第14話 歩き出す人々



 まあ、なんにしても登録は終わったし採取とスキル解放につき合って貰えるパーティーメンバーも無事見つかった。

 あとは町の外へ……。


「シアさん、パーティー申請、俺がしようか?」

「忘れてました! すいません!」


 協会から出て、へにゃ、と優しく微笑んでくれるビクトールさん。

 うおぉ、忘れていましたとも!

 すみませんすみません!


「えぇと、コミニティ、パーティー勧誘……」

「『ビクトール』」

「……ビ、ビクトール……さん」

「受諾」


 ぽちん、と音がなりパーティーが結成された。

 音声でも出来ると言われたから試してみたけど、無事に出来たみたい。

 よ、呼び捨てにするのは少し抵抗があったけど……。


「ちなみにパーティーを組むとパーティーボーナスとしてスキル熟練度速度が5%アップするそうだよ」

「へえ!」

「まあ、このゲームのスキルツリーの多さを考えると微々たるものだよね」

「……それは言ってはいけません……」


 例え真実でも、言ってはいけない事がある……。

 ましてスキルをまだ一つも取得していない私に、その現実は……!


「ところで狩りに行く前に腹ごなしして行かない? そろそろお昼だし」

「もうそんな時間なんですね。……じゃあ、ええと……どうしたら……」

「んー……第三柱大通りかな? あの通りは食べ物系が多かったはずだから。行った事ある?」

「まだないです」

「行ってみる?」

「はい!」


 第三柱大通りってキャロラインのパン屋さんがある通りだ。

 私のサポートは今朝終わった事になっているはずだから、新規プレイヤーのお出迎えをしてなければいるかもしれない。

 今朝会ったばっかりなのに、私ちょっとうざいかな?


「あ、そういえばアイテムボックスって食べ物も入れられるんですか?」

「入るよ。けど時間が経つと腐るってさ」

「な、なんと!」

「……なんか弟が言うにはアイテムボックスのアップデートが出来るクエストがあるんだって。俺は弟のアバターをコンバートしてるから、アイテムボックスに食べ物を入れても腐らないけど……多分そのクエストを弟がクリア済みだからだろうな」

「そ、そのクエスト、私もやりたいです!」


 町から離れて素材集めをしたり、他の国に行く時食べ物を保存出来ないのは辛い!

 というかなぜクエスト制にしたの〜!

 そういうシビアさはいらないんですけど〜⁉


「でも俺も詳しくないんだよね。なんかビギナーダンジョンの氷のなんとかとかいうところのボスを倒すクエストがどうのとか」

「わ、分かりませんそれじゃあ!」

「うーん……誰か知ってそうな知り合い……」

「あ、チーカさん!」

「誰?」


 ナイス私! 良く思い出した!

 これはチーカさんのレシピ報酬をクリア、アイテムボックスアップデートクエストの情報を得る、二つを同時に叶えられる名案!


「第一柱大通りにある雑貨屋のお姉さんです。優しくて美人で、初対面の私にもすごく親身で親切にしてくれた素敵な女性です」

「へえ、そんな雑貨屋さんが……。プレイヤー、だよね? なにか珍しいものが売ってたりするのかな?」

「品揃えはすごかったですよ」

「じゃあクエストについてなにか知ってるかもね。ご飯を食べたら聞きに行こうか」

「はい!」


 そうですね、まずご飯!

 キャロラインのパン屋さん!

チーカさんのお店はこの通りにあるけど、お城方向だからご飯のあとに第三柱大通りから、お城方面に回り込むようにして寄った方が楽だよね!


「ん?」

「どうかしたんで——」


 大通りを移動する時は時折店と店、家と家の間にある中通りを通ればいい。

 昨日ルーズベルトさんは星の形と言っていたが、実際この王都を歩くと蜘蛛の巣のような形だと思う。

 まあ、合理的に考えてそれは良いとして。

 その中通り……進行方向がなにやら騒がしい。

 私もビクトールさんが目を細めたのでその方を見てみると誰かすごい勢いで走ってくる。


「待てえぇー!」


「ルーズベルトさん? ……あ、あれは……! 私が昨日買ったカバン!」


 こちらに走ってくる人は、もしかして追われてるの?

 そしてあの人を追いかけてるのは、ルーズベルトさんで……追われてる方がマントの下に肩掛けてるカバンは私の——!

 じゃあ追われるマントの人は、昨日の引ったくり⁉


「なるほど」

「え!」


 スッ、と腰を低くしたビクトールさん。

 顔つきも変わった。

 中通りは大通りより広くはない。

 引ったくりは前方に私たちがいると気づいても、走るスピードを緩めない。

 あ、嫌だ……また、突き飛ばされ……!


「どっけえええぇ!」


 避けなきゃ。

 咄嗟に道の脇に寄る。

 けど、引ったくりが一メートル近くに来た時ビクトールさんが右足を前に出し、避けようとした引ったくりの襟元を右手で捕まえ、左手が引ったくりの右手を捕まえた。

 あとは流れるような動き。


「——————」


 背中を引ったくりの胸へと滑り込ませるように捻り、その勢いに負けた引ったくりの足が地面から浮かぶ。

 弧を描く体。

 バシーン!

 と、すごい音。

 引ったくりは大の字になって街道に叩きつけられた。

 …………これ、せ、背負い投げというやつでは……?

 こんなに綺麗に人を投げられるの?

 ふぁあぁぁぁ〜〜〜〜⁉


「……ってえぇ……!」

「はあ、はあ!」


 呻く引ったくり。

 ようやく追いついてきたルーズベルトさん。

 その後ろからは偉そうなNPCと兵士のNPCがいっぱい。

 もしかしなくても、大捕物の途中だったの?


「おう、ビクトールか」

「こんにちは、サイファーさん。動くの遅くないですか?」

「そう言いなさんな。俺たちNPCはプレイヤーの熱意がないと仕事しちゃいけない事になってんだよ」


 ……会話がものすごい感じに成立してる。

 ビクトールさんの知り合い?

 あの青い短髪でものすごーくガタイのいいNPC……。


「あ……え、ええと、ご、ご協力、感謝します……」

「いいえ」


 ルーズベルトさんが肩で息をしながらビクトールさんを見上げる。

 そして、私と目が合う。

 なんとも言えない表情をされた。

 ルーズベルトさんは首を横に振ると、倒れた引ったくりに近づく。

その体をずらし、男が身につけていた緑のカバンを取り返す。


「それが被害品か?」

「……はい。ちょうど被害者の方がいますので、確認して返却をよろしいでしょうか」

「ああ、構わん。被害者の被害品に間違いないんだな?」

「一点ものですので」


 隊長さん的な大柄な人と、ルーズベルトさんがそんな会話をする。

 それから、兵たちが引ったくりを取り押さえ、上半身を引きずり起こす。

それを横目にルーズベルトさんが私に近づいてくる。

一歩一歩、踏みしめるような足取り。

 ルーズベルトさんに差し出されたのは……昨日買った緑のカバンだ。

 肉球のアップリケと、蓋には丸い耳。

 チーカさんのお店で買ったものに間違いない。

 だって一点物だもの。

 見間違えるはずもない!


「あなたが盗まれた物は、こちらで間違いありませんか」


 泣きそうな顔でそう聞かれた。

 顔は赤くなっているし、今にも涙は溢れそうだし、なんかあちこちボロボロだし。

 ……ああ、でも……たった一日で人はこんなに変わるだろうか。

 私もルーズベルトさんと同じように肩を震わせながらそれを受け取る。

 信じられない。

 返ってきた……返ってきた!


「は、い、間違いないです」

「っ……お返しします!」


 叫ぶような大声。

 90度に曲げられた腰。

 なんなんだ、と思う。

 けど、多分、思い詰めていたあの表情が……泣きそうになる程悩んでボロボロになるぐらい頑張ってくれたのだと分かるから……。


「ありがとうございます!」


 私は、心から感謝して受け取るべきだ。


「よう、返却は完了か?」

「は、はい」


 大柄な人が声を掛けてきた。

 青髪をとても短く刈り上げてる。

 ガタイもものすごいむきむき……。

 ノースリーブから見える腕の筋肉はもりもり……ひえ。


「俺はこの国の騎士団団長、サイファー・ロゲニスだ。以後お見知りおきを、レディ」

「は、はあ」


 あれ、でも胸に手を当ててお辞儀だなんて……意外と紳士的。

 あ、でも偉いという事は貴族なのかな。

 え? でもNPCだし?

 ん? キャロラインたちみたいに特別なAIなのかな?


「良かったな」


 と、ルーズベルトさんの背中を勢い良く叩く騎士団長さん。

 ゲボっ、となかなかの咳込みが……。


「……結局、俺自身の手では捕まえられなかったけど」

「なぁに、また今度ならず者や盗賊をとっ捕まえるのを頑張りゃ良い。まあここで鍛えても現実の肉体は筋肉が弱る一方だから、現実の方で強くなりてぇならさっさと起きる事をお勧めするがな」

「ん、んんん……」


 苦しげに呻く引ったくり。

兵士が両脇を抱えて無理やり立たせる。

 それを眺めながら団長さん……サイファーさんとルーズベルトさんはそんな話をしていた。

 あ……やっぱりこのゲーム内で過ごせば過ごすだけ体の筋肉は落ちるのね……。


「君、警察官志望だったんだって?」

「え、あ、はい。でも……警察学校で成績悪くて……コミュ力もなかったから虐められるようになって……ははは……」

「笑うところではないけどね」


 ビクトールさんがルーズベルトさんに近つく。

 そうして、漏れ聞いた内容に胸が悪くなる。

 ……警察官志望……。

 なのに警察学校で、虐め……そんな事あるの?


「だが実際警察官は、コミュニケーション能力が高いに越した事はなねぇ。酔っ払い相手じゃあ効かん事も多いが、なぁビクトール」

「そうだね。でも普通そういうのは交番勤務で身につくし……別な県の警察学校に再入学したら? 知り合いに警察官が何人もいるから、良いところ紹介するよ」

「……え、ええと……」


 ……なにやら左右からルーズベルトさんにお誘い的なものが……!

 というかビクトールさん警察官に何人も知り合いがいるって、リアルでは何者なの⁉


「……まだ、自信ないです……」

「そう。まあ、それならこっちで騎士として自信をつけて、それから戻っておいでよ。良い教官紹介するよ」

「は、はあ……」

「さて、んじゃあ次はお前だな」

「くっ!」


 サイファーさんは兵たちに取り押さえられた引ったくり犯に向き直る。

 引ったくりもプレイヤー。

 NPCの騎士団長さんは、どう沙汰を下すんだろう。


「どうせ……」

「ん?」

「どうせ俺が全部悪いんだろ!」


 ……などと供述しており反省の色が見えないんですが。

 そんなの当たり前じゃん!

 引ったくりをしたのはまぎれもない事実なんだから!

 なんだっけ、確か悪い事をすると『カルマ』が溜まって『国家指名手配』になる。

 そしてその国から追い出されて、入国出来なくなる、はず。

 こんな姑息で反省の色がない人、入国禁止が妥当よ! 新規プレイヤーが最初に入る国なんだから!


「どいつもこいつも、全部、全部、全部俺のせいにして! ああそうさ! 全部俺が悪いんだよ! 悪いのは俺だよ!」


 ……実際引ったくりは強盗だからね。

 普通に犯罪だから。

 あと私を突き飛ばした件! 現実だったらアレ100%怪我してるから!

 強盗傷害だからーーー!


「はっはっはっ!」

「⁉」

「⁉ だ、団長?」


 ルーズベルトさんも驚いて横を見た。

 わ、笑う要素一つもありませんでしたけど!


「そうかそうか。お前さん、人様の『悪いところ』を見ちまうタイプだな? あと『悪く受け取る』受信機持ち」

「⁉」

「多いんだよそういう奴。意外とな」


 ……人の悪いところを、見るタイプ?

 悪く受け取る受信機?

 チーカさんの言っていた攻撃的になるタイプという事?


「はあ? なにが!」

「よーしよーし、大丈夫だぞー。ここの奴らはみーんなお前さんの事、貶せる程よく知らないからなー!」

「っぐ……」

「ただ、お前さんは見ず知らずの他人に悪さをした。俺たちはその印象。でも、実際被害に遭ったレディのお前さんへの印象は、お前さんが自分で思っている以上に悪いぜ。なにしろ自分でその通りの人間に落ちぶれたんだ、当然だろう?」

「…………っ」


 私、今きっとすごい顔で睨んでると思うのよね。

 でも仕方ない。

 突き飛ばされて、大事なカバンを盗られたんだもの。

 しかもあえて! 私みたいなビギナーを狙ったんでしょう⁉

 噂になってたみたいだもんねぇ!


「それはきちんと償わなきゃならん」

「知るかよ! ビギナーのくせに高いもん持ってるそいつが悪いんだろう!」


 な、なんだとぉ⁉

 なんで私が悪い事になるのよ!

 信じらんない、なにその理屈!


「んじゃあ、イイもん着てるお前さんの身包みを俺が『イイもん着てるお前さんが悪い』って剥いでも良いんだな?」

「っ⁉」

「な? ガキでも分かる屁理屈だって、自分で分かるだろう?」

「お、俺は! 俺は悪く……」

「悪い。……けど、そうして人の悪いところを見つけられる人間は、反対に『人の良いところ』を探す天才でもある」

「……は?」


 は?


「要は能力の使い方が下手なんだよなぁ、お前さんみたいなタイプは。繊細過ぎっつーかな。だから、しばらく俺んとこんで働いてみ? お前さんの能力の正しい使い方を教えてやるよ」

「…………な……」

「人からなにを言われても、悪く聞こえちまうんだろう? そういうのはな、気の持ちようで変えられるもんなんだぜ? 大丈夫だ、お前さんはその能力の使い方をくるっと反転させるやり方を覚えりゃ良いだけなんだからな。それだけで人生変わる。真面目な奴ほどその傾向があるから、なんも心配ねーよ。引ったくった罪は働きながら償えばいい」


 え、ええ……? 軽くない?

 強盗ですよ? 罰則軽くないですか?


「……確かに人の悪いところしか見えないというのは、反転させると『良いところしか見えない』って事か……」


 と、ビクトールさんが呟く。

 ま、まあ、それは、そうだろうけど……?


「ああ、こういうタイプは他人の『良いところしか見えない』せいで自分が恵まれていないと強く受け取るタイプなんだよ。それで悪いとこ探しが上手くなる」


 うわぁ……。

 姑息にもビギナーな女の私から引ったくりするだけあって卑屈……。


「根っこは早々変わらんが、人間、無理に変わる必要はねぇ。使い方を変えて、対象を人じゃなく状況にすりゃあ良い。現状を正しく分析出来るようにななりゃ『どうして悪いのか』が分かる人間は貴重だ。そういうものを改善する為の知識と経験を積めば、危機管理能力の高さからコンサルタントに向いてるんだよな」

「!」


 ……悪いところを見つける癖があるから、その改善点や対処法を覚えれば、逆に危機管理のマネジメントが出来るようになる、って事?

 な、なるほど?

 物は考えよう……いや、でも、今の時代それが足りない会社や学校は多いわよね。

 父さんの会社も外部委託しているもの。

 社員にそういう人がいれば、わざわざ外部に委託しなくても良い……無駄な経費が抑えられるのに!


「適材適所だね。じゃあそのプレイヤーは騎士団に?」

「ああ、俺が預かろう。状況判断能力を伸ばしてやれば優秀な人材だ」

「…………」

「つーわけでついてきな、俺がみっちり鍛えてやろう。ルーズベルト、お前もな」

「は、はい!」

「さて、被害に遭ったレディ、これで納得しては頂けないかね?」


 私に向き直ったサイファーさん。

 顔がニヤニヤしてるので、なんとなく腹立たしさは残るものの……良い事を聞いたのと、ルーズベルトさんが頑張ってくれたので……。


「はい、もう良いです」

「良かったな。あとはお前さんの頑張り次第だ」

「っぐ」


 バシバシ、引ったくりをしたプレイヤーの背中を叩くサイファーさん。

 あの筋肉でバシバシ叩かれたら痛そう。


「サ、サイファーさん、俺さっき背負い投げで思い切り背中地面に叩きつけてるから」

「あ、やべ、忘れてた」

「っ〜〜〜〜!」


 ……うん、本当にもう、良いか……。

 ご愁傷様です。


「シアちゃん、あの」


 去り際に、ルーズベルトさんが近ついてきた。

 昨日より少し顔つきが変わったな。

なんといえば良いだろう?

 ……生気、が、宿ったような……?


「昨日、守れなくて、ごめん……」

「……いいえ……あ、いえ! カバンは取り戻してもらえたので、許します!」

「…………っ、ありがとう……」


 本当は全然怒ってないんだけど、ルーズベルトさんが欲しいのは『許し』である気がした。

 正解だったのだろうか。

 手を振って去っていったので、正解だったと思いたいな。


「さぁてと、動いたら余計にお腹空いちゃったな」

「あ、そうだ! ご飯!」

「そうそう。食事は大事だよ。食べたい物ある?」

「私は特に……」

「…………というか……またやっちゃったなァ……」

「え? なにがですか?」


 目が遠い。

 ビクトールさん、なんか目が遠いよ。どうした⁉


「弟は魔法を使うタイプのプレイヤーだったんだよ」

「……ほ、ほほう?」

「でも今見た通り、俺は柔道やってたから……」

「は、はあ……」

「杖使うの、忘れるんだよね……」

「……………………」


 腰の杖。

 ァ…………(察し)


「モンスターとか人の形してないヤツ相手だと大変だから、早く魔法を使うのに慣れなければいけないんだけど……これがまた難しくて! 体が先に動いちゃって……!」

「も、もう諦めて接近戦タイプに転向すれば良いのでは……」

「スライム系は打撃が通じないし、通用させるのには『魔法付加』っていう魔法を使わなければならないんです」

「………………頑張ってください……」


 ちなみにこのあとレストランでお昼ご飯おごってもらった。



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