第25話 チナツくんという子



 というわけでまずは防具屋さん。

 支度金は貰っていたらしく、所持金は一万円。

 歩く度にちゃりんちゃりん鳴るのが気になる。

 装備を買ったらチーカさんの雑貨屋さんに直行ね。


「ここが防具屋さん」

「? なんで武器屋が先じゃないんだ?」

「目に見えて『ビギナーじゃありません』って分かるのは防具でしょ? 私、それでひったくりに遭った事があるの。分かりやすく見た目を変えておいた方がいいよ」

「そ、そうなんだ……ゲームの中でもひったくりが……。意外と物騒なんだな」

「さすがにもう捕まってるけどね」

「坊主、新人か? 冒険者のようだが、プレイスタイルは決まってるのか?」


 防具屋のおじさんが聞いてくる。

 私は今のところ装備に関して困ってるところはないから、買い足すものはない。

 チナツくんの買い物を見守るだけで良いよね。


「おれは刀が得意! 和装の装備とかないの?」

「和装? ああ、そいつは……うちでは取り扱ってねぇな。刀や和装備なら『桜葉の国』まで行かなきゃ手に入らねーぜ」

「えー!」

「……」


 し、しかもよりにもよって『桜葉の国』……!

『桜葉の国』はキャンペーンクエストをクリアしなければ通行証が得られない、初期難易度高めな国。

 和装は私も興味あるからいつか行きたいと思ってたけど……。


「うー……じゃあ普通に安いやつでいいや〜」

「盾はどうする? あると耐久が上がるぜ」

「いらなーい」

「ええぇ……」


 よほどPSプレイヤースキルに自信があるのね?

 私は近接戦苦手だから、盾は一応買ったけど。

 そして、その後結局チナツは武器屋さんでも『片手剣』を一本買ったのみ。

 チーカさんの雑貨屋さんでも、私ほど野宿に対するあれそれを購入する事もなく財布とアイテムボックスショートカットカバンぐらいしか買わなかった。


 で。


「あーあ、やっぱりキャリーのパン屋さんはお休みかぁ」

「キャリー? 友達がやってる店なの?」

「ううん、この国の王妃様」

「は?」


 まあ、その辺りの説明は歩きながらするとして。

 仕方ないのでレイさんのカフェにやって来ました、と。


「おはようございます」

「おはようございます、シアさん。いらっしゃいませ」


 カフェ『 RAINYレイニー』。

 名前に特に意味はないと言っていたけど、多分マスターであるレイさんからもじったんだろうな。

 レイさんはプレイヤーではなくNPC。

 でも、なんとなくキャリーやハイル様のように『プレイヤーみたい』な感じ。


「新しいお客さんを連れてきてくれたんですね。ありがとうございます」

「ま、まあ、成り行きで? チナツくんです」

「初めまして! あの、おれ姉ちゃんを探してるんですが!」


 おいおい。


「半年前にプレイを始めた女のプレイヤーを知りませんか!」

「うーん? 女性のプレイヤーさんは結構多いですからねぇ……」

「そうなんですか?」


 私が会った人は男のプレイヤーが多い気がするけど、と口にしかけて、やめた。

 マティアさんのようなタイプもいるからだ。

 まあ、マティアさんはアバターの性別を女にしたわけではないみたいだけど。

 中にはネカマもいるんだろう、そこそこ、一定の量で。

 そう察した私に、レイさんがにっこり微笑む。

 ……ですよね。


「それに、半年前だともしかしたら支援宿舎に引きこもっているかもしれませんよ」

「え!」

「……で、でも、もしまだ支援宿舎にいたとしても……」

「ええ、引きこもっている人全員に会う事は無理でしょうし、無理に会おうと部屋に踏み込めばその人は心に深い傷を負う。管理人が許さないはずです」

「……う、うぅ……」


 良かった、その辺りの分別はつく人みたい。

 このゲームの特性上、そういう引きこもってる人は基本放置。

 リアルのようにテレビやゲーム、スマホがあるわけではないから、半年も経つとさすがに暇すぎて何かをやりたくなるらしい。

 そうなるまで、ひたすら放置する。

 それが支援宿舎の側面。

 そんな傷ついた人だとの部屋に踏み込むなんて、もし間違ってたら……いや、そもそもお姉さんが引きこもってるかどうかも分からないのにそんな事出来ないよ。

 やりそうな勢いで心配したけど、大丈夫そうで良かった。


「それで、なにを食べますか?」

「私、いつものやつで!」

「え! ……えーと、じゃあ同じのを?」

「かしこまりました」


 ベーコンエッグマフィンセットと、チョコレートケーキ!

 飲み物はカフェラテ。

 それをトレイに載せて、二階席へ。


「二人ともいいよ」

「みぃ!」

「わん!」

「わぁ!」


 このお店に入る時は影の中に入ってもらうの。

 そして二階に着いたら呼び出して、あんことだいふくそれぞれにお皿を差し出す。

 中に入ってモンスター用のご飯。

 まあ、顆粒なんだけど。


「まだよ?」

「みぃ〜」

「くぅーん」


 私とチナツくんが席に座ってから「ヨシ!」と合図するとあんことだいふくは嬉しそうに食べ始める。

 んああ、可愛い!


「賢いな〜」

「でしょう! あんことだいふくっていうの。狐の方があんこで、犬がだいふく!」

「そ、そうなんだ〜」


 うーん?

 なんでみんなこの子たちの名前を言うと微妙な表情をするの?


「……あの、シアは知らないかな? おれの姉ちゃん……」


 あれ、呼び捨て?

 ま、まあ、いいけど。


「いや、さっきも言ったけど私がこのゲームを始めたのは一ヶ月前なのよ。……支援宿舎に引きこもってたら、私も分からないし……」

「どうしたらいいんだろう……まさかこんなに広いなんて思わなかった……」

「というか、お姉さんは放っておいてほしいんじゃない? だからこのゲームを始めたと思うし……」

「そんな事ない! っていうか、そんな性格じゃないんだ!」

「…………」


 び、びっくりした。

 大声を出した事を反省したチナツに「ごめん」と謝られたけど。


「…………」


 でも、もやもやする。

 胸の奥で『なにが分かるんだ』と叫ぶ私がいるからだろう。

『お前になにが分かるんだ』『死にたいと思った事はあるのか』『と言われて、耐える事を強いられ続けてきた側の気持ちが、お前に分かるのか?』……。

 もやもや、嫌な気持ち。

 聞いてやれば少しは分かってもらえる?

 申し訳ないけど、どんな事情であっても私はお姉さん側の気持ちの方が分かると思う。

 自ら望んで、最後の救いをこのゲームに求めてきたのなら——。


「……お、おれの姉ちゃんは婚約者がいたんだけど」

「ん?」

「……友達に寝取られたんだ」

「…………」

「それで、首を吊って自殺を図って……そのまま病院に運ばれて……退院もしてこないし、お見舞いに行っても会ってくれないし……手紙書いても返事くれないし……それで、いくらなんでも変だと思って主治医の先生に聞いたら半年前にこのゲームに入ったって言われて……。家族には黙っててほしいって頼まれてたらしくて……」


 ポツポツ、話された内容に……呆れた。


「信じられない。それでゲームの中まで追いかけてきたの? サイテー……」

「な! なんでだよ!」

「そんなの放っておいてほしいに決まってるじゃん。大人しくリアルに帰ったら?」

「うっ」


 家族が心配してわざわざ追い掛けてきてくれるのは、少し憧れるというか、羨ましく思う部分が……全くないわけでも、ない。

 少なくとも母と妹は追い掛けては来ないだろうけど、もし、お父さんがゲームの中まで追い掛けて来てくれていたら……お父さんとなら、ゆっくりこれからの話をしても良かった。

 でもお父さんは忙しいし、優しいからお母さんとあいつの事を見捨てたりしないだろう。

 お母さんもあいつもお父さんのおかげで今の暮らしが出来てる事を、もう少し自覚した方がいいと思うけどね!

 父の日になにか贈るでもなく、ホテルでご飯食べてお父さんに「ありがとう」って言っておけばいい日、みたいな認識なのはどうかと思う。


「で、でも……でも姉ちゃんはなんにも悪くないのに! なんで姉ちゃんが自殺未遂するくらい追い詰められなきゃいけないんだよ!」

「そんなのお姉さんじゃなくてその元婚約者とお姉さんの自称お友達だった人に言ったら? 言われてもお姉さんは困るってば。お姉さんに落ち度がないなら尚の事。そんなの寝取る方が悪いんだし寝取られる方もどうかしてるわよ。本能で生きてる人間以下の動物になに言っても仕方ないんだし、お姉さんもそれがそのうち分かるんじゃないの。このゲームで気を紛らわせてれば復活するわよ、その程度の理由なら」

「そ、その程度の理由って……」


 お姉さんの境遇は私と少し似てる。

 でも多分決定的だったのは愛情の差だろうな。

 私はあの人を、多分そこまで好きではなかった。

 むしろ妹に色々奪われ続けてきた事が……積み重ねられてきたもので底が抜けた感じ。

 あの人の事はその一部。

 チナツのお姉さんは元婚約者さんの割合が大きかった。

 多分それだけ。

 大体、寝取られる時点で相手には『その程度の相手』としか認識されてなかったんだろう。

 彼は私との婚約を間違いなく利益最優先で決めていたはずだもの。

 そう、ただ……『泉堂の娘』なら良かったのだ。

 だから私でなくとも良かった。

 姉の婚約者であろうと構わず迫ってきた美しい妹なら、彼にとってはいい事ずくめ。

 ただ、少し可哀想だな、とは思う。

 あいつは貴方の事、別に好きじゃないと思うから。

 なんて言われてコロリと騙されたのかは知らないけれど、あいつは『姉のものだから手を出した』だけ。

『貴方じゃなきゃダメだから、手を出した』わけではない。

 そこを勘違いしているのだとしたら本当に可哀想な人だ。

 まあ、今となっては「頑張ってね」くらいしか言いようがないけど。

 あいつの相手は大変だろうなぁ。


「ね、姉ちゃんはあきらさんの事、すげー大好きだったんだ! 裏切った明さんの方が悪いのは間違いないけど、でも……」

「だからそれは本人に言いなさいよ。その元カレさんに直接」


 元婚約者の弟に言われたら相当ダメージだと思うし。

 まあ、うちは寝取ったのが実妹なのでケースバイケースだろう。


「だ、だから、きちんと説得しに来たんだよ!」

「放っておいてあげた方がいいと思うけど」

「で、でもやっぱり心配だし……姉ちゃんがいるのがどんな場所なんだろうとか、思ったら……居ても立っても居られなくて!」


 ふむ……さては貴様重度のシスコンだな?


「もしかしてお姉さんは君みたいな弟がうざかったから尚更このゲームに入ってきたんじゃない?」

「!」

「……姉離れした方がいいんじゃないの?」

「う、うううううぅ〜!」


 自覚あるなら本当リアルに帰りなよ。

 絶対その方がいいってば。


「や、やだやだ! 姉ちゃんを連れて帰る! 姉ちゃんと帰る〜!」

「小学生か!」

「高校生だもんん!」

「尚更帰りなよ!」

「いやだぁぁぁあ!」


 ガチ泣きされた。

 く、くぬぅ、う、恨むよクミルチさんんん〜!


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