第26話 出国の行き先【前編】



「と、いうわけで困っています」

「なるほど。それは確かに困ったな」

「それってあそこでいじけてる子?」


 私はチナツくんをお城の騎士団訓練場に連れてきた。

 上手くあの困ったちゃんを騎士団に預けられないかなー、と目論んだのである。

 だって、あんな子どもみたいな同世代男子面倒見てられないよぅ!

 私は次のステップ、別な国への進出をしたいんだから!

 その情報も集めたいし、お城にはキャリー……いや、キャリーがいなくてもハイル様がいると思うし。


「……」


 なので、まあ、サイファーさんとルーズベルトさんにチナツくんを丸投げしようと思ったんだけど……隅っこで膝を抱えていじけている。

 とても面倒くさい事になってしまった。


「サイファーさん、なんとかなりませんか」

「普通になんともしようがないな。知り合いにエージェントプレイヤーがいるのなら、頼むといい。……というか、ゲームの中まで家族を迎えに来るパターンは初かもしれん」

「マジすか」

「ある程度、主治医の方から家族に説明があるものだからな。本人の意思、が一番尊重される。……あと、時々だが虐待やDVが原因で来る子もいる」

「!」

「そういうのは特に守らなきゃならないから、該当プレイヤーに関しての個人情報は絶対教えられない。このゲームの匿名性はその為にあるようなものだ。残念だが、あの少年には帰ってもらうしかないだろうな。……あの子も精神的な病っちゃ病だろうけど」

「ですよねぇ」


 シスコンという重度の病だ。

 まあ、それが原因で自殺したりはしないだろうし……諦めて帰ってくれたまえ。


「嬢ちゃんもしっかりしてるようだし、リアルに帰ってもやってけそうだけどな」

「私はこの世界でお金を貯めます。帰ったあとすぐ自立出来るように!」

「……本当にしっかりしてる……。そうか。仮想通貨か」

「そうです!」


 この世界の水準をリアルに当てはめると、そりゃあ微々たるお金だけど……それが気にならないくらい貯めればいい。

 目指せ、一千万円!

 それぐらい貯蓄があれば田舎の安い土地を買って建物を建ててお店をやるのは問題ないと思う!

 飲食店じゃないから食品衛生法は当てはまらないはず。

 うん、きっとなんとかなる!

 多分!


「あ、開業届けとか城で出来たりしないんですかね?」

「ん? 出来るぞ」

「「出来るんですかぁぁあ!?」」


 聞いておいてなんだけど本当に出来るとは思わなかったよー!

 ルーズベルトさんと一緒に声を上げてしまった。


「公的な手続きは大体出来る。でも、開業届けや確定申告は金が絡むからやる奴はいないな。明らかに持っていかれる金額の方が多いから間違いなく100パーセント赤字になる!」

「あ、なるほど……リアルに戻ったらにします……」

「そうしろ。……もう少しこっちの経済状況がリアルに近づけば、そんな事もなくなるのかもしれないけどなぁ」

「…………」


 そうか、まあ、それはまだまだ難しいだろうな。

 この世界の物価とリアルな物価ではやっぱり色々……主に品質とか、流通とかで圧倒的な差があるもの。


「嬢ちゃんはビクトールと知り合いだろう? あの坊主の事はあいつに頼めばいいさ」

「でもビクトールさん、週末にしか来ないんですよ。平日はたまにしかログインしないので……」

「つまり、いつ来るんだ?」

「一昨日来たばかりなので、多分早くて五日後ですね」

「「…………」」


 黙り込むサイファーさんとルーズベルトさん。

 お姉さんを探し出すのは多分無理。

 不可能!

 あと、それは良くない事だと思う!

 ……とはいえ五日も放置はどうかと思うのよ。

 追い返すにしてもあの様子ではまた入ってきそうだし。


「仕方がない。ハイル様に相談するか」

「よろしくお願いします!」

「嬢ちゃん、最初から俺に押しつけるつもりだっただろう?」

「そんな事ないですけど、まあ、そうなったらいいなぁとは思ってました」

「…………」


 だってどう考えても私の手には余るし!


「あ、それから……実はそろそろこの国を出て別な国にも行ってみようかと思っていたんです」

「ほう?」

「え! すごいなシアちゃんは……。別な国かぁ……」


 ルーズベルトさんは『騎士』なので他国には行けないのよね。

 でも、警察官を目指すルーズベルトさんはそれで良いと言ってた。

 表情も出会った時より生き生きしていて、充実しているのだろうな、と分かる。

 うんうん、良かった良かった。


「どこの国を目指すんだ? やはりファンタジオールか?」


 サイファーさんの言う『ファンタジオール共和国』とは亜人や獣人の国。

 ここ、『エレメアン王国』の南にある国だ。

 貴族の国である東の『レニオドラン公国』とは不仲の設定。

 初心者向けなのは『ファンタジオール共和国』だが、『ファンタジオール共和国』からそのまま『レニオドラン公国』に行こうとすると通行証で足止めされたりするらしい。

 逆に『レニオドラン公国』から『ファンタジオール共和国』に行こうとしても足止めを食らう。

 めんどくさいが、そういう設定なのでそれはそれで楽しめ、とハイル様の弁である。


「……『桜葉の国』って行くの難しいですかね?」

「『桜葉』! いきなりキャンペーンクエストありの国へ行くか!」

「その、キャンペーンクエストっていうのは、どうしたら受けられるんですか?」

「受ける事自体は難しくない。国境に行けば発生するから、受注すりゃいい。だが……」

「やっぱり大変なんですか?」


 口を挟んできたのはルーズベルトさん。

 キャンペーンというだけあるのだから、割と大掛かりなのかな?


「パーティーじゃなきゃクリア出来ねーんだな、これが」

「「えっ」」


 な、な、なっ!

 なんですってええぇ!

 パーティーじゃないとクリア出来ない〜〜!?


「はっ! だ、大丈夫です! 私にはあんことだいふくがいます!」

「そうか、それなら……いや、それでも難しいかもしれねぇな」

「ええ〜!? なんでですか!」

「数人で手分けしてクエストを探索するイベントや、ビッグ種のモンスターと戦ったりするからだ。テイマー一人でも出来なくもないだろうが……時間はかかるだろう」

「そ、そんなぁ」


 というか、ビッグ種……!

 ビッグ種のモンスターはダンジョンのボスである事が多い。

 普通のモンスターより明らかに大きく、強いのだ。

 以前ハイル様と狩りに行った『ビッグディアスワロウ』を思い浮かべてもらうと分かりやすいだろう。

 あれは『ディアスワロウ』のデカイ版。

 名前に『ビッグ』がつくモンスターは、ダンジョンボス級という事になるわけだ。

 ダンジョンボスはまた、私たちだけじゃ倒せない……。


「お、俺が手伝って……」

「騎士はキャンペーンクエスト出来ないぞ」

「パーティーで手伝ったり……」

「それよりビギナーの面倒見るのが仕事だな」

「…………」


 ルーズベルトさんがサイファーさんの指差す先にいるチナツくんを半目で見る。

 体育座りをしていたチナツくんだが、こっちをこっそり眺めていた。

 そして目が合うと、よいせ、と立ち上がる。

 あ、ああ、嫌な予感。


「そういう事ならおれが協力してやるよ」

「いや、お前さん話盗み聞いてたなら分かるだろう? 家族であっても個人を守るのが俺たちの仕事だ。悪いがお前の姉さんには会わせられない」

「…………。でも、一言だけ直接伝えたいんだよ」

「リアルに戻ったら手紙を書けばいい。スキャンロードすりゃあ本人に届く」


 取り付く島もなく、サイファーさんの助言が続く。

 どれもごもっとも。

 そう、家族が伝えたい事は手紙で本人へ届けられる。

 私も受け取ったし、あれ以降手紙は届いていないけど……そういう機能はあるんだから。


「あ! じゃあ、エージェントプレイヤーになる! そういうのあるって言ってたじゃん?」

「…………」


 これにはサイファーさんも困り顔。

 ぐぬぅ、ビクトールさんの話を聞いてたのか。

 結構しっかり全部盗み聞きしてたな?


「エージェントプレイヤーはリアルの方で政府と正式な手続きをしなきゃなれんぞ。未成年は特に保護者の同意が必要不可欠。テストもある」

「え、えぇ、意外とめんどくせぇ……」

「当たり前だろう、ここに来てる奴らは自殺志願者だ。お前さんみたいな奴はレア中のレア、つーかイレギュラーだ。立ち直ってる奴らばかりじゃない。ガキが大人にどの程度気遣いが出来んのかも見定めねぇうちから余計な負担はノーセンキューだぜ」

「うー……おれこんなに癒し系なのにー」

「「…………」」


 自殺とは無縁そうだわ、こいつ……。

 思わずルーズベルトさんと顔を見合わせてしまう。

 こういう奴って確かに無神経な一言に傷ついててきた人たちにとっては、一番会いたくないタイプというか……。


「とにかくお前さんは一度陛下にお会いしろ。話はそれからだ。……えーと嬢ちゃんは……そろそろ一人で帰れるか?」

「はい、大丈夫です。……ええと、一応確認なんですけど、『桜葉の国』に行くクエストは国境へ行けば受注出来るんですよね?」

「ああ、全ての国の国境には結界が張ってある。その結界を通るには、関所で通行証に対象国の通行紋を新しく刻んでもらわなきゃならん。クエストはその通行紋を得る為の試練みたいなもんだな。もちろん、通行紋が簡単に刻んでもらえる国もある。中央の大陸だと、『桜葉の国』以外は通行紋がいらん」

「ふ、ふぅむ」


 そうなのか。

 通行紋……新しい単語。

 結界で覆われてる。

 ま、ゲームだもん、通行禁止区域はあるあるだよね。


「団長、どうして『桜葉の国』だけクエストがあるんですか?」


 と、私の代わりにサイファーさんへ質問したのはルーズベルトさんだ。

 確かに大陸の外の国ならまだしも、同じ大陸で、ビギナーが歩き回る範囲内ならそんなのない方がいいような?


「まあ、海を渡った外の大陸に行く時の下準備、の意味もあるが……単純に『桜葉の国』はクエスト難易度が高い。ある程度の実力がないと、あっちの国でやってくのは大変だろう。キャンペーンクエスト程度で挫折するんなら他の国でもう少しスキルを磨いてからの方が良いって事だ。ま、基準の確認だな」

「あうう……」

「自信がないなら『桜葉の国』は後回しにした方が良い。あと、乗りものはどうする? 国境までは乗りものに乗って行かねーと徒歩じゃあ四、五日はかかるぜ?」

「え!」


 の、乗りもの!

 しまった、考えてなかった!

 そ、そうか、交通手段……。


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