第2話 長い誘拐
要領を得ない。表情から推して、俺をからかっているのではないはず。これがもし演技なら、将来は役者を目指すべきだと、保護者に助言するね。
「誘拐犯は何人だった?」
「三人。その内の一人が、死んだ。仲間割れじゃないかと思う」
「住所は? 犯人のアジトじゃないぞ。おまえの家の住所」
事実だとしたら手に余る。嘘っぱちであってくれた方が、ましなくらいだ。だからここでようやく冷静になって、家に帰すという選択肢を採った。
「知らないおじさんに答える訳ないでしょ」
俺は呆れるあまり、ちょっと噴き出しそうになった。堪えて、真顔に怒りの色を足す。
「ここに来てそんなことを言うのか。訳ありっぽいから聞いてやったのに、本当に警察を呼ぶしかなさそうだな」
「訳を話すのは嫌なんだ。少なくとも今は」
「だめだ。そんな理屈は通らない。余計な知恵を授けるから言わないでいたが、おまえの出方次第では、俺が警察に御用になる危険がある。そういう世の中になってるって、知ってるだろう? だから本気で助けて欲しいのなら、隠し事はなしだ」
「……じゃあ言う。自分が誘拐されたのって多分、十年以上前のことで、つまり、育ての親が誘拐犯人なの」
突然の重大情報に、頭がすぐには追い付かなかった。
「何? 待て。えっと」
十年前だと? もしかして生まれた直後に産院からさらわれたってやつか?
しかし……十年ほど前に発生し、今も未解決の乳児誘拐事件があったろうか?
「とりあえず、だ。どうやっておまえはそのことを知った?」
「ネット検索。赤ちゃんの特徴が、おんなじだと思った」
ガキは服をずらして、左腕の肩口付近を諸肌見せた。
「この四国かオーストラリアみたいな痣が、生まれたときからあったって」
言葉の通り、腕には痣があった。予防注射を打つ場所に近い。大人の指三本で隠れるほどの大きさだ。
「……おかしいな。こんなにも特徴的な印があるんなら、健康診断か何かで病院に連れて行ったとき、すぐに誘拐された子だってばれるはずだ。一度も病院に行かなかったのか」
「記憶にない。健康優良児だったのかな」
そういうガキは、見たところ痩せ気味で、血色もよいとまでは言えない気がする。さっき咄嗟に名乗ったのであろうナナフシと、イメージが重なる。
「分かった。とにかく俺一人では手に負えない。不確かなことが多すぎる。警察に行って、事情を話すんだ」
「警察、本当は嫌なんだよね。逃げ出したあと、真っ先に警察に行かなかったのは何でだと思ってるのさ」
「今まで、何らかの犯罪の片棒を担がされてたんだろ」
恐らく児童売春、万引き、泥棒、詐欺辺りだろう。そんな想像をしていた俺の耳へ、ガキがぽつりと言った言葉が飛び込んできた。
「うん、一番酷いのは人殺し」
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