第6話親友とは

 結局あの後も、矢木澤は休み時間の間にちょくちょく話しかけられていた。

 俺以外の奴には全員優しく振る舞っていた……。

 でもその会話を聞くと、ものすごい”壁”を感た……。


「んー……」


 今年一年になった生徒は、一週間の仮入部期間がある。

 でも別に入りたい部活もないしな。

 今日はもう帰ろうと決めていたはずなのに、俺の足はコミュ部に向かっていた。

 

「何でまた来てんだ、俺は……」


 どうせ人が来ないのは分かり切っている。

 なのにまた足を運んでしまう……。

 扉を開けて、中に入ると。


「あ! ……あぁ……」


 ここまで一瞬で人のテンションが下がることがあるだろうか?

 そこには昨日と同じように、矢木澤が本を読んで座っていた。

 

「はぁ……、あなたまた私に馬鹿にされに来たの? マゾなの? ドMなの?」


「どっちでもねーし、どっちも同じ意味だろ!」


 意外だった……。

 もう来ないと思っていた矢木澤が、またここに来ているなんて。

 いや……。

 もしかしたら俺がここに来たのは、心のどこかでまた、矢木澤がこの教室にいるんじゃないかと、期待していたからなのかもしれない。


「何でここにいるんだ? もう来ないと思ったけど?」


「何であなたにそんなこと話さなくてはいけないの?」


 それもそうだな……。

 コイツが俺の質問に、素直に答えてくれるわけないよな。

 

「そうか……」


 俺はそういって、これ以上詮索はしなかった。


「……」


「…………」


「………………」


「……………………」


 沈黙が続く……。

 でも俺には気の利いた話や、面白い話ができる人間じゃない。

 そんなこと出来たら、今頃友達ができているだろう……。

 そんなことを考えながらも、俺達は何もしゃべらずに5分ほどたった。

 最初に口を開いたのは、矢木澤だった。


「その……あなたはこの部活に入るの?」


 矢木澤に質問されたことに、少々驚いた。


「いや……誰かほかの奴が入れば、もしかしたら入るかもしれん……」


「そう、じゃあ入るってことね」


 いや人の話聞いてたこの人?


「いやいや、今のところ誰も入る気配無いだろ」


「私は入るつもりだけど?」


「え?」

 

 意外過ぎて、思わず声が出る……。

 彼女の人当たりの良さなら、別にこんな部活に入らなくても友人ぐらい作れると思ったからだ。

 

「いや、昨日は入らないみたいなこと言ってなかったか?」


「――気が変わったのよ」


 早すぎる気の変わりようと、なぜ彼女がこんな部活に入るのか、二つの意味で驚いた。


「どうして入ろうと思ったんだ?」


 そう聞いてみたものの、またさっきのように何も答えてはくれないと思っていた。


「そうね……私、親友が欲しいの」


 答えてもらえないと思っていた返答は、意外な言葉だった。

 そして、そう言った矢木澤は、どこか悲しそうだった……。


「親友? 友達じゃなくてか?」


「えぇ、友達なんて薄っぺら関係じゃなくて、親友という分厚い関係……。私がずっと欲しかったもの……」


 親友……。

 考えたこともなかった。

 親友以前に友達がいないから、そんなものを欲しいとも思ったことがない。


「親友ってなんだ?」

 

 つい気になったことを聞いてしまう。

 親友という定義のないものが、どういうものかを知りたかったから……。


「そうね……。一言で表すなら、”壁のない関係”かしら?」


「壁?」


「えぇ、友達という関係には、薄かれ厚かれ”壁”が存在すると思うの……。でも親友という関係は、その壁を無くせた関係。相手のいやなところも許容きょよう出来て、一番に信頼しあえる関係……」


「そんな理想の関係になれる奴なんて、いないだろ……」


 そう……。

 かつての俺と矢木澤もそんな関係に”近かった”気がする。

 でもどこかで遠慮したり、信頼していない部分があった。

 

「確かにお前、今日クラスの奴に話しかけられてたけど、壁があったな。聞いてる俺にも分かったぞ」


「えぇ、最初はそんなものよ。まあ一番壁が分厚いのはあなたね。あなたとはベルリンの壁ぐらいあるわ」


 まさかこの流れで、そんな皮肉を言われるとは思わなかった。

 でも、そんな言葉も悪い気はしなかった。


「そうかい、じゃあまた明日な……」


 そういって教室を後にする。

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