第23話 ともだち
レイさんのカフェを出て、マティアさんと一緒に第三柱大通りを城の方へと進む。
パン屋さんを営んでいるとは聞いたけど、詳しい場所までは聞いていなかったんだよねー。
建ち並ぶお店を眺めながら、パン屋さんを探すと、城門が見えてきてしまった。
あるぇ?
「通り過ぎたかな?」
「くんくん……わふ」
「だいふくどうしたの?」
あ、そうだ、だいふくなら匂いで見つけられないかな?
と思っていたらだいふくが尻尾を振りながらある一軒の店を見ている。
私もその視線を追う。
すると……うげぇ、ハイル様……。
「わん!」
「おっけー理解、行こう」
「え? 見つけたんですか? あ……ハイルさん……」
昨日の色々な出来事が思い起こされてマティアさんと二人、肩が落ちる。
でも、見つけてしまったからには声を掛けないと。
一軒の店の前。
パラソルつきのテーブルで優雅にお茶を飲む姿は、実に王様っぽい?
いや、町の中にこんな優雅にお茶を飲む王様がいてたまるか、とも思うけど。
「こんにちは、ハイル様」
「おお、シア、来たか。それと、そちらは昨日の……名前はなんといったか」
「マ、マティアです」
マティアさんの名前覚えてなかったんかーい!
「ここがキャロラインのお店ですか?」
「ああ、今パンを焼いているところなんだ。開店まであと十分あるので、こうして店の外でお茶を飲みながら待っている。はあ、さすが我が妻だ。こうして紅茶を出して、待つ場所も用意してあって……まったくもってなんて優秀なのだろう。心遣いに感謝しかない。気遣いも出来て美しく優しく、常に笑顔で……実に非の打ち所がない完璧な女性だと思わないか!」
「あ、はい」
言ってる事には大体同意するけど、半分くらいハイル様めんどうくさいと思ってしまうのは仕方ないと思うの。
なるほど、これが世に言う『残念なイケメン』……!
嫁馬鹿すぎて残念な男!
まあ、キャロラインが旦那さんに大切にしてもらってるのは、とっても良い事だと思うんだけど!
「あ、そうだハイル様、聞きたい事が出来たんです」
「聞きたい事?」
「服屋さんをやるに当たり、プレイヤーが着る服イコール防具じゃないですか? だから、お店をやるなら服屋兼防具屋にしようと思ったんです。防具屋ってどうやったらなれるんでしょうか?」
ここはハイル様に聞いた方が早いわよね。
さっきの話を総合して、出した結論。
それにハイル様は妖艶な笑みを浮かべる。
「なるほど、その結論に達したか。まあ、遅かれ早かれそうなると思っていたが。……まず、防具屋、つまり防具作りは基本的に『鍛冶師』のスキルで『鍛冶』が必要となる。大雑把に言えば金属の加工のスキルだが、このスキルを使わなければ作られたものは『防具』カテゴリにはならない」
「!」
「同時に今君達が着ているような布製の『防具』は『鍛冶』と『裁縫』のスキルを同時に使用しなければ、作製出来ないわけだが……それは熟練度を上げると得られる、とあるスキルでもって可能となる」
「スキル……」
「そうだ。『同時使用』というスキルだ。これは一部を除いてほとんど、どのスキルにもある。つまり、そこまでスキルツリーを成長させなければならないという事だ。防具として使える布製の服を作りたいのであれば『鍛冶』と『裁縫』の両方で、この領域に達しなければならない。これが覚えられてようやく『職人』と名乗れるだろう」
「……『同時使用』……」
お、思った以上に難易度が高いな、布製防具。
いや、でも……普通のゲームでは違和感なくしてた事が、このゲームでこの難易度なのは……ある意味ではしっくりもくる。
布製防具はその分……!
「――お値段が張る……?」
「張るな。ついでにそれに『魔法付与』がされていれば、付加価値は相当なものだ。更に複数の効果の『魔法付与』がついていれば、一着で店が一軒建つ」
「お、おおおおお〜っ!」
それって数万円の値がつくって事じゃないですかぁぁあ!
すごいすごいすごい!
夢がいっぱい詰まってる〜ぅ!
「少なくとも上位プレイヤー……『グランドスラム』に出入りするクラスのプレイヤーはそういう複数の『魔法付与』が使われた、動きやすい布製防具を身につける。それを作れるプレイヤーもまた片手の数で数える程しかいないだろう。うちの国はビギナーが多いので、そういうトッププレイヤーは店を構えたりはしないが……」
「そうなんですか……」
「そうだな、布製防具について学びたいのであれば『
「うっ……」
そんな気はしていたけど……。
「…………」
でも、さすが王様。
良い事尽くめの情報だ。
目下目標として行く国は『桜葉の国』、『炎歌戦国』、『大森林』。
距離的には『桜葉の国』かな?
でも、行くにはクエストをクリアしなきゃいけない。
どんなクエストなんだろう?
「あの、ハイル様、『桜葉の国』に行くクエストって……」
「お待たせしました〜! 開店ですわ、ハイル様! あら? あらあら、シアさん! シアさんもいらしてくださいましたの?」
「! キャロライン! うん!」
わあ、可愛い!
キャロラインのエプロン、ワインレッドとダリアの刺繍。
ロングスカートの裾には黒いレースが縫い込まれていて上品。
……王妃なのに三角筋を頭に着けている事については……あえて突っ込まないけど。
「昨日は大変だったのではありません? ハイル様と『ハウェイ』まで『シャン麦』を得られるクエストに行ったとお聞きしましたわ」
「あ、うん、まあ。でも貴重なスキルを覚えられたし……」
「『騎乗』と『解体』ですわね。確かに他国に勉強に行くのなら『騎乗』スキルはあった方が良いと思いますわ。バイクや車などの操縦する系もそのスキルで乗る事が出来ます」
「え! そうなの⁉」
それは便利!
私、まだ免許持ってないし取る予定もなかったし……。
でも運転免許は興味があったんだよね。
『騎乗』スキルが運転免許代わりなのか。
いや、待て。
「というか、バイクや車があるの?」
「うちの国にも列車がありますのよ。車やバイクは『
「あ、この国にはないんだ?」
「そうですわね、我が国の主な交通手段は馬、馬車、飛竜などですわね。ちなみに自動車免許を持っておられない方や、新しい車種免許を取得したい方は『機械亡霊』の教習所で取得可能ですわ! ええ、もちろん公的な身分証にもなる免許証を取得出来ます! リアルに戻ったあとも発行してちゃんと使えますわよ!」
! 結婚届と同じ法的な『ガチモン』って事⁉
さ、さすが政府公認VRMMORPG~‼
これは『機械亡霊』にもいつか行かなければいけない! 免許証欲しい!
「こほん」
「あ、失礼致しました、ハイル様。お待たせして申し訳ございません。焼きたてのパンを店内にご用意してございますわ」
「もちろん! 俺が最初に頂こう!」
勢い良く立ち上がったハイル様。
もうルンルンオーラがダダ漏れだ。
まあ、私ももちろん興味がある。
マティアさんは「どなた?」とキャロラインを知らないようだったので、ハイル様の奥さんです、と耳打ちしておいた。
「NPC同士の夫婦か〜」
「早速私たちもご馳走になりましょう! ……昨日あれだけの思いをした事ですし」
「そうですね!」
同意が力強い!
「お邪魔します」
というわけで入店!
お店の外にも漏れていた小麦の優しい香り。
店内に入ると、全身をその香りに包まれるよう。
店舗は一階建。
カウンターの奥に工房があるのが、ガラス越しに分かる。
反対側は休憩スペースのようになっていて、大通りから大きなガラス窓で中が分かる造り。
商品は入り口を真っ直ぐ進めば十種類ほどが商品棚に置かれていた。
普通に考えたら品数自体は少なめだろう。
でも、キャロラインが一人でこれらを作ったとするのなら、とってもすごい事だ。
「あまり数はございませんが、どうぞ」
「俺は全種類もらおう!」
……この王様、金にモノを言わせて……!
くぅ、私だって昨日のハイル様のクエスト報酬で、お金はあるんだからな〜!
「あ、あんことだいふく……」
「あら、シアさんはテイマーになられましたのね?」
「え、えーと、うんまあ、バトルスタイルはこれから少しずつ変えていこうかと思ってて」
「素敵ですわ。構いませんわよ、ゲームの中でまで衛生面を気になさる事はありませんもの。そもそも、ゲーム内でモンスターの毛が抜ける事はありませんし。現実でしたらさすがにまずいですけれど」
「だよね……あ、じゃなくて、良いの?」
「構いませんわ。気になるようでしたらテラス席をご利用くださいませ」
「ありがとう」
うん、さすがに気がひける。
あんことだいふくには影に入ってもらい、トレイとトングを借りてパンを選ぶ。
どれも美味しそうだなー。
さっきエッグマフィン食べたばっかりなのに、良い匂いが充満しててまたお腹減ってきちゃったよ。
えーと、それじゃあ私はあんぱんとチョココロネとクロワッサン……袋詰めにされた五枚入りの食パン!
「マティアさんはなににしましたか?」
「ぼくはチョコディニッシュとサンドイッチを……うわ、クロワッサン! ぼくも食べようかな!」
「こちらですわ。……そうですわ、ジャムもありますの。よろしければお一ついかがですか?」
「「買います!」」
「もちろん買おう! 全種類な!」
この王様はキャロラインの作るものならなんでも良いと見た。
ちなみにジャムは四種類。
クリーム、チョコレート、苺、ママレード。
一種類じゃ飽きそうだからクリームとママレードを購入!
外のテラス席であんことだいふくを外に出し、昼食。
「ん! 美味しい〜!」
「本当です、麦の甘みが口いっぱいに広がりますね!」
「半日間、飛竜の背中で恐怖を味わった甲斐がありましたね」
「……出来れば二度とごめんですけど……」
「そうですか? 私、今度は自分できちんと乗ってみたいです。この国の交通手段って言ってましたし」
「みぃ」
「わふ」
「あ、そうだ」
お皿は洗ってないんだよね。
キャロラインには「ゲームの中まで衛生面を気にする必要はない」って言われたけど。
いや、まあ、その通りなんだけどさ。
「ちょっとお皿洗わせてもらってきます。二人とも待っててね」
「みぃ」
「わふぅ」
厨房にいたキャロラインに声を掛けると、代わりに洗ってくれた。
洗ったというよりは魔法で綺麗にした、らしい。
『掃除』スキルの一種で、『洗浄』。
食べ物を載せたお皿を洗う時に使うらしい。
モンスターの毛は落ちないけど、そういえば宿舎で食べるご飯の食器は『返却口』に返していた。
なにかルール的なものがあるのかな?
「ねえ、キャロライン。なんで食器は洗うのにモンスターは不潔じゃないの?」
「うふふ、不潔というよりも、そうですわね……実は『カルマ』とは別に隠れ数値『汚れ』がございますの。それが適応されるのはプレイヤーだけなのですわ」
「な、なんと⁉」
「テイムしたモンスターはテイマースキル『手入れ』を行うと『なつき度』がアップしますが、あくまでもそれは『なつき度』のみに反映されます。『汚れ』の数値は普通に生活を送っていればお風呂でリセット可能です。ですが何日も部屋に引きこもり、お風呂も入らないと『汚れ』の数値が高まり、ステータス異常『不潔』になります」
ゾッ……!
な、な、なっ、ななななに、そのステータス異常〜!
絶対なりたくないんですけどぉー⁉
「そ、そ、そっ……それ、ど、どうなるの?」
「なんと『目の下のクマ』や『頰痩け』や『紫の唇』や『血走った目』のお化粧アバターが手に入ります」
「…………」
欲しい人はいそうだけど。
うん、私はいらないかなア!
え? まさかそれだけ?
「それでも放置すると『病気』や『不眠』のステータス異常になったり、俊敏数値がガタ落ちするデバフが掛かったり、ろくな事になりませんわ」
「ひぃ……げ、現実から逃れてゲームの中でも『不眠』とかつらい!」
「毎日お風呂に入ると治りますわ。ちなみに『不潔』のステータス異常が出たらちゃんと注意書きが出ます。お風呂に入らないとこうなりますよー、って」
「あ、そうなんだ……」
だとしてもお風呂には毎日入ろう。
あ、でも今後他の国に行く時、野宿する事になったらどうすれば……?
あ! もしかしてキャロラインが初めて会った時に使っていた魔法を覚えられれば、お風呂に入れない時でも清潔に保てるんじゃない⁉
「あとは、そうですわね……お外で陽の光を浴びると『不潔』からの回復が早くなります」
「なんでそういうところは生々しいの……」
「リハビリして頂くのが目的ですから!」
そうか、じゃあ実はあんことだいふくが食べたお皿も実は洗わなくても大丈夫なのか。
……うん、でもやっぱり生理的にお皿は別にしたい!
あ、そうだ!
「キャロライン、知り合いのプレイヤーがキャロラインに会いたいみたいだったの。この町にいるから、今から連れてきていい?」
「ええ、もちろんですわ。それから、もしよろしければ、わたくしの事は『キャリー』とお呼びください。シアさんにそう呼んで頂けたら、わたくしとても嬉しいですわ」
「っ!」
キャロラインの、愛称。
ハイル様が呼んでいた……私も、呼んで良いの?
呟くように聞き返すと、柔らかく花開くような笑顔で「ええ」と言われる。
「わたくしたち、もうお友達でしょう?」
「……っ、じゃあ、私の事もシアって呼んで!」
「まあ! ありがとうございます、シア!」
「う、うん。……じゃ、じゃあ、あの……よ、呼んでくるね、その、キャリーに会いたいって言ってた人!」
「はい、お待ちしております」
あんことだいふくを連れて、第一柱大通りに走った。
気持ちが高揚していて、空が青くて太陽の光が気持ち良い。
このあとチーカさんを連れてキャリーのお店に戻り、みんなでパンを食べながら攻略の話をたくさん聞く。
しばらくはスキルツリーの解放と、素材集めで知識を増やすのが必要となる。
でも、私はワクワクしてる。
この世界に来れて良かったと思うもの。
さあ、明日も前を向こう。
やりたい事、やってみたい事はまだたくさんあるんだから!
『エレメアン王国編』了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます