第19話 四日目の朝


「んん〜〜っ! よく寝た〜!」


 四日目の朝だ。

 朝起きると影の中からあんことだいふくが出て来る。

 背伸びをして、二匹におはよう、と言ってそのもふもふの体を撫で回す。

 はぁあ……もふもふぅ〜……幸せ……!


「みぃ?」

「わふぅ?」

「そうだねぇ、今日はなにしようか」


 テイムしたモンスターは、基本食事は不要。

 ただ、一日二食、朝と夜きちんと食べさせると成長しやすくなるらしい。

 今日からこの子たちの分も、支援宿舎で食べさせてもらえるか聞いてみるつもりだ。

 そして、今日の予定。

 色々やりたい事が多すぎて、どれから手をつければ良いのか分からないんだよな〜。

 悩みつつ、装備の確認は怠らず! っと!


「ああ、シアちゃん。おはよう」

「おはようございます、ロディさん」


 ロディさんというのはこの支援宿舎の女将をしているNPCだ。

 恰幅の良いおばさんで、おかん! って感じ。

 初めてこの宿舎に来た時にカウンターにいた人ね。


「あんたは毎日決まった時間に出てくるから安心するよ。今日はなにするんだい?」

「まだ迷ってて……あ、この子たちのご飯って同じようにタダでもらえますか?」


 足元に子犬と小狐の姿をしたモンスター。

 ロディさんには驚かれるかなー、と思ったけど「ああ、テイマーになったのか。良いよ、テイムされたモンスター用の餌があるからあげるよ」も爽やかに言ってもらえた。

 良かった。


「それにしても一日に珍しいモンスターを二匹もテイムするなんて、すごいねぇ、あんた」

「そうなんですか?」

「ん? ステータスチェックしてないのかい?」

「……スキルツリーしかチェックしてませんでした」

「はははは! ダメだよ、ちゃんとステータスチェックしないと〜。あんたの大事なパーティーだろう?」

「……そう、ですね」


 言われてみればそうだ。

 ご飯食べてる間にチェックしておこう。


「予定が決まらないなら冒険者支援協会に顔でも出して、掲示板を覗いてくれば良いんじゃないか?」

「……そういえば、そういうのもあるんですよね」


ビクトールさんに聞いた……『スライムの森』というダンジョンは傷薬の材料が手に入るらしいから、そこにも行ってみたい。

 一人暮らしを考えると、釣りや料理も出来るようになった方が良いと思うし……。

 あ、そういえば店舗や自宅のどちらかはもらえるって言ってたけど、店舗兼住宅にするにはいくらかかるんだろう?

 家具ってこの町で買えるのかな?

 自由度が高いって事は作れたりもするのかも?

 いや、でも、まずは『鑑定』を鍛えて『素材知識』のスキルを覚えたいし……。

 うーん、やる事が多すぎる。

 こんな時、キャロラインやハイル国王なら「なにを最優先にするか」を問い質してくると思う。

 つまり……私がなにを最優先にさせたいか……。


「…………」


 やっぱり生活基盤になる自宅、かな?

 でも、他に住みたい場所が出来たら取り壊さなきゃいけないんだよね。

 なら店舗に仮眠室を作ってそこで寝泊まりする?

 あ、そうか、安直な人はそう考えて店舗を最初に作るのかも。

 でも、宿舎の生活は全部タダだしお風呂も入れる。

 生活に不便はない。

 やっぱりしばらくはここを拠点にするのが良いのかな。


「う〜〜〜〜ん」

「なんか悩んでるねぇ」

「はい〜」

「めいっぱい悩めばいいさ。今の悩みはきっと贅沢だよ」

「…………。そうですね」


 やりたい事をやれる。

 その環境。

 うん、とても、贅沢だ。

 誰もが本来なら与えられてしかるべき自由だろう。

 でも……。


「……よし、なにをするにもまずお金! お金を稼ごう!」

「ああ、そうだね。それが良い」

「なにか儲け話はありませんか!」

「あっはっはっ! 一日中ここにいるあたしが知るわけないだろう! そーゆーのは支援協会に行ってお聞き!」

「はぁい」

「みぃ!」

「ふぅん!」


 まあ、そんなわけで本日も冒険者支援協会にやって来ました。

 一昨日と昨日の事があるので、あんことだいふくには影に入らず、ずっと側にいてもらう。

 これだけで私がもう戦えないビギナープレイヤーではない、と周囲に牽制する事が出来るのだ、えっへん。


「おはようございます〜」

「あ! シアさん! おはようございます!」


 受付のクミルチさんが、私の姿を見るなりぱあ、と表情を輝かせる。

 明るくて良い人だなぁ、と思いつつ、カウンターに近づく。


「ちょうど良かった……あの〜、実はシアさんにお手紙が届いているんですよ」

「え? 手紙?」


 カウンターの前まで来るとクミルチさんが困り顔になる。

 申し訳なさそうというか……。

 それに、手紙?

 私、この世界で知り合いはキャロラインとハイル国王とチーカさんとルーズベルトさんとビクトールさんくらいだぞ?

 ルーズベルトさんとチーカさんはフレンド登録してないし、キャロラインたちはNPCだけど……。

 あ、チーカさんはフレンド申請してみようかな、あとで。


「は、はい。リアルの、現実の世界からのご家族から……」

「っ!」


 ぎゅ、と拳を握る。

 冷や水を浴びせられた、とは……こんな感覚なのだろう。

 足元が、血が通っていないのではと錯覚するほど冷える。

 昨日のダンジョンでも、ここまで寒いと感じなかったのに。


「…………」

「受取拒否や、こちらで保管も出来ますが、どうなさいますか?」


 ……体裁、かな?

 最初に浮かんだのは、それだった。

 自殺志願者の逃げ込むゲームを、娘が始めた。

 キャロラインたちの話ではVR機の本体位置情報から、医療関係者が体を専門の医療機関に運び、そこで生命管理してくれる……という話だったな。

 そして、家族であっても無理やり連れ帰る事は出来ない。

 実際、四日目の朝をこうして無事に迎えられた事を思うと、概ね本当なのだろう。

 それでも無理やり連れて帰りたい家族がやる事――……ゲームの中にいるプレイヤーの説得。

 つまり、手紙だ。

 ……なにが書いてあるのか、大体予想はつくけれど……。


「みい?」

「くぅん……」

「……受け取ります」

「大丈夫ですか?」

「はい。大体なにが書いてあるのかは予想がつくので」

「無理しないでくださいね? もし返事を返したくない場合は、こちらで定型文を送る事も可能ですから……」

「ありがとうございます」


 差し出された手紙を受け取って、その封筒を見る。

 裏返しにすると、封蝋で留めがしてあった。

 その場で開いて、数枚の紙を取り出す。

 クミルチさんがとても心配そうな顔をしている。


「…………」


 最初の数枚……とにかく長ったらしい文章は母だ。

 要約すると、『あなたがいないから、お父さんの会社で進めていた新しいデザインの缶詰の開発が滞ってしまっている。一刻も早くこんなバカげたゲームなんて辞めて、現実に帰ってきて仕事を進めて欲しい。なにより体裁が悪すぎる。子どもじゃないんだから、わがまま言わずに仕事をして』かな。

 まあ、思った通り。

 というか、これ……新しいデザインの缶詰の話は私がいなくても進めればいいじゃない、ねえ?

 大体、私はまだ学生。

 高校三年生だ。

 ……お母さんの中で私はもう子どもではないらしい。

 それにびっくりするほど私の事を『会社の道具』と言っているような内容。

 すごいな、あの人。

 感心してしまう。


「…………」


 母の手紙をカウンターに置いて、次の手紙を読む。

 あれ、三重香だ。

 親に言われて仕方なく書いた、という感じかな?

 こちらは直筆。

 スキャンして送られているのだろうか。

 だとしたら母の手紙は尚更驚きだわ……手書きじゃないんだもん。

 母さんはメールかなにかで送ったのかな?

 んー、三重香は……あー無理、目が滑る。

 なによこのわざとらしい丸文字。

 半分は例の婚約者の彼氏さんと最近話した内容、デートした場所について。

 あとはつけ加える程度に『早く帰ってきて、お姉ちゃん』だそうです。

 ……こいつはこいつですごいな……なんかもう、感情がいっっっっちミリも動かない。


「ん?」


 最後の一枚はお父さん。

読んで、目を見開く。


『自由に生きなさい』


 ただ、それだけ。

 その一言だけ。

 なぜだろう、お父さんは、私の中のお父さんは片手で目を覆い、静かに泣きながらこれを書いていた。

 直筆の手紙。

 三重香とは全然、全く、違う。

 重さや、空気、厚み。

 それを胸に、大切に抱く。


「…………ありがとうございます。あ、これ要らないんで捨てといてもらえますか?」

「は、はい。あ、その一枚は、お受け取りという事で……」

「はい。これは……これは宝物にします」

「…………そうですか」


 これだけは封筒にしまって、貴重品一覧に入れておく。


「お返事はどうされますか?」


 とクミルチさんに笑顔で聞かれたので。


「出しません♡」


 と、満面の笑みで答えておいた。


「それでは改めまして、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えーと……クエストを受けようかと思いまして。……私でも出来そうで、報酬が良いクエストって、なにかありますか?」

「そうですね……簡単なクエストは掲示板の下の方にありますけど……」


 掲示板の下の方か……。

 と、振り向いたら——。


「‼」

「ほほう、報酬の高いクエストを所望か! では俺からクエストを出そう」


 キラキラと輝く金緑の髪、金の瞳。

 艶のある紫紺のマントと純白の騎士服。

 整った美しい顔。

 いや、待て!

 情報処理が追いつかない!


「はぁ! ハイル国王様!」

「今日は冒険者のハイルに過ぎない。間違えるな、シアよ」

「無理ですよ!」


 国王出たぁぁーーーー!


「まあ、そう言うな。今日はたまたま仕事が早く終わったので……久しぶりに冒険にでも出掛けようかと思ってな。本当なら一日くらいキャリーとゆっくり過ごしたいと思っていたのだが……今日も新規プレイヤーが来たらしい。キャリーはその対応だ」

「は、はあ……」

「結婚したのにこのすれ違い生活……はぁ、これなら婚約者時代の方がずっと一緒にいられたのに……。運営は我々を……特にキャリーを働かせすぎではないだろうか?」

「は、はあ……」

「キャリーの手作りパンも最近食べていないし」

「は、はあ……」


 ……しかしキャロラインの手作りパンは私も興味あるんだよね。

 昨日行った時も開いてなかったみたいで、お店見つけられなかったし。

 そうね、運営、ちょっとキャロラインを働かせすぎではない?

 部下のNPCがいるなら、キャロラインに一日、二日、おやすみあげても良いんじゃないかなぁ?

 私もキャロラインのパン食べてみたい。


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