第29話 新キャラバアルさん【後編】


「お、お待たせ、しました」


 と、プリンを食べ終わりデザイン帳を開いていた私は後ろから聞こえてきた声に振り返る。

 おお、なんてシンプルな『無職』の格好。

 布の服とズボン、木の靴。

 髪は濡れた紫。

 目は赤と、実に厨二感が……。


「改めて初めまして、シアです」

「みぃ!」

「わん!」

「この子たちは私のテイムモンスターであんことだいふくです。よろしく」

「バ、バアルといいます……」


 うーん、まずは職業を決めさせて方が良いかな?

 大丈夫だとは思うけど、なんの職業にも就いてないと町中でならず者に狙われそう。


「お金……支度金は貰ってますか?」

「え? し、支度金?」


 まさかとは思ったけどやはりか!


「あ、えーと、じゃあまず職業を決めた方が良いかもしれませんね。もしかして、ゲームシステムの説明とかスキップしました?」

「うっ」


 したんかい。

 そりゃ、このゲームのNPCたちはみんな親切だけど!

 初見ゲームでゲームシステムの説明をスキップするなんて……ここは普通のVRMMOじゃないのに。

 まあ、そこまで意識が回らなかったのかもしれないけど。


「えーと、このゲーム、普通のVRMMOより遥かに難易度高いです。ゲーム経験は……」

「あ、あります」


 でしょうね。

 一応確認ですよ。

 名前からして経験者だものね。


「だとしたらかなり高難易度ゲームだと思ってください。リアルよりゆるい程度です」

「!」

「まず、職業を選択。そのあと支度金を貰いましょう。支度金の支給ってお城以外のところでも出来るんでしょうか?」

「いや、城に限定されてるね。通行証の発行もあるから、城にはいっぺん顔を出しといた方が良い」


 ですよね。

 ロディさんに言われて私も頷く。


「しょ、職業……」

「色々ありますから、ステータスを開いて確認してみてください」

「そ、それは知ってるんですけど……」


 ああ、引きこもってる間にステータスは色々見たのかな?

 暇だろうからそれくらいしかする事はなかったんだろう。

 なら、なりたい職業は決まってるのかな?


「ま、魔法使い系がなくて……」

「…………。ん?」

「ふ、普通あるじゃないですか、魔法使い……ウィザード……とか!」

「…………。なるほど」


 そうか、そうだよね、そこからだよね。

 一瞬頭を抱えたくなったが、耐えた。


「えっと、まずですね……押さえておいてもらいたいんですが『魔法』のスキルは習得が難しいそうです」

「え?」

「ああ、『魔法』スキルは習得が難しいよ。習得したいならまずは職業を『冒険者』にして魔法の専門職NPCを探す。その専門職NPCに弟子入りして、いくつものクエストをクリアして、認められてようやく『魔法』のスキルツリーが覚えられるのさ」

「……っ!」


 ……その専門職NPC探しが難しいらしいのだ。

 この国にもいるらしいのだが、片手で数えられてしまう人数。

 まあ、だから職業『魔法使い見習い』を目指すにはまず『冒険者』にならなくてはいけない。


「三十歳まで童貞なら『魔法使い』になれるとか、そういうのは……」

「ありません」

「ないよ」


 ……これは歳上確実かな……。


「ぼ、冒険……」

「ちなみに戦闘にオート機能もありません」

「ええええええ!」


 ですよね。

 驚きますよね。

 魔法使い志望なら尚更近接戦闘は苦手だろうし、戦闘スタイルは要検討する事をお勧めします。


「しかし、魔法使いを目指すんなら武器は『棒』だね」

「ふぁ!?」


 ……し、しかも初期装備がいきなり選択肢ゼロとは……!

 ぼ、『棒』!


「つ、杖は……」

「『棒』のスキルツリーを解放していくと覚えられるはずだよ。まあ、それ程時間はかからないさ。ただ、『棒』は武器屋で買わなくても良い分、攻撃力もそれほど高いモンじゃあないからパーティーに参加するのは必須だろうねぇ」

「うぐっ」


 つまりその辺に落ちてる木の枝とかでも『棒』扱いになって『武器』として装備出来る、と……。

 う、うーん。

『魔法使い』への道のりは果てしないんだなぁ。

 ビクトールさんの弟さんは『賢者』にまでなってたけど、マジですごい人だったのか。


「だが、なりたいものが決まってるのは良いね! 方向性が決まってると、こっちも助言しやすいよ!」


 と、ロディさんは満面の笑みで頷く。

 ……まあ、それは、うん、確かに。

 なにになりたい、とかなにをしたい、とか、そういうのが一切ない人は助言する方も大変だもんね。

 そういえば私、「目標が決まってるんだな」って言われる事が多いけど……こういう事……?


「……。分かりました、じゃあ一度城に行って支度金を受け取って……防具や地図やお財布を買いに行きましょう! 『棒』ならチーカさんも使えたって言ってたはずだし……詳しい事を教えてもらえると思います」

「ああ、まずはそれが良いだろう。行っておいで」

「え、え、と、あ、あの……」

「?」


 なんだ?

 急に区切り悪くなった……?

 と、思ってたらロディさんが笑い出す。


「はっはっはっ! 大丈夫だよ! ここは無料でいくらでも泊まり放題だ。あんたもここ数ヶ月ずっと泊まってただろう? 今更旅立つからもうあとは自分でなんとかしろとは言わないさ! いつでも帰っておいで!」

「……!」


 顔を上げたバアルさん。

 表情は不安から安堵感の滲むものとなっている。

 ああ、そうか……。

 今更ながら彼の不安を私も理解した。

 追い出されると思ったのか、と。

 でもロディさんはその不安を感じ取って、笑い飛ばしてくれたのだ。

 このセリフ、効果絶大なんだよね。

 分かる。

 私も……このセリフを聞いたら……すごく安心した。

 安心して、旅立とうと思えるものね。


「は、はい……」

「ところで朝飯はちゃんと食べたのかい? 出かける前に腹ごなししていきな! シア、あんたはもう少し待っててくれるかい?」

「良いですよ。地図の確認をもう少ししておきたかったので」

「悪いねぇ。さ、バアル! 飯食べておいき! 大したものは出せないけどねぇ! はっはっはっ!」


 ばし、とバアルさんの背中を叩いてロディさんは厨房に入っていく。

 そのロディさんに、バアルさんが肩を落として溜息を吐いたのが見えた。

 表情は……こちらに背を向けて歩き出したから分からないけど……なんとなく、さっきよりは凛々しい顔になっていそうだなと思う。

 だって、背筋が伸びているんだもん。


「……私も頑張ろう!」


 天井を見上げて背を伸ばす。

 フロントの横の共有スペースで地図を見ながらルートを決めて、所持アイテムも確認。

 そういえばここ一ヶ月、ストレージの整理やチェックしてなかったもんね。

 いやぁ、ショートカットカバン便利すぎて……。

 早く自分でも作れるようになりたいな。

 職業『商人』は『商人見習い』のスキルツリーに出現してるんだけど、まだ習得には至らず、なんだよねぇ〜!

 条件は『レア度☆☆☆☆☆以上のアイテムを取引』……レ、レア度星五以上は……今の私の鑑定で集めたアイテム図鑑には載ってない。

 前にハイル様と狩った……いや、、ハイル様が狩った【ビックディアスワロウ】のお肉でさえレア度は星三つ。

 あれよりもずっとレアなアイテム……ダンジョンボスか、フィールドボスか……。

 あんことだいふくがいても、どのみちソロで狩るのは無理。


「お、お、お待たせ、して、すみませ……」

「あ、食べ終わりました?」


 声をかけられて上を向く。

 おどおどしたバアルさん。

 ロディさんがその後ろから見送りに来てくれた。


「気をつけて行ってくるんだよ。まあ、シアが一緒なら大丈夫だと思うけどね。町にはならず者もいるから、絡まれたら無理せず逃げるんだよ」

「は、はい」

「大丈夫です! あんことだいふくも一緒なので!」

「みぃ!」

「おぉん!」


 お、だいふくやる気満々だね!

 それを見たロディさんは笑顔で頷く。


「そうか、そうだね。じゃあ行ってらっしゃい」

「はい! 行ってきます!」

「みぃ!」

「ぉーん!」


 タタ、と二匹が先行する。

 かと思いきや、玄関を出てすぐにぐるぐると私たちの周りを周り、飛び跳ね始めた。

 知らない人が一緒でテンション上がるとか、なんてコミュ能力の高いモンスターたちなの。


「い、行ってきます」


 怯えたようなバアルさん。

 この世界ゲームに関しては多分先輩なんだろうけど、引きこもりが数ヶ月となるとやっと一歩踏み出した、という感じなのかな。

 ビクビクしてるところを見ると……鬱病……?

 鬱病って種類がパスタの種類くらいあるって誰かが言ってたから、ちょっと慎重に接しないと、かな?

 難しい……。

 あんまり話しかけない方がいい?

 それとも、喋っていた方がいいのかな?

 ……私の場合は、一人にしておいてほしかった。

 でも、キャリーに抱き締めて泣かせてもらったら……心がかなり……救われた気持ちになったんだよね……。

 ま、まあ、けど、一応、ゲームシステムの説明はしておいた方が、いいよね?


「あの、ゲームシステムなんですけど」

「は、はいっ」

「スキルツリー解放式で、職業スキルや武器スキル、生活スキルなどを解放していくんです。さっき言ってた魔法スキルは覚えるのにちょっと大変な条件がありますけど、戦闘系のスキルは必ず覚えておいた方が良いと思います。町中でも、クエスト用のならず者がウロウロしているので……」

「は、はい……」

「生活スキルは『掃除』『料理』『洗濯』とか、普通の家事みたいなもの以外に『ビック種』という大型のボス系モンスターを倒した時、それを素材にする『解体』や乗りものモンスターに乗る『運転』『騎乗』などがあります。『解体』と『料理』はあるととても便利ですね」

「は、はい……」

「あと、ここは政府公認のゲームなので……なんと公的手続きが出来たり選挙にも参加出来るそうですよ!」

「せ、選挙……?」


 そう、これは驚きだよね!

 実は一ヶ月後に地方の市長選があると告知が出た。

 前任者が不祥事で辞めたせいだという。

 その該当地域に住んでいる人は、各国首都の主要庁舎にて選挙に参加出来るそうだ。

 私は住んでる地域が違うから投票は出来ないんだけど……本当に選挙が行われ、それに参加出来る人がいるなんてすごいよね〜!

 ……若干前任市長、なにやらかしたのだろうと思わないでもないけど。


「それから、こっちの通貨は仮想通貨として公認される予定なんだそうです。話を聞く限り、再来月後には実装予定だそうですよ」

「仮想通貨?」

「つまり! ゲームの中で稼いだお金をリアルに帰っても使えるって事です! ……まあ、物価が極端に安いので、儲けるのも大変なんですけど……これってすごい事ですよね! ちゃんとお金が稼げるんですから!」

「……!」


 しかも物価が安いので税金は『ゲーム市民税』として年間に所持金の一割らしい。

 お金持ちはごっそり持っていかれるけど、このゲームの中の『市民』として扱われ、きちんと『国民』として税金を納められるのって、なんかちゃんと『大人』として生活してる感じがする。

 それでなくとも物価が低いのに税金は取るのかとキレる人もいそうだけど、外の人たちの税金で賄われているであろう運用費を思うとそのぐらいは……って思うよ。

 どんだけかかってんのって、ねえ?


「……働ける……って事……? ぼく、なんかでも……」

「!」

「現実で働けてる時みたいに? お金が稼げて……社会に貢献出来る……?」

「……はい! なにしろちゃんと毎年所持金の一割、『ゲーム市民税』として徴収されるそうですから!」


 私と同じ事を考えている?

 そんな感じがして、手を広げて説明したら泣きそうな顔をされた。


「そ、そうか……じゃあ……頑張らなきゃ、な」

「そうですね! あ、お店も出せるそうですよ」

「お、お店?」

「はい! まあ、リアル並みにシビアではあるんですけど──」


 お城へ行く道すがら、お店を持つ場合の話もしたけど……もしキャリーがお城にいたら、これ、キャリーのお仕事だよね?

 しまったな、キャリーに説明させてあげればよかったかな?

 けど、いるか分かんないし……。

 そんな事を思いながら、私とバアルさんは城へとたどり着いた。

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