第20話 愛はツバメよりも強し



「というわけでキャリーに『シャン麦』をプレゼントして有給を取ってもらうよう頼んでみようと思っている」

「なんですか、その『シャン麦』って」

「パンを焼く小麦の一種だ。それを渡して、有給を取って俺にパンを焼いてほしい、と頼めば優しいキャリーはきっと有給を取ってくれる! と、思う」

「な、なるほど。私もキャロラインのパンは食べてみたかったので……分かりました協力します! どこで取れるんですか!」

「王都から西に進んだところに『ハウェイ』という農業の町がある。その側に最近鳥型のモンスターが現れ、収穫間近のシャン麦を食い荒らしているそうなんだ。それを退治する! 報酬は五千円出そう」

「や、やりますやりますやりますー!」


 五千円!

 これは大きい!

 足元であんことだいふくも「みーみー!」「わんわん!」とはしゃぐ。

 多分、私がはしゃいでるから。


「え、お、お待ちくださいハイル陛下! 『ハウェイ』まで徒歩だと三日は掛かりませんか⁉」

「え!」

「心配はいらない、飛竜に乗っていく」

「え⁉」


 クミルチさんがカウンターから身を乗り出して叫ぶと、なんて事もないようにハイル国王は言い返す。

 飛竜⁉

 そんなものに乗るの? 乗れるの⁉


「ん? 列車の方が良いか?」

「列車⁉」

「どちらでも構わないが、飛竜の方が速いだろう。半日で帰ってこれる。言っておくが俺は泊まりの冒険はしない。キャリーに会う時間が減る」

「…………」


 返! 答! しづらい!


「そ、それっておいくら……」

「飛竜は騎士団から貸し出してもらうからタダだ」


 それはそもそも貸し出されないものなのでは……。

 さすが国王様、しれっとむちゃくちゃ言ってる。


「そ、それにそのクエストはお二人では大変なんでは……」

「なら途中で適当に誰かパーティーに誘おう」

「へ、陛下ぁ〜!」


 ……なかなかにワイルドでフットワーク激軽な国王陛下なのね……。


「そうと決まればさっさと行ってさっさと帰ってこよう。行くぞ! シア!」

「は、はい!」

「えー! あ、あぁもう〜! シアさん、お気をつけてー!」

「は、はいー」


 ど、怒涛が過ぎる!

 ハイル国王……って言うと目立つって言われたから、ハイル様って呼ぶ事になったけど……ズンズンと進んでいく。

 途中でパーティーメンバーをスカウトするって言ってたけど、いつする気だろう⁉


「ハイル様! パーティーメンバーを探すって、覚えてます⁉」

「覚えているぞ、心配しなくとも『ハウェイ』の町にもプレイヤーはいるだろう」

「そ、そっちで探すつもりなんですか⁉」

「現地調達の方が早いんじゃないか?」


 割と考えなし⁉


「あ、あの、あと! す、少し、ゆっくり歩いて頂いても……!」

「あ、すまない」


 ……息切れはしないものの、歩く速さがものすごい!

 私だとほぼ小走りじゃないと追いつけない!

 ビクトールさんは私に歩幅を合わせててくれたんだな……。


「キャリーがいないとどうも……」

「…………」


 この人はキャロラインには歩調を合わせるんだな……。

 嫁バカというか、愛妻家爆発というか……。


「ひゃあ!」


 どん、と鈍い音がしましたね?

 それと、女の子の悲鳴。

 音の方を見ると二人の男と道に尻餅をつく女の子。

 みんなプレイヤーだな?


「またかよ、ほんとどんくせーな」

「やっぱお前とはここまでだな。パーティー解消しようぜ」

「そ、そんな! 待ってよ!」

「いやいや、お前みたいな戦えないやつと一緒にいて俺たちになんの得があるんだよ?」


 ……パーティー分裂?

 いや、あれは『クビ』かな?

 座り込んだ女の子はとんがり帽子をかぶって黒のマントをつけた、まるでおとぎ話に出てくる魔女のような姿。

 帽子の縁を両手で掴んで、深く被る。


「……分かった……」

「じゃあな」


 あらら……なんだか微妙な現場に遭遇してしまっ……。


「ちょうど良い! そこの君、俺たちと『ハウェイ』の町のクエストへ行くぞ!」

「「はへ⁉」」

「「⁉」」


 ハイル様⁉

 キラキラ笑顔でなにを言い出すんですかねぇ⁉

 まだ立ち去っていなかった彼女の元仲間も、突然大声で声を掛けるハイル様に驚いて振り返る。

 魔女っ子の元へとズンズン進んで、ハイル様は相手の意思確認もせず腕を掴んで立ち上がらせた。

 ちょ、ちょ、ちょ!


「え? え? え⁉」

「君、名前は?」

「マ、マティア……」

「よし、マティア! 我々のパーティーへ入れ! さあ行くぞ! 時間が惜しい! 今日中に帰って来なければならないんだからな!」

「え⁉ いや、あの! えええええぇ‼」

「シア! 三人揃った! ダッシュだ!」

「え、ええええぇ⁉」


 気づいたらハイル様リーダーでパーティーは結成されているし、騎士団の厩舎のような場所にいた飛竜たちをサイファーさんに一言言って借りてくるし!

 いや、サイファーさん!

 なんか言って止めて⁉

 いくら王様でもこの勢いにはついていけない!


「さあ、乗れ!」

「「乗れ⁉」」

「大丈夫だ、乗ればその時点で『騎乗』スキルが得られる。あとはなんとかなるはずだ、多分」

「「多分⁉」」

「ぐずぐずしていては今日中に帰って来れないぞ! ほら!」

「「ぎゃ、ぎゃーーー!」」


 ペイペーイ!

 と、ドラゴンに感動する間も与えられずその背中に放り投げられる。

 意外と広いその背中、手綱を持たされ、恐る恐る「よ、よろしくね?」と言うと鋭い目を細められて「ぐぁ」と返事をされた。

 あ、意外と可愛い……?


「いざ!」

「「っっっ!」」


 と、思ったのはその瞬間まで。

 ハイル様の飛竜が飛び立つと、私とマティアさんの乗る飛竜もひと鳴きして飛び上がる。

 足が地面からぐぅん、と離れる感覚にウエッとなった。

 というか、私まだマティアさんに自己紹介とかしてないような?

 空の上で出来る?

 と思っていたけど、当然ながら出来る状況ではない。

 飛竜のスピードは、どんどん速くなっていくのだ。


「首に額をつけるように身を屈めておけ! 振り落とされて死ぬぞ!」


 と、ハイル様が前の方で……つけ加えると笑顔で……助言してくれるのだが……。


「ふのぉおおおおぉ! の、乗る前に教えてくださぁぁぁい!」

「ほんと! ほんとそれ!」


 反り返る背中をなんとか前屈みに戻して、言われた通り額を飛竜の首にくっつけるよう屈む。

 景色?

 見る余裕なんかないわ!

 一体どのくらいそうしていたのか、薄っすら瞳を開けようにも、飛竜は揺れるのでおでこをゴツゴツ鱗にぶつける。

 感覚的にふざけたスピードなのは間違いないので、ほとんど乗ってる間は自身の無事を祈るばかり。

 ああぁぁぁ……!

 出来ればこんな体験、もう少し余裕がある状態でしてみたかっ……!


「グエェ!」

「っ〜〜〜〜!」


 急降下ぁぁぁぁぁぁ⁉


「ここが『ハウェイ』の町だ! さあ、狩ろう!」

「えっ……⁉︎ いや、あの、っぅぐっ! ……ちょ、ちょっと休みませんか!」


 吐きそう!

 降りて早々なに言ってんのこの人!

 あとここ町というより町の少し手前の麦畑では?


「来るぞ! 君たちは『死なない事』だけ考えろ!」

「「へ?」」


 空から不穏な気配が近づく。

 ハイル様が弓を装備すると、その不穏な気配が霧のようにどこからともなく現れた。

 お、お、お、思ってたより超! 大きいツバメみたいなモンスターが現れた〜〜⁉


「っ!」


 いや、ここは……『鑑定』!


【ビッグディアスワロウ】

 収穫前の麦が大好きな迷惑害獣モンスター。

 弱点は『突』『雷』。


『突』が弱点なら、私も手伝えるかな、と一瞬でも思った自分を殴りたい。


「うわぁぁぁ!」

「いやぁぁあー」


 翼を広げ、体の角度を垂直にしたビッグディアスワロウが鋭い嘴をこちらに向けて突進してくる。

 その大きさ!

 風圧で私とマティアさんはごろんごろんと飛ばされる。

 し、死なない事って、こういう事か!

 確かにこんなのに直撃したら一撃でHPがゼロになる!

 えっと、ゼロになったら王都のお城で目覚めるんだっけ?

 ……飛竜に乗って帰るよりそっちの方が良い気がしたけど……それはどうなんだろう。


「ひっ、むり、な、なんでこんな……なんでこんなとこにいるんだぁぁ……?」

 そしてマティアさんは速くも戦意喪失してる!

 気持ちは分かる、あんな大きな素早くて突進力のあるモンスター、ビギナーの私じゃ100パー勝てない!

 ハイル様どうする気……⁉︎


「ビッグディアスワロウは突進後、旋回して再び突撃してくる! 悪いがちょっと立ってくれ。あとはしゃがむだけで良い!」

「「は?」」


 矢を取り出してハイル様がしれっととんでもない事を私とマティアさんに言い放つ。

 この人、今なんて?

 さらりと「囮よろしく」って言わなかった?

 え? 私たちプレイヤー、この人NPC……。


「早く! 来るぞ!」

「あ、ああぁもう! 分かりましたよ!」


 やってやりますよー!

 と、立ち上がる。

 伏せてた方が爪でやられそうだし……ってマティアさん!


「マティアさん! 伏せたままだと狙われますよ!」

「ひっ、む、無理……腰が抜け……」


 ええぇ、腰抜けるの早くない⁉

 っ、だめだ! 旋回が終わった! 次の突撃が来る!


「お願いあんこ! だいふく! マティアさんを道の端に連れてって!」

「みぃ!」

「わん!」


 影から二匹を出す。

 囮は私がやる!

 ハイル様はすでに道の端に移動して、しゃがんでなにか呪文を唱えていた。

 ……もしかして、ハイル様は武器に魔法の力をつけ加える『魔法付加』が使えるの?

 NPCなのに?


「っ!」


 巨大な鳥が真っ直ぐに私目掛けて飛んでくる。

 まだ、もう少し、引きつけて……えい、っとハイル様のいる方向とは逆の道端に飛ぶ。

 転んで顔を打ったけど、良い感じに避けられたんじゃない?

 俊敏上げておいて正解……!


「我が妻への土産の邪魔者よ、ここに朽ちろ! エナジーシャイン・シャワーアロー!」


 詠唱に惚気入るのーーー⁉

 と、思わず心の中で突っ込んでしまったけれど、ハイル様の放った一矢は魔法陣のようなものを潜ると旋回し始めたビッグディアスワロウへ、無数の雷雨となって突き刺さった。

 それはもう、えげつない感じでドスドスドスドスと。

 え、ええ……?

 NPCのハイル様が強すぎてすごいと思うべきなのか、愛の力ってすごいって方向で驚くべきなのか……この場合どっち……?


「ふん、他愛もない。シア! 素晴らしい囮役だったぞ。褒美にそのモンスターは全て君にやろう! 解体して肉にして保存するなり売るなりするが良い! ドロップアイテムも持っていけ! 俺は町の者に報告をして『シャン麦』を分けてもらってくる!」

「えっ⁉ ええぇ⁉」


 シャン麦ってクエスト報酬に分けてもらうものだったの⁉

 そしてモンスターの死体が残ってる!

 私が倒した時は煙みたいに消えたのに……いや、ブブーンは破裂したけど。


「あ、マティアさ……」


 パーティーなんだし、二人で分けた方が良いよね。

 と、振り返る。

 チーン……と効果音が聞こえそうな感じに白目向いて気絶するマティアさん。

 その顔を覗き込むあんことだいふく。

 側に駆け寄ると……うん、気絶してる。


「…………どうしろと……」


 さすがに天を仰いだ。



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