第9話 刑事が探偵になるまで

 再就職先の企業がおかしなことをやっている。

 俺だって端から怪しんだのではなく、偶然にもあるテストの数値がおかしいことに疑問を持った。調べてみたら商品開発の途中で、強度検査の計測結果をいじっていた可能性が高いと判断した。偽装だ。

 ただ、「偶然にもそうなった、たまたまよい数値が連続して出た」と強弁されれば、半可通の俺にはどうしようもない。相談役という立場上、下手に外部に訴え出るのも難しい時代だった。証拠を探したが、見付からないまま解雇された。建屋の中でうろうろ動き回ったのが、怪しまれたらしい。

 その後、くだんの企業が警察OBを受け入れたという話は聞かない。また、問題の商品がいまだに販売されていないところをみると、“何らかの事情”で取り止めになったのだろう。

 その意味では、俺の行為も無駄ではなかったと思えるが、一方で告発せずに済ませてしまったことが、ずっと引っ掛かっている。そんな状態で探偵を始め、ありとあらゆる素行調査をやっても、身が入らなかった。

 今目の前に突然転がり出た誘拐事件と殺人事件。これを解決することは、転機になるかもしれない。


 深夜だったが、あいつなら起きているだろうと電話を掛けた。案の定、コール一回で出た。

「なんすか。非常識な」

藍染あいぞめ君、今いいか?」

「妖怪退治してたとこ。あんたの名前が表示されたから、仕方なく抜けましたよ」

 よく分からんが、オンラインゲームのことを言ってるんだろうと思う。

「頼みたいことがあるんだ」

「嫌だなあ」

「俺からの電話と分かって出たからには、それくらい覚悟してくれなきゃ」

「今のは決まり文句。さっさと用件言ってくださいな」

「警察を辞めた俺が内密にっていうのも変だが、調べてもらいたい試料がある」

「はあ? バリバリの規則違反になりますゼ」

 何か飲みながら話しているらしく、時々妙なアクセントになる藍染。

「今さらよく言うよ。昔はしょっちゅうだったじゃない」

「それは言いっこなし。引き受けなくもないっすけど、まず事情を聞きたいな。正式な事件化が難しそうな事案で?」

「いや、現段階でも多分できる。確証はまだだが嘘とは思えんのでな」

「嘘って?」

「そこも秘密だ。で、事件になりそうなのに、それを待たずに藍染君に頼もうっていうのには、訳がある」

「嫌な予感しかしないっす」

「一種のアリバイ証人になってくれ。今、俺は誘拐の被害者と一緒にいる」

「何ですと?」

 叫ぶように言ったあと、がたんと椅子でも倒れる音がした。びっくりして腰を上げた拍子に椅子を蹴飛ばしたんだろうな。本当に驚いたとき、藍染はこんな反応をする。昔から変わっていない。

「ちゃんとした名前は分からん。何せ十何年か前に、産科からさらわれたみたいだからな」

「……その秘密を僕に背負えと」

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