」


 誰もいないだろう空間に視線を向け、サラが話始めた。皆も既に気づいていた。その先には誰もいないはずがない、と。


「まぁ。そうなの?いやねぇ、人間の血の匂いって中々落ちないのね。今度から気をつけるわ」


“今度”……その言葉の持つ意味を皆が測りかねていた。この先にいる相手は味方でない。明確な敵である。

 この敵が言う“今度”とはシャナンたちから逃げおおせてからのことを言うのか、それともシャナンたち全員を殺害した後で悠々と地下から出た後のことを言うのか。声の主が放つ響には後者であることを感じさせる強さがあった。


「な、なんだよ!一体、何がいるんだってんだ!」


 ルディが苛立ちからサラと同じく小石を同じ方向に投げつける。しかし、今度は弾かれることなく、小石はピタッと宙に浮き、そのままルディ目掛けて飛びかかってきた。


“ゴツリ”と鈍い音がする。


「イテェ!」


 ルディの頭に小石が当たり、額から血が流れてきた。カタリナがルディに駆け寄り、額の傷を見る。血が出ているが、思ったより深く無く彼女は安堵した。


 その何者かが潜む空間から更なる声がこだまする。


「うーん、あなた。頭が悪そうね。あなたの脳みそは不味そうだから殺して魔獣どもの餌にするわ」

「ぃつつ……俺の脳みそが不味そうだと?何なんだ、お前!」

「誰かしら?さあ、当ててみて?」


 からかい半分の声に苛立ちを隠せないルディが腰の剣に手を掛ける。そのまま剣を鞘から引き抜き、何もない空間を斬り伏せようと身構える。だが、その姿勢をサラが手で制止し、代わりに魔法を唱え始めた。


「待って……不用意に……近づくと……危険よ……」


 そう言うとサラは左手を前に突き出し、弓を引きしぼる様に右手を後ろに下げる。その態勢のまま、魔法を唱え始めた。


「世界の理に掛けて……彼の者の邪悪な力を取り払え!……魔法解除ディスペル!」


 右手を前に突き出すと同時に魔法が発動する。サラを中心に僅かな衝撃が空間をほとばしる。

 その波動が何もいないはずの空間を切り裂いた。……と同時に薄暗い闇から異様な存在が浮かび上がってきた。


「あら……魔法解除ディスペルなんて高等魔法を使えるなんて…あなた、凄いのね。あなたの脳みそ、おいしそうだわ」

「……まさかと思ったけど……よりにもよって……“脳吸い”なんて……」


 サラの額にじっとりと脂汗が浮かんでいる姿をシャナンが怯えた目で見つめていた。

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