第13話 冒険者支援協会



 チーカさんのお店をあとにして、次に向かうのは冒険者支援協会。

 この通りを下町の支援宿舎に向かって歩く途中って言ってたな。

 昨日はカバンを盗られてそれどころじゃなかったから……今日はちゃんと周りのお店を覚えないとね。

 えぇと……あ、これかな?

 大きな建物がある。

 塔みたいな……あ、時計塔だ!

 お城に泊まった翌朝に見えたのは、この建物かもしれない。


「……すっごい日本語……!」


 洋風の街並みを華麗にスルーして、看板にめちゃくちゃ日本語で『冒険者支援協会』って書いてある!

 いや、ゲームの中だし当たり前だと思うけど!

 チーカさんのお店の立て看板も日本語だったけれども!

 この建物の姿で堂々とした日本語だと違和感があるというか!

 ええい、もう良いや!


「おはようございます……?」

「いらっしゃいませ」


 笑顔で出迎えてくれたのは茶髪の女の子。

 カーソルは白だからNPCだ。


「登録をしたいんですけど」

「かしこまりました。身分証、または通行証を拝見してもよろしいでしょうか?」

「はい」


 アイテムボックスから通行証を取り出す。

 冒険者としての身分証にもなる通行証を、貴重品欄から取り出して差し出す。

 受付NPCはそれを受け取ると、一枚の紙の上に載せる。

 スゥ、と文字が紙に浮き上がっていく。

 なにこれすごい。


「登録完了です。お返しします」

「あ、ありがとうございます」

「他にご用向きはございますか?」

「……あ、はい。スキルを色々覚えたいので、えっとNPCの冒険者を雇いたいんですが……」

「では条件をこちらに記入してください」


 と、手渡されたのは薄いモニターだ。

 持てる……でも紙みたい。

 そして記入というよりタブレットじゃん。

 ファンタジーなのに所々SFっぽいゲームだなぁ。

 まあ、現実味が残ってるのは配慮だと思うけど……。


「ええと……性別希望、なし。……年齢の希望? なし、かな?」


 なんだこの項目は。

 ……まあ、男の人苦手、女の人苦手っていう人がいるのかもしれないな。

 …………。……男性希望に変更しよう。

 ええと、あとは希望職業。

『採取』はほとんどの冒険者NPCが持ってるってハイル国王様が言ってたし、あまり縛りをつけない方がいいかな。

 希望なしっと。

 ……次は値段。

 うーん、一応、五十円くらいまでで……。

 備考欄? 特になしかな。

 どんな時に使うんだろう、備考欄。


「お願いします」

「はい、お受けし……あら、ビクトールさん」

「おはようクミルチさん。新しいクエストはある? ……っと、ごめん、君が先だったね」

「あ、は、はい」


 カーソル緑。

 プレイヤーだ。

 赤い髪はルーズベルトさんと似てるけど、この人の場合はどちらかというと朱色。

 毛先に掛けて白く薄くなっているグラデーション。

 眼鏡の奥の瞳は薄い紅色。

 ルーズベルトさんよりも下の位置で髪をひとまとめに結っている。

 長さは……わあ、地面すれすれ……こんな長く出来るんだ……?

 男女共に綺麗に顔を作る人が多いらしいけど、この人の顔のメイキングは……割と……結構……それなりに……いや、うん、かなり……好き、かも。

 こ、好み的な意味で。

 ぱっと見普通の域を出ないんだけど、きちんと整えられていて、穏やかな印象の顔立ち。

 笑顔も優しくて、性格もきっと優しいんだろうな、なんて勝手に思ってしまう。

 腰付近までのケープに、短いけど杖?

 魔法系の職業の人かな?

 でもかなりがっしり体型のような……。

 というか、背が高い。

 私は160センチくらいで設定したけど、この人180センチ以上あるよ!


「そうだ、この方、今冒険者を雇おうとしてらっしゃるんです。ビクトールさん、お手隙ならば支援して差し上げる事は可能でしょうか?」

「え?」


 でもこの人プレイヤー……!

 いやいや、私が探してるのは冒険者NPC……!

 なに言い出すんですか受付NPCのおねーさん⁉


「ん? 俺は構わないけど」

「っ!」


 ちら、と見下ろされる。

 君はどう、と言わんばかりの眼差し!


「……え、ええと……」


 どうしよう。

 最初は冒険者NPCで練習しようかなって思ってたんだけど。


「お、お金って、掛かるんですか?」

「は? ああ、君ビギナーか。いや、プレイヤー同士の場合パーティー申請するから掛からないよ。非戦闘職が護衛として雇う場合は料金が発生するけど……」

「……あの、でも、私まだ武器のスキルも覚えられてなくて……」


 というかスキル未だゼロでして。

 それなら護衛として雇う形の方が適切なのでは?


「ああ、そういう事か。良いよ……というか、俺も実はビギナーみたいなものなんだ」

「?」

「このアバターは弟が使っていたのを、俺がコンバートして再プレイ中なんだけど……弟のプレイスタイルと俺のプレイスタイルが全然違うから、戸惑う事ばっかりで……今簡単なクエストを受けながら、慣れてる最中なんだよね」

「コンバート……って……」


 他のゲームから来たって事?

 確かに運営の系列が同じなら、別なゲームからステータスをそのままに転換コンバートは可能。

 基本アイテムは持ち込めない。

 ……いや、弟さんが元このゲームのプレイヤーだった?

 で、お兄さんがそのアバターで再度ゲーム開始した?

 は?


「え? けど、このゲームって……」


 普通のゲームじゃないのに?


「ああ、それ? うん、このゲームを始めたのは弟。で、俺は弟が戻ってきてから弟と政府の人に頼まれてエージェントになった人、かな」

「エージェントプレイヤー⁉」

「ん? エージェントプレイヤーの事は知ってるの?」

「あ……さ、さっき聞いたばかりで……」


 こんなに早く遭遇しますかねぇ⁉

 びっくりしたよ!

 お、思ったよりもいっぱいいるのかな?


「そうか。でも見習いだよ。そもそもゲーム慣れしてなくて……上手く出来るか不安」


 真顔でそんな事を言われるとプレイヤーの私も不安になるんですけど⁉


「ええ、ですから初心者同士でパーティーを組んでみてはいかがですか?」

「「……………………」」


 受付のお姉さんを凝視する私とエージェントプレイヤーのお兄さん。

 マジか。

マジかこの受付のお姉さん。

 いや、この笑顔はマジですね?


「……まあ、少しだけこのゲームでは先輩なだけだけど、それでいいなら?」

「……分かりました、私も一人よりは同じプレイヤーさんの方が心強いので……。シアです、よろしくお願いします」

「俺はビクトール。よろしくね、シアさん」

「私は今から『槍』を覚えようかと思ってるんですが……」

「んっ! じゃあ町の外に狩りに行く?」

「はい。あと、可能なら『採取』を教えてもらえませんか?」

「良いよ」


 あっさり……。

 よ、良かった、今日中に『採取』を覚えられそう。

 エージェントって事はこのゲームの中のプレイヤーの事情を知った上で、ここにいるんだろうし……悪い人ではない、よね。


「ビクトールってなにかのゲームのキャラですか?」

「うん。でも若い子は知らないかも」

「…………」


 おやぁ? なんかデジャヴ……。

 町よりチーカさんのところに直行した方がレシピの代金を支払えるんじゃない?


「あ、キャラデザはさすがに似せてないよ?」

「そ、そうですか」

「それで、リーダーは君でいい? パーティーは組んだ事……」

「あ、ないです……」


 そうだ、パーティーの組み方!

 どうやって組むんだろう?

 ステータス、メニュー……えーと……?


「大丈夫? 慌てなくていいよ。音声でも出来るけど、メニューからなら『コミニティ』で『パーティー』で『募集・勧誘』の『勧誘』かな」

「あ、ありました」


 これか。

 文字が大きい割に指が泳いでしまった。

 音声でも勧誘出来るっていうけどどうやって?

 それになんかその下に『ギルド』『フレンド』とか色々ある。


「……えっと、このギルドっていうのは?」

「クミルチさん」

「はい、ご説明致します」


 スッ、とビクトールさんが受付のお姉さん、クミルチさんを見る。

 満面の笑みを保ったまま、右手を差し出すクミルチさん。

 え、NPCだと分かっているけど、その姿はプロにしか見えない……!


「ギルドはプレイヤー同士、気の合う仲間、目的や志を同じくする者同士が結成する団体の総称です。難易度の高いクエストや強力なダンジョンボスを攻略する為にパーティー、更にはレイドを組んだり致しますね。ギルドにはギルドスキルもございます。ギルドメンバーにバフが掛かるスキルとなりますね。例えば『レア素材確率アップ』『生産成功率アップ』『レアモンスター遭遇率アップ』などなど、ギルドの特性に合わせてギルドのスキルツリーを解放出来ます」

「! ギルドにもスキルツリーが?」


 なにそのバフ!

 良いなぁ!


「はい! ギルドは一万円で結成する事も可能です。ソロ専用ギルドや、採集専門ギルド、地図作りギルド……とにかく様々なギルドがございます。ギルドに入りますか?」

「い、いいえ! まだ始めたばかりですから……」

「初心者支援ギルドというのもございますよ」

「……え、えーと、いえ……まだ、その……」

「まだ良いんじゃない?」

「かしこまりました! 他にご質問などございますか?」

「だ、大丈夫……、……フ、フレンドは? どんな事が出来るんですか?」


 予想はつくけど、知らない機能があるかとしれないし一応聞いておこう。


「フレンド機能はプレイヤー同士交流の結果、お互いに申請して受理されれば成立する『お友達機能』です。通話、メッセージのやり取りの他、パーティーへの勧誘、アイテムの譲渡、一定条件をクリアすると『カップル』、更に更に『カップル』の状態で特別クエストをクリアすると『結婚』! も! 出来ちゃいますよ!」

「けけけけけ結婚んんん⁉」


 思いもよらない爆弾抱えてたフレンド機能ーーー!


「まあ、その辺はリアルと同じだよね。お友達からって事で」

「っ〜〜〜〜」

「つけ加えますとこのゲームは政府公認です。ガチで入籍になりますのでご注意くださぁい〜」

「ふぁ⁉」


 ほほほ本当に入籍⁉

 本当に入籍になるの⁉

 うううぅそおおぉ⁉


「あ、もちろん離婚も受けつけますよ」

「ふうっ⁉」

「そして結婚したらゲームから強制退場です! 赤ちゃんは現実世界でしか作れませんからー!」

「あぁあぁ赤ちゃん⁉」

「あとリア充はゲームの世界にいらない。末長く爆発しろ」

「……………………」


 ク……クミルチさん……?

 突然の真顔、怖いですっ……⁉︎


「などなどの市役所なんかでする手続きはお城、または自宅のある国の公的機関で受けつけておりまーす!」

「は、はあ……」


 あれ? 幻覚だったのかな?

 そ、それにしても、まさか本当に結婚出来るなんて……。

 政府公認恐るべし。


「更につけ加えますと!」

「ま、まだなにか⁉」

「お城や他国の公的機関では選挙投票も受けつけております」

「せ、選挙⁉」

「はい。もちろん選挙権のある年齢の方に限りますが、選挙が現実世界で開催される際は『運営からのお知らせ』で、プレイヤーさんに連絡が来ます。情報等も政府のホームページから閲覧可能ですので、是非投票に行ってみてくださいね!」

「……選挙……」


 そうか、選挙……。

 そういえば私も選挙権がもらえる年齢なんだ。

 選挙、ゲームの中でも投票出来るんだ……。


「ゲームの中なのに……」

「だとしても国民である事に変わりはない」

「…………」


 拳を握り締める。

 そう、か。

 ゲームの中に逃げ込んだ自殺志願者わたしたちも国民の一人として、認められてるんだ。

 私たちは現実を捨てたつもりでこのゲームを始めたけど、現実は完全に私たちを見捨てたわけじゃなくて……中には信じて待ってる人がいるんだね。

 まあ! 私の家族はアレだと思うけど!


「それに、今度ゲーム内の通貨が仮想通貨として公認される事になったそうだよ」

「え! え⁉ それじゃあこの世界で稼いだら現実世界でもお金として使えるって事ですか⁉」

「そう」


 そううぅぅぅ⁉

 しれっととんでもない事言ってますけどー⁉


「でもほら、まだかなり物価が……」

「あ、ま、まあ、そ、それはそうですけど……」


 そうね、微々たるものね……。

 お財布が三十円で買える物価だものね……うん。


「でもさ、仮想通貨として認められるだけ、この世界の経済はこの世界に来たプレイヤーたちによって動き始めているって事なんだよ」

「……!」

「この世界に逃げ込んできた人たちは、自分を過小評価している人が圧倒定期に多いけど、俺はそうは思わない。この物価の場所で、この功績だ。それもたったの五年で! ……この場所にいる人たちは、世間のお荷物なんかじゃない。とんでもない宝石の原石だ」

 

 っ……!

 ……宝石の、原石。


「すでに仮想通貨化という実績があるんだ、間違いないよ。……そんな人たちが自信を取り戻して現実に帰ってきたらと思うとワクワクする。きっとこの国は爆発的に変わる! そう思わない⁉」


 ……この人の眼の方が、よっぽど宝石のようだ。

 キラキラしてる。

 いや、眼鏡に反射してとかじゃなくて。

 本気で、この世界に逃げ込んできた人たちを信じてる。


「……わ、私には……まだ、そこまでは……」

「あ! そうか、ごめん。君は来たばかりの人だったもんね」

「でも、ビクトールさんがエージェントになった理由は分かった気がします」

「あ、そう? まあ、全部言ったようなものだもんね、今の……ハハハハハ……」

「…………」


 ……うん、この人は絶対良い人だ。

 それにこの世界のお金……まあ『円』だけど……これが仮想通貨として扱われるようになり、この世界で稼いだお金を個人の財産として現実世界に持ち帰る事が出来るようになるなら、尚更燃えてきた!

 色々作ってみたい。

 自分の力でどこまで出来るか、試してみたい!


「他にご質問などございますか?」

「えーと……今のところ……そのぐらいですか、ね?」

「かしこまりました。またなにかあればなんでもいつでもどうぞ! あ、クエストはそちらの掲示板から受諾出来ます。掲示板にあるクエストにカーソルを合わせると、受けるかどうかを選択出来ますのでお試しください」

「分かりました。ありがとうございます」


 色々と……思わぬ勉強になった。

 このゲーム思いの外ものすごい。


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