異変
一行が階段を降って行くにつれて、地上で聞こえていた鳥や虫の声は徐々に遠ざかっていった。代わりに辺りを静寂が包み込む。ディークたちがゴブリンと戦っているにしては静かすぎる。誰しも口には出さない違和感があった。
地下は冷たい空気に包まれ、皆は少し肌寒さを感じる。部屋の隅に積み上がっている木箱を見るに、貯蔵庫として使われているようであった。
辺りに光は無く、先に何があるか全く見えなかった。トーマスは
「思った以上に広そうですね…ディークさん達、あまり奥まで行ってなければ良いのですが…」
一行がトーマスを先頭に地下奥へと歩みを進める。全員の足音が地下のしじまにこだまする。生命を感じられる音は自分たちの息遣いだけで何者も存在しないかのようであった、
しばらく先を進むと、トーマスが掲げたカンテラの灯りがチラつき、横道にある牢獄らしき鉄格子を照らし出した。
視界に入る牢獄はシャナンにあの光景を脳裏に
「シャナン…大丈夫よ…みんなが…ついてるわ…」
「……うん…」
肩に手を置かれ、シャナンは少し落ち着きを取り戻した。“もう一人ではない。みんながいるんだ”…頼る者がいる世界は少女に安心をもたらした。
だが、“頼る”ことは本来の彼女の享受できる権利ではない。シャナンは世界から“頼られる”義務を持つ少女なのである。
シャナンの姿を目の端にしたトーマスが憐憫と少々の失意を感じる。だが、その想いが不適切であることに気付き、彼は
──今は
トーマスは自分の奥底に潜む暗い感情を押し込み、更に地下奥へと歩みだした
「おーい、ディークーー!!どこにいるんだーー!」
ルディの声が薄暗い地下にこだまする。だが、その声に反応する者はいない。
「ルディさん…あまり大声を上げると敵に気づかれるのでは…?」
「ッて言ってもどうやって探すんだよ。こんな暗くてだだっ広いところで。さっきから全然影も形も見えねぇしさぁ。この牢屋を一つ一つ手探りで探すか?」
「そ、それはそうなのですが…」
ルディの言い分にうまく返せず、カタリナが言葉を詰まらせる。
「…声だけじゃないわ…
「あ、
「…いえ…今回は…私だけで……やるわ……」
──
サラが
「どう?何か見つかった?」
「……ダメね……」
「うーん、そうなの。ここの地下、意外と広いみたいだし、
「……いえ……この感じ…変ね…………違和感……」
普段から訥々と話すサラがいつも以上に口ごもった。
「違和感?何かしら?」
「……
「妨害?それってどういう意味?」
「
ふとサラの顔を見ると脂汗が浮いている。サラの表情を見た全員が何かしら危険な者が地下に潜んでいると感じた。
「…ディークさんたちも気になりますが…やはり引き上げませんか?何か良くない気がします。もしこの先に私たちでは敵わない相手がいれば危険です。…ディークさん達を置いて行くのは非情に聞こえるかもしれませんが、冒険者組合で応援を呼ぶべきかと思います」
トーマスが一人汚れ役を請け負い、撤退を提案する。皆が同じ思いなのだろうか。誰も反対する者はいなかった。
一行が踵を返し、来た道を戻ろうとした時、奥からうめき声のような物音が聞こえた。それは助けを求めているかのような声でもあった。
「……なあ、なんか聞こえなかったか?」
「そうですね。私にも聞こえました」
「もしやディークたちかしら。ねぇ、確かめてからでもいいでしょ。声のところまで行きましょうよ」
「そうだな、このまま引き上げたなら気分が悪いし、助けを求めている連中を見捨てられねぇよ」
「私もその意見に賛成です。ですが、助けたい気持ちは本当です」
ルディ、セシル、カタリナがその声に反応して助けに行こうと口にする。
「ッ…みんな、本気か!?もし先ほどの声がディークさん達だとしても、彼らがやられるほどの相手が近くにいるかもしれないだろ。そんな相手に我々が叶うわけがない!」
トーマスはあくまで反対した。彼は自分の身が危険にさらされることを恐れているのでなかった。シャナンに万が一のことがあった場合を恐れていたのである。
シャナンは何も言わず、サラの服の端を掴んだまま成り行きを見守っていた。
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