第30話 厄介事と報酬


 しかし、お城にハイル様もキャリーも不在。

 ハイル様はソロ冒険中らしい……おい王様!

 キャリーは新規さんのお出迎えだそう。

 NPCの兵士さんは笑いながら支度金を手渡し、その間にフローラさんがやってきて、城門の中の一室に案内されバアルさんの冒険者登録を行ってくれた。


「こちらが冒険者登録の書類です。お名前を書くだけになります。登録が終わりましたら、冒険者用の通行証をお渡しします」

「は、はい」


 つい一ヶ月前の事なのに、なんだか懐かしい光景だ。

 私もこうして冒険者になったんだよね……。

 ……ふふ、ちょっと先輩気分。

 ここに来た順番的にはバアルさんの方が先輩だけど。


「こちらが冒険者用の通行証です」

「ありがとうございます」


 バアルさんは手渡された通行証を、どこかキラキラした瞳で見下ろしていた。

 気持ちは分かる。

 なんか、こう、この時になると……『始まる』って感じがするんだ。

 ゲームを始めた時は感じなかったワクワクした気持ち。

 それを感じられるようになった、余裕が出来た証拠。


「それと、シア様」

「は、はい?」

「なんという強運……いえ、不運? 実はご連絡しようと思っていたのです」

「え? な、なんですか?」


 ちょ、フローラさん?

 なんですかその言い方!

 それに、お城から私に用事?

 えぇ……嫌な予感しかしないんですけど……?


「……お入りください」

「チィーッス!」

「…………。それじゃあ、私たち冒険者支援協会に寄るので失礼します」

「待って待って待って! おれも行くから連れてって!」

「なんでよ!」


 現れたのはチナツくんだ。

 待ってほしい、この人昨日リアルに強制送還されたのでは!?

 フローラさんを睨むと、頭を抱えられる。

 まさか! チナツくん関係の用事だったと!?


「実は昨夜、陛下と『マスター』がこの方を交えてお話した結果、特定の条件下でならお姉様の探索を許可すると決定致しまして……」

「はあ!? いやいや、この人この世界の人に近づけてはダメな人種ですよ!?」

「なにそれどーゆー意味だよーぅ! こんなに人畜無害なのに!」


 そういう思考回路の人種が一番無意識に他人を傷つけるんですぅー!

 だから大人しくリアルに帰ってくださいリア充人格ー!

 今こうして会話してる時点でも、じわじわと精神的に疲弊する!


「一応『エージェントプレイヤー』として、他のプレイヤーさんに協力する事が条件となっており……」

「というわけでまずはアバターを鍛える事になったんだよねー!」

「他のエージェント同様、リアルの方を優先してくださるのならという事で……」

「シア、旅立つって言ってたじゃん? おれがついてってあげるよ!」

「説明の最中ですので、チナツ様は黙ってくださいませんか?」

「……」


 い、いらない。

 とてもいらない、このエージェント協力……。

 バアルさんは……あ、ああ、やっぱり呆然としてる。


「えっと、つまりリアルを優先するならエージェントとして活動しても良いって事ですか?」

「学校が終わってから夜十時までログインして良い事になった! 土日祝日は六時間まで! お給料はなし!」


 条件って時間制限!?

 しかもこんなスキルツリーもまともに開けてないくせに!?

 いや、スキルツリーを『賢者』になるほど開けてても、微妙に役立たずなエージェント知ってるけど……!


「少なくとも、『エージェントプレイヤー』のアバターは不足しがちですから……育てて頂けるのならその方が助かるのです。しかし、建前としてプレイヤーに協力してもらわねばなりません。……今回はなんというか、逆にプレイヤー側からの協力が必要、のような形ですが」


 ホントにね!


「シア様は他のプレイヤーさんよりも比較的安定しておられますから、ぜひに……。もちろん、報酬は支払います」

「え! 報酬が頂けるんですか!」


 それなら話は変わってくる!

 どんな報酬か、前のめりになって聞き返す。

 フローラさんは三つの箱をアイテムボックスから取り出した。

 宙にシャボン玉のようなものに覆われた宝箱が浮かぶ。


「右端は月額報奨金、千円」

「! つ、月千円!」


 リアルならバカにしてるのか、と思われそうな金額だけど、チナツくんの相手は時間制限。

 それに、多分毎日ではない。

 この世界の物価を思うとなかなかの金額だ。

 わ、悪くない。


「真ん中は特殊スキル『エージェント特定』。擬態しているエージェントや迷子になりそうなエージェントの位置を特定する事が出来ます」

「……い、いらない……」

「なにもチナツ様に限定はされておりません。この世界の様々な国にエージェントプレイヤーは点在しています。特に擬態したエージェントプレイヤーの特定は難しい。それが分かると、当然エージェントプレイヤーからもたらされる恩恵が受けられるはずです」

「!」


 ロディさんの言ってたNPCに扮したエージェントプレイヤー……ミミックNPC!

『桜葉の国』に行く時協力してもらえるかもしれないから、見つけたら頼んでみないって言われてた。

 むむむ……見つけるのが簡単になる……悩む。


「左端はテイマーであるシア様におススメ……『竜の卵』です」

「「「竜の卵!?」」」

「ハイル様とキャロライン様がご用意しました」

「!」


 ハイル様と、キャリーが。

 私のために……?

 見上げた最後の宝箱。

 この中に、ハイル様とキャリーが選んでくれた竜の卵が……。

 それなら、もう選択肢は一つだけじゃない。


「もちろん! 竜の卵をお願いします!」

「かしこまりました。お受け取りください」


 フローラさんが手の上に左端の宝箱だけを載せて私の方へ差し出す。

 私はそのシャボン玉に触れる。

 すると、パン、と音を立ててシャボン玉は割れた。

 ゆっくりと宝箱が降下するのを両手のひらで受け止める。

 ぱかん。

 宝箱の蓋が開く。


「わあ……」


 緑と白の、雷のようなギザギザ模様。

 キラキラと白い光が舞っている。

 大きさは人の頭ほどもあり、箱から飛び出しているんですけど……!


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 卵に触れると箱が消えていく。

 ……えーと、こ、この卵どうしたら良いのか……。

 フローラさんをちらりと見上げると、消えた箱がなにか別なものへと再構築されていく。

 透明な……孵化器?


「そちらは孵化器でございます。孵化器に入れておけば、アイテムボックスの中に入れても卵の中身が成長していきます」

「という事は、本来はアイテムボックスにしまえないんですか?」

「アイテムボックスの中にしまう事は可能ですが、卵の中身の成長が止まります。孵化器に入れれば、表に出している時と同じ状態が保てるという事です」

「そうなんですね。……えっと、では孵化器ももらっても……」

「もちろんです。卵と孵化器、どちらも報酬となりますので」

「ありがとうございます! ハイル様とキャリーにも伝えておいて頂けますか?」

「かしこまりました」


 ……まあ、報酬を受け取ってしまったからにはチナツくんの面倒は見なきゃいけないよね。

 はあ、面倒くさい事になったなぁ。

 だいたい、アバターで生活してるんだからお姉さんに会っても分からないと思うんだけど……言って聞き入れるタイプじゃないよね。

 問題はバアルさんだな。

 ともかく、彼は一度冒険者支援協会に連れて行こう。


「じゃあ、一路冒険者支援協会に行きましょう。えーとチナツくんは職業はなんなの?」

「冒険者! おれもその協会行きたい!」

「あっそう」

「冷たくない!?」

「ではシア様、よろしくお願い致します。チナツ様、お時間は必ず守ってくださいますよう」

「は、はーい」


 夜の十時まで、だったっけ?

 確か『エージェントプレイヤー』はログアウト出来る特別なアイテムを持っている、という話だったから、それを使うんだろうな。

 溜息を吐きつつ、孵化器に卵を入れてカバンの中へしまう。

 ……うん、まあ、いっか。

 面倒な事になったけど、ハイル様とキャリーがくれたこの竜の卵があれば乗り切れる気がする。

 そのぐらい嬉しかった。

 うん、うん、頑張ろう!

 私は今日も元気に前を向くのだ!


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