第13話 資料と試料の交換

「藍染君、こっちだ」

 軽く手を振ると気が付いて、コントの忍者走りみたいな早歩きで近くまで来た。元々縮れ毛なのが、寝癖なのか洗髪後にまともに乾かさなかったのか、爆発気味になっている。それでも無精髭のないところを見ると、一応、身だしなみには気を遣っているようだ。

「知り合いがいるかもしれないんですから、手短に願います」

 血走った目で言われた。この充血は深夜のゲームに加えて、俺の頼みのせいもあるんだろうな。

「手短と言っても限度がある。まず彼女が、言っていた子だ」

「名前とか年齢とか全然分からないんですよね」

「ああ。本人の感覚では十二ぐらいか?」

 俺は節子に目を向けようとしたが、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。

「心配するな。こいつは警察と言っても、ちょっと部署が違う。ちゃんと言い含めておいたから大丈夫だ」

 俺の言葉で多少は安心したのか、遅ればせながら「十二歳ぐらいだと思ってる」と答えた。

「該当する事件はありました。まさしく十二年前。詳しいこと――と言っても内部資料にアクセスするのはやばいと思ったんで、公にされている概要だけですが、プリントアウトしてきましたよ」

「写真を撮ってメールでもよかったんだが」

「端末のバッテリー、長持ちさせたいんじゃないんですか」

「おお、それもそうだ。気が利くな」

「まったく。早く試料をください」

 紙袋ごと渡してやった。中はゴミ袋が大部分を占めている。

「ゴミ出しの袋の中身は、この子の着ていた服一式。それと靴から採取した土の類をジッパー付きの小さなビニールに入れてある」

「この子のDNAが採れそうな物はいいんですか?」

「それは今から頼む。正式な捜査じゃないからって、勝手には採れん」

 とは言え、DNAについて一から分かるように説明していては、膨大な時間が掛かるに違いない。

「DNAというのはな、犯人の連中を突き止めるとの、おまえの産みの親が誰なのかを知るために必要なんだ。できればでいいんだが、おまえのDNAを採取したい」

「……どうやったら採取できるの?」

「綿棒みたいな物で、口の中を擦れば採れる」

「……分かった。いいよ」

「よし、いい子だ。――藍染君、キットは持ってないか?」

 藍染は首を左右に振った。だよな。前もって言っておけばよかったんだが。家から持参した綿棒とジッパー付きの袋を出して、これで頼むと藍染に渡す。

「朝も早くから、往来でこんなことをする羽目になるとは。小さな子相手に変なことしてる風に見えませんかね?」

「歯磨きメーカーの街頭宣伝だと思ってやってくれ」」

 藍染は愚痴をこぼしながらも、真剣かつ素早くやってくれた。

「これで全部ですね? じゃ、急ぎますんで。結果が出るのはいつになるか、確約もできません。本来業務優先」

「もちろんだ。でもとりあえず、一日に一度は連絡をくれないかな」

「こっちの台詞です。こんな大事に巻き込んでおいて、音信不通はなしですよ」

 結局、連絡は基本的にこちらから入れることになった。

 人混みの中を縫うようにして急ぐ藍染を見送ったあと、俺達は近くのコーヒーショップに入った。似顔絵作成のためだ。


 続く

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