第8話 久しぶりの“客”

 と、新たな方針を決めた矢先、目の前の節子が眠そうにしているのに気付いた。

 そうか。十二歳ぐらいなんだよな。どんな苛烈な経験を経ていようが、育ちは子供なのだ。忘れそうになっていた。


 タクシーを使って自宅に帰り着いたのは、午前0時をとうに回っていた。途中、寝間着などの着替えと歯ブラシを買いに寄ったので、少し時間を食ってしまった。

 運転手の目には、俺と節子がどう映っただろうか。親子ならいいが、祖父と孫だとちょっと嫌だな。

 広い一戸建てに、二人目が入るのは久しぶりのことだった。今にも眠ってしまいそうな節子を、腕を引っ張るようにして立たせ、先に入らせる。玄関戸を閉めるときは、念のため往来に人影がないかを注意した。大丈夫、誰もいない。

 ドアの鍵を掛け、これまた念のためにチェーンロックを掛けておく。こんな鍵、悪意ある連中がその気になれば簡単に入って来られるだろうが、気休めと時間稼ぎにはなる。

 浴室の隣にある洗面台で歯磨きをさせている間に、日本間に布団を敷いてやって、寝間着のことを忘れていたので渡しに戻る。

 ついでに、「今から風呂は遅くなるから、シャワー浴びるか?」と聞いたが、節子は歯磨きをしながら首を横に振った。もごもごとした口ぶりで「寝たい」と言ったようだった。

 俺が女だったら、服の下に、虐待のあとがないかどうかを見るために、躊躇なくこの子の身体を調べるところだ。なるべく早くに病院に連れて行くか。それで痕跡が見付かって、俺が虐待を疑われたらたまったもんじゃないが。

 ただ、寝間着に着替えたあと、脱いだ服の方は一通り調べておきたい。もしかしたら、節子が目撃したであろう殺人に関する何らかの証拠が残っているかもしれないからだ。詳しい検査が必要と判断できたなら、保管した上で、昔の伝を頼ってみるつもりでいる。いや、今の科学なら微細な遺留物も検出できるはずだから、保管は必須か。

 五分ほどしたら、節子が日本間にやって来た。眠気のせいか、急に無口になったようだ。布団に入るよう促し、明日の服はここだぞと枕元を指差してやっても、反応がぼんやりしている。

「おやすみなさい」

 ただ、これだけははっきり言った。こちらが返そうとしたときにはもう眠ったようにも見えたので、そのまま部屋を出る。


 現在、探偵をやっている俺だが、実質的に無職と変わりがない。依頼がないとか稼ぎがないとかではなく、やり甲斐や情熱、この仕事にのめり込めるかどうかという観点で、アルバイトみたいなものに感じてしまう。

 だからといって、金がない訳ではない。なかったら、帰宅にタクシーなんて使わないし、ガキに服を買うのだって惜しんだろう。

 故あって刑事を辞めたとき、そこそこの退職金を貰った。そのあと、天下りではなく真っ当なルートで、ある企業の相談役に就いた。そして真っ当な仕事をして、それに見合った給料を貰っていた。

 そのつもりだったが、当の企業が真っ当でないことに手を出していた。

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