第4話 問題教師

 多分とは何だ。曖昧な返答に声を荒げそうになったが、すんでのところで思い止まった。いくら周辺に人の気配がなく、今が夜遅いと言ったって、声のボリュームがでかくなったらどうなるものか分かりゃしない。

「どうしてそんな自信なげになるんだよ。誘拐一味の誰かが、先生役じゃないのか」

「多分と言ったのは、その人が、誘拐されてきた子を教育してるんだという自覚があったのか、分かんないからだよ」

「つまり何だ、その先生役もどこかから連れて来られて、強制されて勉強をおまえに教えていたというのか」

 恐らくこの想像で当たりだろうと思っていた。しかし、ガキの口からは想像の埒外の返事があった。

「違う。そいつは、親切でもいい先生でもない。単に誘拐に協力していないというだけで、くそ野郎には変わりないよ」

「……続き、話せるのか」

 別の想像が浮かんだ。ここまで外してきているから、当たっているかどうか分からないが、心配になる。

「慣れたから話せるよ。心も体も傷つきまくってる。ヤスリでできた下り坂に何度も突き飛ばされ、下まで転げ落ちたくらいにね」

 感情の高ぶりを見て取った。どこか落ち着ける空間に場所を移したいが、安全を確保できるところは思い浮かばない。下手を打てば、俺が誘拐犯扱いされる。

「よくしゃべって、喉が渇いたんじゃないか」

 せめて飲み物を飲ませてやろうと、自動販売機まで行くことを提案した。これには素直に着いてくる。


 どちらかっていうと蒸し暑さを感じる夜なのに、ナナフシを名乗るガキは温かい飲み物を欲しがった。当然、売ってない。

 幸い「常温」のコーヒーで甘いやつがあったので、それにしてやった。ミニボトルタイプのキャップを開くと、乾いた音が意外に大きく聞こえた。手渡してやると、両手で包むように持つ。

 そこそこ飲んだであろうタイミングを見て、俺は確認をした。

「冷静になれたか? 今でもまだ話したいなら、聞く。そうじゃないなら、やめておけ」

「……話すよ。今の勢いで言っておかなくちゃ」

 このあとナナフシは、先生役が自ら語ったという裏事情を、ぽつりぽつりと述べた。俺の方で補いつつ、話をまとめると次のようなところだろう。

 先生役は三十になるかならないかの男で、神経質そうな痩せ型。本当に小学校教師だった過去があるらしい。

 問題を起こして辞めたが、表向きは軽微な理由とされ、教員免許の剥奪にはならなかったという。それでも特別なコネや後ろ盾のない男に同じ教職での再帰は難しく、ぶらぶらしていた。

 そんなときに一味から声を掛けられ、仲間に誘われた。協力すると決心したのは、教え子に手を出して職を追われた小学校教師を教えてくれたら謝礼を払うと言われ、心を動かされたから。

 同じ辞めさせられた教師と言っても、自分は熱心さのあまり行きすぎただけであり、性的悪戯やのぞき等をやらかした連中と一緒にされるのは、非常に迷惑でむかついていた。誘拐一味はそういう奴らを罰するのが目的だと言った。だから協力を決めた。

 何も知らない幼稚園児ぐらいの年齢の子(“ナナフシ”のことだ)に教育を施してやれと言われたときは、危険な香りを嗅ぎ取りながらも、これはこれでやり甲斐のある役目だと感じた。自分が立派で優秀な教師なんだと示す絶好のチャンスだと考えた。

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