剣聖の一番弟子

明通 蛍雪

第1話

 青い芝の上に二つの影が立つ。心地のいい風が二人の間を抜け、短い芝を揺らしていく。

「勝った方が、次の剣聖だ」

 真紅の髪を短く切り揃えた青年、ザジは呟く。

「文句なしの一本勝負。それで決めよう」

 その呟きに答える金髪の少女シャロン。腰に刷いた剣に手をかけ立つ姿は凛としている。

「ああ」

 短い会話の後、二人は剣を構える。成人になった時に用意されたお揃いの剣。幼い頃から同じ師を持ち、同じ流派を学んだ二人。鏡写しのように同じ構えを取る。

「「はぁっ!」」

 風が止んだ瞬間、二人は裂帛の気合と共に動き出す。顔の横に構えられた剣は鋭い剣閃を描き、お互いの顔を射んと突き進む。

 二人の攻撃は完全にシンクロし全く同じ軌道を行く。頭を傾け剣先を躱す。頰に浅い切り傷ができるも二人は気にしない。

 一撃では終わらず繋ぎの攻撃が繰り出される。突き技からの袈裟斬り。肩から脇腹にかけて斜めに斬り下ろす。

「ザジ、そんなんじゃ剣聖にはなれないぞ!」

「シャロン。まだ喋る余裕があったのか。ならもっと上げるぞ!」

 ザジの袈裟斬りを受け止めたシャロンの腕は血管が浮き出るほどに握り込まれている。ザジもシャロンの剣を抑えるのに全力を注いでいる。

 二人の実力は互角。技術の差は全くない。

「はっ!」

 ザジはペースを上げ攻勢に出る。相手に攻撃の隙を与えない連撃。剣から放たれる風圧に芝が揺れ、切っ先に触れたところに傷ができていく。

「どうした、打ち込んでこい!」

「くっ」

 シャロンはザジの剣を受け止めるのに夢中で言葉を返す余裕もない。ザジの連撃は速いだけではない。重く、剣を握る腕に確実にダメージを蓄積していく。

「お前に剣聖は任せられないな!」

「なっ、なめるな!」

 ザジの一言にシャロンはキレる。

 ザジの連撃を弾き返し距離を取ったシャロンは肩で息をする。

「お前の手は剣を握るための剣じゃない」

「お前にだけは言われたくない。私が何故剣を握るのか分かっているはずのお前だけには」

「知っているからこそ、今日俺はお前の中の剣を折る」

「やれるものなら、やってみろ」

「聖技……」

 シャロンの挑発に応えるようにザジは再び構える。これまでの構えとは違う、必殺の構え。剣聖が持つ剣の奥義、聖技。

 その構えに、ザジの放つ剣気が視覚化する。剣が鈍い光を放ち今にも力を解き放とうとザジの手の中で暴れる。

「その技、いつの間に」

「今日、お前を倒すためにとっておいた」

「今までは本気じゃなかった……?」

 ザジとシャロンのこれまでの戦績は互角。どちらも勝ち越さない状況がずっと続いていた。

「聖技を習得しているのが自分だけだと思うな!」

 シャロンはそう言うと剣を下に構える。雰囲気が変わり、こちらも剣が光を放つ。

 斬りおろしのザジに対し、シャロンは斬りあげの構え。完全な力勝負になる技にザジは苦笑いを浮かべる。

「行くぞ!」

 お互いの放つ光で二つの影が背後に伸びる。二人が動き出し、剣同士がぶつかる瞬間、剣の纏う光が最大限に達し視界を完全に遮る。

「参った。俺の負けだ」

 光の放流が止まった時、既に勝負はついていた。

「いや、私の負けだ」

 剣を振り上げた姿勢で止まるシャロンと刃をシャロンの首元へと向けるザジ。しかしザジの剣は半ばから折れている。

「光に目が眩んで隙を見せた。その後の攻撃に繋げられなかった」

「いや、剣を折られた時点で俺の負けだ」

「何!? 強情な奴だな。私の負けでいいと言っているだろ!」

「そうか。俺の勝ちか。なら俺と結婚してくれ」

「それでいい……は?」

 ザジのいきなりの求婚に疑問符を浮かべるシャロン。

「本当はちゃんと勝って言おうと思ってたんだけど、これじゃあカッコつかないな」

「い、いや、今なんて?」

「ん? 結婚しようって言った」

「私と、お前が?」

「そう。ずっと前から好きだった。だからお前を戦いから遠ざけたかった」

「ザジ……」

「でも、俺は勝てなかった。お前を説得できる力は俺にはなかった」

 少し、というかかなり落ち込んでいる様子のザジ。自信があった聖技を防がれた挙句剣を折られたのだ。それも長年ライバルとして切磋琢磨してきたシャロンに。

「これが勝負ではなく戦いの世界だったら、私の首は飛んでいた。私が剣を握らない選択をすることはない。なら、お前が私を守ればいいだろう。それで私がお前の背中を守る。二人で歴代最強の剣聖を目指せばいいだろう」

「シャロン……」

「だから、その。結婚の話は、ちゃんと考えておく」

 最後の部分は恥ずかしそうにそっぽを向いて言うシャロン。ザジからは背中しか見えていないが、シャロンは耳まで真っ赤になっていた。

「ありがとう。お前は俺が死んでも守る」

「お前は死なないよ。私が守るんだから」

「そうか。なら、俺たちは最強だな」

「ああ。二人なら師匠や先達にだって負ける気がしない!」

「そうだな」

 剣をしまった二人は、いつものように拳同士を合わせる。お互いの健闘をたたえながら。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣聖の一番弟子 明通 蛍雪 @azukimochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る