第16話 スーパーな対応を期待してはいけない

「強いて言うならお一人だけ……このパーマの女性の方は、見た覚えがあるようなないような」

「名前とか住所とか、分かりませんよね?」

「残念ながら」

 答えて事務所だか案内カウンターだかに向かいそうな気配の大西店員に、俺はもう一つだけ頼んだ。

「ついでに。この子に見覚えは?」

「え? ないわ」

 そのまま行ってしまった。その場でネギの匂いを鼻で感じつつ待つ間、節子が俺のズボンを引っ張った。

「何だ?」

「よくあんなでたらめが言えるなと思って。びっくりしたよ、前もって言ってくれないから」

「探偵と名乗るよりは警戒を解いてもらえそうだし、おまえぐらいの年頃の子供を平日のこの時間に連れ歩いていてもおかしくない理由を伝えた。なかなかの名脚本だと思ったんだがな」

「それは認めるけれどもさ」

 節子が返事したそのとき、案内カウンターから一人の男性が小走りでやって来た。

 おでこが広く、鼻髭を蓄えた勝俣かつまたという男性は、頬を震わせながら聞いてきた。

「すみません、もう一度、同じ話をしていただけますか」

 それくらいどうってことはない。俺はほぼ正確に、大西店員にした話を繰り返した。そして似顔絵を見てもらう。

「いや~、これでも他人様の顔を覚えるのは苦手じゃないと思っていましたが、この中に記憶にある人物はおりません」

 期待薄だが、節子の背を押して少し前にやった。

「この子はどうでしょう? 見たことないですかね」

「……いえ。私、ここ数年はほとんど案内係を務めておりますもので、案内カウンターに来られた方のお顔は覚えているつもりですが、そうでないと……はい」

「そうでしたか。お手数を掛けさせてしまい、申し訳ない。あと一つ、防犯カメラの映像を見るのは無理でしょうね?」

「は、まあ、難しいですね」

「弱ったな。何かいい方法ないですかね。見付けるためにずっといる訳にもいかないんで」

「私どもといたしましても、何かお手伝いできればよいんですけれども」

 よし、この手の台詞を待っていた。早く引き取らせたくて出たフレーズだろうが、悪いが言葉尻を捉えさせてもらおう。

「お手伝い、ということでしたら、先程の似顔絵の人物が来店した場合、連絡をいただけませんか」

「あ、はあ、まあ、それぐらいでしたら」

「お願いします」

 両手を握りしめ、深々とお辞儀。連絡先の電話番号を教えて、引き受けさせることに成功した。

 どれほど役立つか分からんが、こうしてわざわざ足を運んだからには、打てる手は何でも打っておく。

 礼を述べて、店を出た。レンタカーに戻ってから、節子がまた俺の袖を引っ張った。

「何だ? 欲しい物でもあったか」

「違うよ。今歩いていて、思い出してきたの。一度だけ、亀山が運転してきたことがあって、あんまり慣れてない感じだった」

「亀山って、先生役の奴だな。それで?」

「慣れてないから、道順を確認してたんだと思う。タブレットの画面に地図を出して眺めながら、指を宙で動かしていた」

「まさかその地図と指の動きまで覚えているとかはないよな」

「それは無理だけど、地図から顔を起こした亀山が、実際の風景で確認するみたいに、ぐるーっと見渡していた。それで最終的に見たのは、あっち」

 節子は腕を伸ばして一方向を指差した。


 続く

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