Sarai

小石原淳

第1話 Sarai

 公園入口の車止めポールに腰掛けて休んでいると、影がふっと差した。今夜は曇り空で、月も星も出ていない。外灯のある方に目を向ける。深夜にふさわしくない、ガキが立っていた。

 今時きれいなべべとは言わないだろうし、流行り物には詳しくないので分からないが、赤と白が目立つひらひらした何とも軽そうな格好だなという印象を持った。


「ねえ、おじさん。買ってよ」


 普段なら端から相手にしない。「何を」と聞き返したのに気まぐれ以外の理由があるとしたら、運命だったのだろう。


 ガキは右手の親指で自身を示しながら、「身体」と答えた。

「気の毒だが断る。そんな物に払う金はないからな」

 辺りを見渡す。暗さで断言はできないが、近くに人がいる気配は感じられない。いわゆるおやじ狩りや脅しのネタ作りなんかではなさそうだ。


「何でもするよ?」

「――とりあえず、名前と年齢を聞こうか」

「名前は……ナナフシ。年齢は二十歳で」

「嘘つけ。悪の組織に改造されて、成長が止まったってか」

 見たところガキは十二歳ぐらいか。小学校高学年か中学に入っているのか、ボーダーライン上だ。まあ、どちらでも一緒だが。


「そうそう。だから法律気にしなくて大丈夫」

「あのな。だいたい何で俺に声を掛けた? 買ってくれるように見えたか?」

 答を聞く前から何だか腹立たしさを軽く感じた。腰を上げて大人の背の高さ、身体の大きさを見せてやる。と、思考が子供レベルなのは、多少酔っ払っているせいに違いない。


「優しそうに見えた。この人になら、どう扱われても平気に思えたから」

「また嘘だな。マニュアルでもあるみたいじゃないか」

「……」

 ガキが押し黙る。マニュアルという単語を理解できなかったのか、それとも図星だったのかは判断が付かない。

「残念なお知らせだ。俺の友達に刑事がいるんだが、呼んでもいいよな」

 スーツの皺を気にしつつポールに座り直し、電話を探す仕種をした。追っ払うために言ったのだが、案に相違してガキはその場を動かなかった。


「いいよ。現行犯で捕まえてくれて。あれ? 逮捕じゃなくて補導になる?」

「――訳ありか。時間をやるから話せ」

 まだ頭の中では、面倒に自ら飛び込むのはやめておけというシグナルが鳴り止んでいない。ぶっきらぼうな口調に終始したのは、ガキが話すのを躊躇することを期待していたのかもしれない。


「誘拐事件が起きたの、知らない?」

「……聞いてないな」

 本当だ。全く報道されていない。ガキは「そっか。意外と有名じゃないんだね」と無表情に語り、自分が誘拐されたのだと主張した。

「誘拐されたのが本当なら、今どうして自由に出歩いているんだ」

 この当たり前の疑問に対し、ガキは当たり前のように答えた。


「犯人の一人が死んじゃってね。それで逃げられたの」

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