第16話 初めてのクエストとダンジョン【前編】
『冷凍の洞窟』
文字通り凍てついた洞窟のダンジョン。
しゃらしゃらと凍った木々が柳のように風に揺れ、耳心地の良い音を奏でている。
洞窟周辺は雪が積もって真っ白。
チーカさんの話では、このダンジョンの入り口の脇にいる怪しい老婆に話しかけると、アイテムボックスに食べ物を入れても腐らなくなる魔法を掛けてもらえるんだとか。
で、ビギナーはそこで絶対気づかないが、その老婆はプレイヤーに『魔法』のスキルを伝授出来る専門職NPC『魔女』でもあるらしい。
もしかしたら序盤で『魔法』スキルを覚えられるのではないか、と色んなプレイヤーがチャレンジしているらしいが、その『魔女』から『魔法』スキルを教わる事に成功したプレイヤーは今だにゼロ。
やはりクエストの為だけのNPCなのかもしれない、とチーカさんは肩を落としていた。
……チーカさん、もう『魔法』スキル持ってるだろうに……。
「さてと、その『魔女』のNPCは……」
「あの人でしょうか」
「あ、多分あれだろうね」
洞窟の入り口には焚き火に当たる黒いローブのお婆さんがいた。
うん、ダンジョンに来たらこれは普通に話し掛けるわ。
あからさますぎて気になる。
「すみません、ここでなにしてるんですか?」
「ん? ああ、暖を取ってるのさ。今日も寒いからねぇ……」
いや、そういう事ではないんです。
暖を取ってるのは見れば分かります〜。
「どうして暖かいところへ行かないんですか?」
「ここが好きだからさ。あんたたちはこれからこのダンジョンに入るのかい?」
「はい」
「ああ、それなら……コールドベリーという凍ったきのみを取ってきてくれないか? このダンジョンの中にあるんだ。そろそろジャムを作りたいんだが、足りなくてね。出来るだけ多い方がありがたいねぇ、うん、五十個くらい」
「五十個⁉」
多くない⁉
思わずビクトールさんを見上げると、彼も少し「え、多くない?」と目を丸くしてる。
やっぱり多いんだ!
「無理なら良いよ。十個くらいで」
「うっ……」
ぴこん、と目の前にモニターが現れる。
これはクエストオーダーだ。
『老婆の依頼』と銘打ってあり、内容は『氷結の洞窟でコールドベリーを十個採取して、洞窟の前にいる老婆に渡す』
期限はない。
クエストペナルティなし。
「? あの、このクエストペナルティなし……ってなんですか?」
「ん、ああ……クエストの中には、達成出来なかった場合ペナルティがあるものがあるらしいよ。俺はまだ見た事ないけど。頼まれ事をホイホイ断るって、人としての信頼に関わるからだろうね。私生活においても仕事においても」
「納得です……」
そういえばこのゲームはそういうゲームだった。
リアルでの生活に必要なリハビリって事ね。
「……それなら、うん、十個、頑張ってみます!」
自分に出来る範囲の事を、まずはやろう。
大きく「五十個取ってきます」と調子乗って言わないように。
いくららクエストペナルティがないからと言って、初めてのクエストで大見得切る必要ないものね。
「ああ、頼んだよ」
受諾。
の、ボタンを押すと、お婆さんは笑顔で頷いた。
これでクエストは受注した事になるのね。
さて……ではいよいよ行きますか!
ビクトールさんと頷き合い、ダンジョンに足を踏み込む。
寒く…………ない。
意外! 寒くない!
こんなに氷ついた場所にいるのに……。
「! これ、氷じゃない」
「え?」
「見て、ガラスだ」
「!」
ビクトールさんが透明な氷……と思っていた壁を触る。
私も触ってみる。
本当だ、氷じゃない。
少し半透明なガラスが氷のように洞窟の中に張りついているんだ。
「あ、けどこっちは本物の氷だな?」
「本当だ。白いガラスと本物の氷が入り混じってるんですんね? どうしてこうなったんでしょうか」
「? こういうダンジョンなんじゃないの」
「あ、そ、そうか」
こういう設定のダンジョンなのね、そうね。
とにかく進むとしましょう。
それにしてもコールドベリーとやらは、名前からして氷ついたベリー系なのかと思ってたけど……もしかして凍ってる場所の『採取ポイント』じゃないと採取出来ないとかじゃないよね~。
「お、モンスターだ」
「ふえ!」
大急ぎで槍を構える。
ビクトールさんが指差した先には、鏡のようなモンスターが浮いていた。
こちらにはまだ気づいてない?
な、なんだ、すっごい緊張しちゃった。
いや、気は抜いちゃダメか。一応ダンジョンだもんね。
「……そういえば、鑑定スキルってどうやって覚えるんですか?」
「さあ? 俺はコンバートしたらもう覚えてたからなぁ」
「…………」
ビクトールさん、知らない事の方が圧倒的に多いと見た。
攻略に関してはあんまり、いや、かなり頼りにはならない気がする。
手探りも嫌いじゃないから良いけど……。
「あ! モンスターの奥に採取ポイント」
「採取ポイント? もしかして、あの光ってるところが採取ポイントですか?」
「そうそう。採取ポイント以外でも『鑑定』があれば採取出来るけど、採取ポイントはまとまった量のアイテムが採取出来るんだよ。ステータス『運』の数値が高いとレアアイテムも採取出来るらしいよ」
「運の数値が……」
クリティカルに影響するとかだけじゃなかったのか!
大変、私の運の数値は——!
運:2。
あ、これ絶対全然全くろくなもの採れない数値だ……。
運の数値を上げるアクセサリーとか今度絶対買おう。
これは採取中心に素材の勉強しようと思っていた私には致命的な数値……!
「とりあえずモンスターを倒して採取ポイントで『採取』してみようか。それでスキルを覚えられるはずだよ」
「! そうですね! 絶対この運の数値じゃ大したものが採れないと落ち込むよりも、まずは『採取』のスキルを覚えないと!」
「え? あ、うん、そうそう?」
でもまず、そこに行く為にモンスターを倒すのか。
今まで遊んでたゲームってオートバトルに設定してあったし、レベルや武器の数値や回復アイテムでごり押ししてたから……オールマニュアルで戦うってこう、慣れないんだよなぁ。
槍を構えて……とりあえず突撃!
「えい!」
『ンギ!』
こん、と音がした。
槍の先端に突っつかれて、浮かんだ手鏡のようなモンスターはひらりと離れる。
しかし、攻撃されたのが分かったのか
「はあ! ……あ」
突くというより、槍の先端を叩きつけてしまった……つ、つい!
「…………ハンマーの方が良いのかな? それともメイス?」
「うっ……」
そんな真剣に考えないでください!
私も槍使ってるのにこれは酷いと思いましたから!
つい! そう、ついですよ!
他のゲームでは剣や大剣使ってたから!
けど、それは他のゲームにオートバトル機能があったからで〜……!
「もしかして、他のゲームでは槍ってあんまり使ってなかった人?」
「は、はい。というか、他のゲームにはオートバトル機能というものがあってですね……」
「へえ、そういうものなんだ?」
「そ、そういうものなんだって……ビクトールさんVRゲームあんまりしない人なんですか⁉」
「うん、しないね。VRゲームはこれが初めて」
「…………」
あ、あんまりゲームしない人だとは言ってたけど……初めてプレイしたのがこのシビアなゲームだなんて……!
ビクトールさん、なんて可哀想なんだろう……。
もっと楽なゲームいっぱいあるのに!
「うわ」
とはいえ、敵さんの攻撃も小さいのろまなものが突撃してくる程度のもの。
避けるのは容易い。
避けて、もう一度モンスターを突っつく。
『ンギィ〜』
ぼふん。
と手鏡のようなモンスターは煙になって消えた。
や、やっつけた?
「……はあ、怖かった」
「スキルツリー確認しておく?」
「はい」
そうね、熟練度、少しは上がったかな?
あ、技が解放されてる。
あと、その下の段にはステータスアップ効果。
これは悩むのよね〜。どちらも槍を装備していないと使えないスキル。
槍の技スキル『突き』と、俊敏にプラス2の効果。
しかも、槍を装備中は常に発揮される。
「……よし、俊敏にプラス!」
メインウェポンが決まるまで、他の武器や装備でステータスが上がった時、すぐ適応出来るようにしよう。
慣れって大切よね。
「技じゃなくて良いの?」
「はい、まずはステータスを底上げしたあと、対応出来るように慣れておこうかと思って」
「ふーん、なるほど〜」
「さあ、次はいよいよ『採取』ですね!」
ワックワク!
……えーと、あ! あのカーソルが出てるところね?
どれどれ……おお、モニターが出た!
『採取しますか?』
【はい】 【いいえ】
もちろん【はい】!
……ん? 【はい】を押したらなにかがにょきにょき生えてきた。
もしかしてこれを採るのかな?
えい。
「んん?」
「なにこれ雑草?」
「そ、そんなわけないと思いますけど……」
タップするとアイテム解説が出る。
【コーレギ草】レア度☆
雑草の一種。
「……………………」
雑草だった。がっくり……。
まあ、この運数値では仕方がな——、
「!」
ぴこん!
と、またモニターが出てきた。
【コールドベリー】レア度☆☆
凍ったベリー。
※クエストアイテム。
「あ! クエストアイテムが採れました!」
「おお、やったね! 採取で集めるのか」
「あ、また採れました! なるほど〜、採取ポイントはこうやってアイテムが採れるんですね……。ちょっとスキル確認して良いですか?」
「もちろん」
えい、ステータス!
スキル……と、お? おおお⁉
「『採取』と『鑑定』のスキルが!」
「えー、良かったね! もしかしてアイテム解説を見ると覚えるものだったのかな」
「そうかもしれませんね! なんにしてもこのスキルも欲しかったのでやりました!」
「うん、おめでとう!」
ヤッタァ!
今日だけで三つもスキルゲット!
この調子でいろんなスキルを手に入れたいな。
もちろん、スキルツリーを成長させるのも重要だけど。
「もう少しアイテムを集めて『商人見習い』になって『アイテム販売』のスキルを覚えたいです」
「なるほど、お店を出したいんだもんね。商人は戦闘向きの職業じゃないから、ダンジョンの中での転職はやめておいた方が無難かもしれない」
「そうでさね」
「でも、スキルを覚えたいだけなら町に戻った後、俺がその【コーレギ草】を買い取ろうか。多分それで覚えられるんじゃない?」
「! え、い、良いんですか?」
「うん、もちろん。俺、エージェントプレイヤーだから。プレイヤー支援が目的のプレイヤーだから」
「あ」
そういえばそうだった。
なんか申し訳ないけど……でもありがたい!
町に戻ったら、お言葉に甘えさせて頂きます
!
「じゃあお願いします!」
「うん。……さて、次はクエストだね。もう少し奥まで進んでみよう」
「はい!」
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