宿命
「召喚……?」
暖かいミルクを飲みながら、少女は尋ねた。
「ああ、そうだ。我々はこの世界を滅ぼそうとしている魔王ガルガンチュアと戦っている」
「魔王……?」
「そうだ。奴は非常に強大で邪悪な存在だ。我々も必死に抵抗しているが…このままでは勝ち目がない。そこで伝承に伝えられている救世主“勇者”を召喚することにしたのだ」
「勇者って……?」
少女の少ない生で得た知識ではアスランの言葉は半分程度しか分からなかった。
“勇者”と”魔王“という言葉は、兄がしていたゲームから得た知識で知っていた。だが、少女の理解では”勇者“はいい人、”魔王”は悪い人、勇者は魔王をやっつける正義の味方である、という単純な二元論でしかなかった。
少女は目の前にいる青年が“魔王”と戦う“正義の味方”なのだ、と安心した。それがどんなに危険な思い込みだったとしても、理解できる術もなかった。
「先ほどの部屋で行われた召喚の儀式で呼ばれた勇者……それが君だ」
「私が…勇者…?」
「そうだ、勇者……かもしれない。だが、君はまだ小さな女の子だ。もしかしたら手違いだったかもしれない」
「手違い……?」
アスランと呼ばれる男は苦しそうな顔を見せる。
「過去の伝承でも勇者召喚で勇者以外が召喚された事故があった……君は…勇者と呼ぶには幼すぎる。もしかすると、君はここに来るべき者ではなかったかもしれない」
「勇者じゃないと……私はどうなるの?」
「そうなると、元の世界に帰ることはできない……本当に申し訳ない…」
「パパとママ…お兄ちゃんやミャー子にも会えないの?」
アスランは無言で応える。
少女はその意味を理解し、また涙を零す。男に嬲られ、家族への思い出だけで生きていた少女からすると、酷なことであった。
「だが、伝承によれば今から三千年前の勇者も小さな男の子だったとある。君が勇者である可能性は残されている」
「…でも…私、喧嘩なんてしたことないもん……できないもん。もし勇者だとしても……無理だよ」
魔王を倒す…その言葉は少女には重すぎる宿命である。ポロポロと流れる涙は諦観と絶望が含まれていた。
「諦めてはいけない。確かに君は見たところ力無き少女だ。だが、もし君が勇者ならば、我々など足元にも及ばない強力な力が備わっている。魔王を倒すことも夢ではない」
「でも……でも…怖いよ……グス…」
「安心してほしい。微力ながら我々も協力する。君は一人でないのだ」
アスランが少女の目の縁に貯まった涙を拭い、頭を撫でながら優しい声音で励ました。青年の暖かい手が少女の不安を幾分か取り払う。落ち着きを取り戻した少女は袖で目をこすり泣くことを止めた。
「君が勇者ならば、元の世界に戻る方法は一つだ。世界の理に導かれた勇者は自身の宿命を打ち破ると、世界の理から唯一つの望みを叶えてもらえることができるのだ。過去の伝承では、その望みで元の世界に帰った者もいたと伝えられている」
そう言葉を紡ぎアスランは懐から小さな金属プレートを取り出す。
「勇者であるかどうかはこのプレートで分かる。これを額につけ念じるのだ。“なりたい自分”の姿を…」
「なりたい自分…?」
少女は金属プレートを手に取り、なりたい自分を思い浮かべる。
大好きなパパとママ、それに優しいお兄ちゃんにいつも一緒に寝ている猫のミャー子……何も不安がない、あの時の自分になりたい、少女は願った。
だが、その願いにあの時の状況が差し込まれる
─
──
───
いつもの学校の帰り道
友達と別れ、家路の途中、目の前に停まった車から“あの男”が出てきた。迷いなく少女に近く男へ言い知れない違和感を少女は感じた。
”イヤだなぁ“と思い、少女は男から遠ざかる。しかし、男は御構い無しに少女に近づく。身を引いた少女に男はこう述べる。
“両親が怪我をしたから迎えにきた”……と…
疑わしくはあったが、大好きな両親の身を案じて男に近づいてしまった。
そこから先は覚えていない。あるのはニヤつき醜悪な男の顔と想像を絶する痛みの世界だった。
───
──
─
「どうして…」
少女にドス黒い感情が芽生える。
「どうして…どうして……私なの…」
男への強い敵意、助けてくれない大人たち、声をあげても救ってくれない世界…
「みんな…みんな…大嫌い!」
金属プレートが眩い光を出し文字が浮かび上がる。
「見せてくれないか」
少女はアスランに金属プレートを手渡した。アスランがその文字を見ると驚愕の表情を浮かべる。
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