第21話 目指すべき方向性



「うっ、えっぷ……」

「今日はつき合い感謝する。では、俺はこの『シャン麦』をキャリーに渡して来なければならないのでもう行くが……明日は第三柱大通りのキャリーのパン屋に来ると良い! きっと美味しいパンを焼いてくれるはずだからな!」

「は、はい……こ、こちらこそ、貴重な経験、ありがとうございました……」


 ………………ど、怒涛だった。

 あの後、麦をもらってきたハイル様にモンスターの解体の仕方を教わって『解体』スキルを習得。

 これは倒しても死体の消えない『ビッグ種』に主に使用する『生活スキル』の一種。

『解体』するとお肉や素材がたくさん手に入るんだって。

 このスキルの熟練度が高ければ高いほど、多くのお肉と素材が手に入るわけね。

 まあ、このスキルも今の私には本来入手困難なスキルだろう。

 あと、『騎乗』スキルも。

 馬、鳥、飛竜など、この世界で乗り物になる生き物に乗る為のスキル。

 今回は運良く(?)訓練された騎士団の大変賢い飛竜が、ハイル様という『騎乗』スキルを極めたお方の命令で乗せてくれたけど……普通はとても取得が難しいスキルなんだそうだ。byサイファーさん。

 テイマーなら比較的早く入手出来るらしいけど、さすがに初めてで飛竜は難易度高かったし、挙句マッハに近いスピードを出されたらしいから「よく生きて帰ってきたなぁ。陛下の『騎乗』スキルに感謝しとけ」らしいので、熟練度を上げるとパーティーメンバーにもその効果が反映されるようだ。すごい。

 すごいけど死ぬかと思った。

 爽やかな笑顔でとんでもない人だ、ハイル様……!

 嫁の為なら暴走列車かな⁉


「あ……そ、そうだ、マティアさん……あのう、今更ですが、私はシアといいます……今日は、お互いお疲れ様でした」

「あ、初めまして……今更ですがマティアと申します……本当にお疲れ様でした……」


 だいぶグロッキーなまま、朝出会ってほぼ半日空にいて、夕方パーティー解散後にこの挨拶。

 順番おかしいよね、と思いつつ、青い顔のまま頭を下げる。

 ……改めてハイル様、おそるべし。


「あ、そうだ……マティアさん気絶しててさっきは渡せなかったんですが……ハイル様がモンスターのお肉や素材は私たちにくれるそうです。あんまり上手く『解体』出来なかったんですが、お肉と素材、半分にしましょう」

「え? えええ! いえいえ! そんな! ぼくずっと気絶してましたから! 役に立ってないのにお肉や素材をもらうなんて最低じゃないですか! 要りません!」

「……え、でも……」


 …………ぼく?


「……マティアさんって、男の人だったんですか?」


 ストーンと足元を見る。

 真っ黒で寸胴なワンピースから覗く脚は華奢。

 黒いブーツも星の飾りがあって可愛い。

 私が見下ろしたのでしっぽを振るあんことだいふく。

 うん、うちの子たちも可愛い。

 いや、そうじゃなくて……。


「…………ご、ごめんなさい……」

「え? 突然なんですか?」


 帽子の端を摘み、両側から引っ張って俯くマティアさん。

 なぜ謝られたのか分からない。


「……気持ち悪いです、よね……でも、あの……ぼく、こういうのが、その、趣味で……」

「あ、そうなんですか」

「え?」

「え?」

「「……え?」」


 ……なんでびっくりされたの?

 思わず聞き返したら、聞き返された。

 え? なんで?


「え、き、きき、気持ち悪くないですか? 男がスカートだなんて!」

「なんでそんな話になるんですか? スカートは衣類ですよ? スコットランドには有名な『キルト』のスカートがありますし、それは男性も着用する立派な民族衣装です。インドネシアやマレーシアにも『サロン』という腰回りを長い布で覆うスカートのような文化もあります。昔の日本ではジーンズを働く男の履くものと決めつけて敬遠していた時代もありましたが、現代においてそれは時代錯誤も良いところ! スカートも同じだと私は考えます!」

「…………」


 ……あ! しまった、つい!

 服の事だったから言い返しすぎちゃった!


「ご、ごめんなさい……偉そうに……」

「い、いえ……、……そんな風に言ってくれた人は……リアル含めて初めてです……」


 ああ、まだまだスカートは女物という概念が日本には根強いのよね。

 もったいないと思うんだけどな。

 というか、本人に似合えばなんでもいいと思う。

 あと本人が着たいなら似合わなくても似合うような服を作って着ればいいというか……。


「………………」


 ん?

 似合わなくても似合う服……。

 あ、それだ。

 とてもストーンとしっくりきたぞ。

 ドレスデザインはとにかくとても楽しいけど、それもありというか、そういうのもやりたい。

 似合わないから着られない。

 そんな悩みを一発で解決するような服のデザインをしてみたい!

 これだ!

 ドレスデザイン以外で私が目指すべき服の方向性!


「実はぼく、昔から可愛い服に興味があって……。でも、高校に入る頃になると身長180超えてしまって……」


 おおう、かなりの大柄……!


「しかも先輩や同級生に無理やりラグビー部に入れられて、目も当てられないマッチョになりまして……」


 マッチョって目も当てられないの?

 さりげなく全世界のラグビーマッチョに失礼な事言ってるな、この人。


「でも、スカートとか、可愛い服への憧れは強くなる一方で……」

「…………まさか……」

「はい、女装して深夜徘徊してました!」

「…………」


 ……そうか、やってしまったのか。

 め、目も当てられないな!


「それで通報されて家族にバレて……生きていけなくて……」

「そ、そうでしたか……辛い環境におられたんですね……」

「うっ……! ふえぇ! だから、だからこのゲームのアバターは可愛い服が似合う、小柄で可愛い感じにしたんですが〜!」


 え、まだ続くの?


「……ぼく、男のまま可愛い服が着たいんです! でもでも! そこを分かってくれる人がいなくって……『男かよ!』とか『ネカマかよ!』っていっつもパーティーから追い出されてばかりでえぇ!」

「…………」


 な、なるほど?

 今朝もその現場だったのか?

 そんな理由でパーティーから追い出す人がいるなんて、ちょっと信じられないな。

 ……男のまま可愛い服が着たい、か。


「興味深いです」

「……え?」

「実は私、デザイナーを目指している者でして!」

「え?」

「要するに中性的な感じの可愛い仕上がりをご所望って事なのでしょうか? それとも、一目で男と分かるのに可愛さを振りまくような⁉ そんな服をご所望という事なのでしょうか!」

「えっ、えっ……?」

「その辺り! ちょっと詳しくお聞きしてもいいでしょうか⁉」

「お前ら」

「「!」」


 今後のデザインの参考に、そのお話詳しく!

 と、思ったら……。


「サ、サイファーさん」

「城門の前でいつまでくっちゃべってる? もう17時すぎるぞ。お子様は宿舎に帰ってさっさと寝ちまいな! 精神的に疲れてるだろう? あの愛妻家にとっ捕まると大体色々削られるからな」

「…………思い出したらどっと疲れが……」

「あ、ぼくも……」

「だろう?」


 飛竜のマックススピードは若干トラウマになりそうだし……。

 くっ、今日は確かにもう寝たい。


「今日はフレンド登録でもして帰った帰った。城門の前でぺちゃくちゃされても困るしな」

「「は、はぁい」」


 という事で、今日はマティアさんとフレンド登録して明日、服について語り合う事にした。

 マティアさんは第四柱大通りの宿舎に泊まってるんだって。

 第一柱大通り以外にも宿舎があったんだなぁ。

 まあ、それよりも服について語り合える機会が!

 嬉しい!

 この世界に来てあんなに理想的なサンプル……ンン! 同士にこんなに早く巡り会えるなんて!

 明日が楽しみ〜。


「みぃ! みい!」

「わふ、んふぅ!」

「えっへへ、分かる? あのね、明日は……ひっ」


 ガッ。

 あんことだいふくが嬉しくてスキップする私の横をぴょこぴょこ跳ねる。

 それが可愛くて、私はますます跳ねる。

 でも、二匹があんまり足元で跳ねるから、ぶつかりそうでステップが崩れた。

 足が、絡まる!


「んぶぅ!」

「み!」

「!」


 …………ド派手に顔面から転けた。


「…………うみぅ……」

「みっ、みっ」

「くぅ、くぅん……」


 じわぁ、と、涙が出てくる。

 ううう〜、痛い。


「んもう! スキップ中に絡みついてくるの禁止!」

「みっ!」

「わぉん!」

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