第6話 名前と飯

「?」

 意味を解しかねたのか、きょとんとするナナフシ。初めて、年齢相応の顔つきを見せたんじゃないか。

「子供にしちゃあ、なかなか人を見る目があるぞ。実はな、俺は元刑事で今は探偵をやっている。仕事として、復讐の手伝いをしてやろう。殺すのまでは無理だろうが、誘拐犯と先生役を警察に突き出して、司法の場でしかるべき罰を与えさせるくらいならな。警察と関わりたくないってのもちょっとかなえられそうにないが、おまえさんに罪はないことを全力で証明してやる。

 まあ、言い方が難しかったかもしれんが、要するにできる限りのことはするって意味だ。そしておまえは依頼料を身体で払う、つまり、俺の助手をやれ」

「……」

「嫌なら、こっちも仕事はしない。話だけ聞いてやろう。でもその場合は、夜が明けるまでだな」

「嫌なんてことあるもんか。手伝ってくれるんなら、何でもするよ」

 話はまとまった。

 となると、まずはガキの名前を仮にでも決めねばな。会話するときにナナフシでは、周囲から怪訝がられる。

 そういう意味のことを伝えたら、ガキの方から希望を出した。

七尾節子ななおせつこでいいよ。ところでおじさんの名前は?」

「ん? 言ってなかったか」

 俺は自己紹介をした。生憎、名刺を切らしていた。


 動き回るには時間帯が深いし、ガキ、じゃなかった七尾節子に腹ごしらえをさせてやろうと思い、ファミリーレストランに入った。

 念のため、ニュースの類をネットでチェックし、この“七尾節子”が行方不明者として報じられていないことを確認済み。非公開捜査で警察が動いているとかでない限り、俺が不審人物としていきなり拘束される恐れは低いだろう。

 入ったのは、各テーブルにタッチパネル式の端末が設置され、そこから注文できるシステムのチェーン店だ。説明にきた店員には下がってもらい、節子に聞く。

「何でも食っていいが、その前に、一日三度の食事とおやつぐらい、食わしてもらっていたのか?」

 栄養失調状態でいきなりたらふく食べると、身体に悪いという話を聞いたような気がする。念のためだ。

「うん。量はちょっと少なめだったと思うけど。ぶくぶく太ったら、おとり役にならないって言っていた」

「――」

 あー、また胸くそ悪い。ビールでも流し込みたい気分だが、我慢だ。コーヒーを選択する。

「ふうん。こんな仕組みになってるの」

 タッチパネルによる注文が珍しいらしい。いや、多分、今までに店に来て食事をする機会自体、ほとんどなかったのではないか。

「初めてか。でも、パソコンを触ったことあるんだったな。できるんじゃないか」

「やってみるよ」

 冊子になったメニューから一つに決め、節子は機械の操作を始めた。最初から物怖じしない手つきで、ぱぱっと決めていく。

「これでいい?」

 チーズハンバーグセットが注文籠に入っていた。

「合ってる。ただ、白飯は大盛りにしなくていいのか。増やしても値段は変わらない」

「そうなの? でもいいよ。別にこの身体付き、嫌いじゃないから」

 そういって自身を見下ろす節子。暗い場所では痩せ気味に見えていたが、ライトの下ではまだ比較的健康体で、心配するほどじゃないようだ。ほっとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る